#1248 映画『アザー・ミュージック』
text by Tomoko Yazawa 矢沢朋子
1月27日に沖縄市コザの音市場で2019年に公開された『アザー・ミュージック』を観た。日本での公開は2022年の9月からで、各地のニッチな映画館で上映され、私の暮らす沖縄では那覇の桜坂劇場で11月に上映されていたが、期間が短かったこともあり都合がつかず見逃していたのだ。
『アザー・ミュージック』は2016年に閉店したNYのダウンタウン、イースト・ヴィレッジにあったレコード店の21年間を振り返る映画で、1998年から2002年までNYに住んでいた私も通った店だった。閉店したとは映画になるまで知らず、時世的によく保ったなという気もしたし、逆にあのようなマニアックな店だったからこそ2016年まで保ったのだとも思った。通りを隔てた向かいのタワーレコードは2006年にとっくに倒産、閉店していたのだ。
映画は懐かしいダウンタウンのヴァイブに満ち、オーナーを始め個性的なファッションやキャラの店の客、店員とその友人たち老若男女がOther Musicという店についての思いを語る。監督もカメラマンも知り合いなのだろうと思う自然なインタビューで、ドキュメンタリー特有の固さがなく、スピード感がありながらエモーショナル。店員か客が撮ったようなノイズ混じりのストア・ライヴの映像なども挟み込まれ、ジャクソン・ポロックの絵画にも通じるセンスを感じる。「向かいの安売りをしているメガストア(タワレコ)とは全く違うキュレーションされた品揃え」と客が語るように、マニアックに音楽について語れる店員との会話、出会いを求めた類友のやはりニッチな客との交流の場所でもあった。そこにはスーツ姿やヘアセットされたような女性は1人もいなかった。店から遠くない金融街ウォールストリートでは、別のNYを体現するヤッピーが闊歩していたのだ。
私が暮らした1998から2002年は9.11の直後を除き、ITバブルでNYは好景気だった。とはいえ、ADSLもさほど普及はしておらず、インターネット接続はダイヤルアップネットワークを使っている人も多かった。1998年に発売されたSONYの薄型軽量ノートブック、VAIOを持参していた私は「日本人はなんでも高性能で小型化にするな」と驚かれたものだった。それが10年ひと昔どころではないドッグ・イヤー、5年ほどの間にアメリカ人はCDを買わなくなり、ダウンロード配信で音楽を聴くことにシフトしていった。
2002年に日本に戻った私は、日本法人化されて活況なタワーレコードに通うようになった。HMVやヴァージンなどの大型店舗なども賑わっていた。日本のタワーレコードの中でも特に洗練された品揃えだった新宿フラッグス店で、Other Musicの日本版のようなスペシャリスト・バイヤーの話を聞きながら私がお勧めのCDなどの買い物を楽しんでいる頃、NYのOther Musicは存亡をかけた経営展開をしていたのだった。Other Musicはメジャー路線で大量に売れる一般向けの音楽を扱っていたわけではない。高騰するNY地価を反映した家賃の高さ、少しづつ配信にシフトしていく客足、店員との会話より、Googleでの検索やアルゴリズムによるAmazonのお勧めなどを相手に奮闘する姿は、どこの国でも見られる時代の転換期の風景だ。
日本では数は随分と減ったがまだ店舗が残っている。「アメリカで起こることは10年後には日本で起こる」ということより、モノへの希求、変化を好まない国民性に依るところが大きいのではないかとも思う。以前は買い物でクレジットカードを使うとはいえ、モノとしての商品を購入するためであった。モノ、商品として手に出来ないデータに対して金を払うということへの心の準備もすぐには出来なかった。現在のように定額ストリーミングや無料のYouTubeなどでしか音楽を聴いたことがない人々は、デジタル・ネイティヴが義務教育を終えてお小遣いを手にしてからの世代なのだ。
「この街で買えるのはスターバックスのコーヒーと豆腐ヨーグルト、それにジムで運動することだけか?どれも馬鹿げてる!」とOther Musicの客だった長髪の高齢男性は嘆く。感じの良い店主が淹れる美味しいコーヒーの小さい店、手作りのベーグルやドーナツの店、個性的な雑貨や服のセレクト・ショップ。摩天楼のNYやブロードウェイとは別世界の佇まいで、まさにそれがNYの多様性なのだが、こういった店が街から消えていき、人々はスターバックスでパソコンやタブレットの画面を相棒にコーヒーを飲む。ファストファッションを取り入れた着こなしで。近年はハーレムにも高層ビルが建ち出したと聞く。
Other Musicは映画となり伝説になってしまった。シュトックハウゼンのCDがエレクトロニカのコーナーの横にあったり、映画にうつっていたようにエヴァン・パーカーがストア・ライヴをした店だ。店員と客だった脚本家コンビによるドキュメンタリーが制作されたことからも、ダウンタウン・カルチャーの重要なアンテナ・ショップだったことが分かる。ここでは「メジャーはダサい」のだ。ダサくなくしてメジャーにはなり得ない。万人が好むものとはそういうものだ。
ダイバーシティ、多様性がこれほど叫ばれる現代の矛盾。ウォールストリートから押し寄せてくる超資本主義、強風に煽られながらも道端に根を下ろしている草花のようなダウンタウンらしい他のレコード店、Downtown Music GalleryやAcademy Records & CDsなど、NYをNYたらしめているカルチャーがひ弱でないことを信じたい。
超おススメ!
タイトル:『アザー・ミュージック』
原題:OTHER MUSIC
監督:プロマ・バスー、ロブ・ハッチ=ミラー
配給:グッチーズ・フリースクール
コピーライト:© 2019 Production Company Productions, LLC
オフィシャルサイト: http://gfs.schoolbus.jp/othermusic/
【関連サイト】
Other Music: https://www.othermusic.com/
矢沢朋子 Tomoko Yazawa ピアニスト/ DJ / プロデューサー
東京出身。フランス近代、現代音楽の演奏で特に定評のあるピアニスト。多くの有名作曲家が曲を献呈。桐朋学園大学、パリ・エコール・ノルマル高等演奏家資格取得。第16回中島健蔵音楽賞受賞。2001年よりマルチメディア・プロジェクト、エレクトロ・アコースティック・プロジェクト「Absolute-MIX」をプロデュース。CDをAmazon、iTune、Spotifyなどで40カ国以上に配信、販売するGeisha Farmも主宰。2011年沖縄移住。