JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 31,970 回

Monthly EditorialConcerts/Live ShowsEinen Moment bitte! 横井一江No. 299

#36 吉田隆一「The Thrid World of Jazz “プレイズ” 3 デイズ」
プレイズ・ガトー・バルビエリ、カーラ・ブレイ、チャーリー・ヘイデン

text & photo by Kazue Yokoi  横井一江

 

127日、28日、29日の3日間、新宿ピットインで吉田隆一プレイズ 3デイズが行われた。タイトルは「The Thrid World of Jazz “プレイズ” 3 デイズ」で、取り上げたのはガトー・バルビエリ、カーラ・ブレイ、チャーリー・ヘイデン。

吉田隆一は2019年に「プレイズ・ガトー・バルビエリ」、2020年に「プレイズ・カーラ・ブレイ」を新宿ピットインで行なっている。そこに「プレイズ・チャーリー・ヘイデン」を新たに加わえた形での3デイズだ。タイトルにある「The Thrid World of Jazz」という言葉が興味深い。ガトー・バルビエリのレコード『The Third World(Flying Dutchman) からとったのではないかと推察した。フライヤーには彼自身がこう書いている。

この三人の存在そのものがアメリカに於ける「ジャズの第三世界」だと考えています。彼らは「ブラックミュージックとしてのジャズを尊重しながら、また違うジャズの在り様を提示しました。謂わば彼らが開いた「道」の先を、私たちは歩んでいるのです。

ガトー・バルビエリの『The Third World』はまさにそういう作品だ。吉田はバルビエリが好きなんだろうな、ということは彼の演奏から想像がつく。そして、第三世界という言葉は冷戦時代によく用いられ、西側にも東側にも属さない国々を指していた。バルビエリの出身国であるアルゼンチンはその第三世界の国だった。では、カーラ・ブレイやチャーリー・ヘイデンはどうなのか、ということになる。ジャズという枠組みの中で捉えると「ジャズの第三世界」という表現は意を得ていると思った。ちょっと乱暴な言い方になるが、3人共俗に言われるメインストリーム・ジャズとは異なった、かといってフリージャズに括られる音楽とはまた違う音楽性を探究してきたといえる。それは地域性も含めた音楽的多様性を包含する現代のジャズにも通じていく。それだけに下の世代のミュージシャンで直接、間接的にその影響を受けた者は少なくないだろう。尤もジャズの歴史を紐解けば解くほど、様々な要素が交錯し単純に語れないのだが。

とはいえ、3人のキャリアを振り返ると、いずれも初期にフリージャズ・ムーヴメントと出会っている。チャーリー・ヘイデンはオーネット・コールマン・カルテットのメンバーであったし、カーラ・ブレイは「ジャズの十月革命」「ジャズ・コンポーザーズ・ギルド」に参加、ガトー・バルビエリはイタリア在住時にドン・チェリーと出会い、ニューヨークに移住後、彼のバンドに参加していた。この3人は、チャーリー・ヘイデンの『リベレーション・ミュージック・オーケストラ』(Impluse!)、カーラ・ブレイの『エスカレーター・オーヴァー・ザ・ヒル』(JCOA WATT) で共演した。ドン・チェリーはそのいずれにも参加している。「プレイズ・カーラ・ブレイ」のMCで、吉田が3人を結びつけたキーパーソンとしてドン・チェリーの名前を挙げたのにはそのような理由があった。その後はいわゆるフリージャズに拘泥することなく、それぞれの道を歩む。

この企画に興味を持ったきっかけは「プレイズ・カーラ・ブレイ」だった。生憎2020年は見逃しているので、今度こそはと足を運んだ。カーラ・ブレイ作品を好きなミュージシャンは多い。最近では、渋谷毅がソロCD『カーラー・ブレイが好き』(Owl Wing Record) をリリースしている。これは渋谷がピアニストとして「好き」な曲を演奏した快作だ。しかし、吉田はラージ・アンサンブルで自分達なりの演奏を目指している。もちろん「カーラ・ブレイが好き」なことに変わりはないが。私がこの企画に惹かれた理由は、その編成つまりラージ・アンサンブルでの演奏だったことも大きい。私自身、カーラ・ブレイ・バンドでの演奏が好きで、バンドを率いて初来日した19845月にはいそいそと五反田にあった簡易保険ホールに出かけていったことを思い出す。

吉田は、カーラ・ブレイがSF作家のカート・ヴォネガッド的だということをライヴのMCでさらっと言っていた。不意をつかれたような、なんとなくわかるような。いかんせんヴォネガットの小説を読んだのは遥か昔、ついつい和田誠のイラストが表紙のハヤカワ文庫を本棚から探し出して後日読み返してしまった。吉田にこの一言についてあらためて聞くと、彼がヴォネガット的と評した理由が「アメリカ」に対する思想、それを表現するための「ユーモア」の表出の仕方にあることが分かった。「ヴォネガットは「ジョーク」でしか伝えられない事柄があると考えていたはずです。カーラの楽曲から感じるひねりはユーモアを通り越した毒のあるジョークだと考えてます」とのこと。SFマガジン『カート・ヴォネガッド生誕100周年記念特集』に寄稿するほどのSF通だけあり、なるほど上手く的を突いていると思った。そして、「カーラはアメリカと米国音楽家の世界で闘い抜いた方だと思ってます。その闘い方はヘイデンとはやや異なり、ヴォネガットのような皮肉を用いた婉曲なものですし、同時に人間に対する信頼もまたヴォネガット同様に失っていません」とも。そういうところは作品にもアイロニカルなタイトルにも表れている。

実際の演奏はどうだったのか。とにかくメンバーの人選が絶妙だった(メンバーとセットリスト、スライドショーは文末に)。いずれも付き合いの長いミュージシャンだけに、アレンジや構成でそれぞれのキャラクターが生かされていた。2曲目〈A.I.R.〉から入ったトランペット・セクションの北陽一郎にはドン・チェリー的な役回りを担うことを期待していたのかな、と思わせる場面があったり、細井徳太郎のソロを見ながらカーラ・ブレイの曲ではギター奏者が結構重要だったことを思い起こしたり、と。また、ピアノではなく、キーボードの細海魚を入れたことも功を奏していた。そしてまた、吉田の好みもあるがなかなか考え抜かれたプログラムだったと言える。ゲイリー・バートンのアルバムで知られる〈Dream So Real〉で始まり、次に「エスカレーター・オーヴァー・ザ・ヒル」の中の一曲として書かれた〈A.I.R.〉、その後に『Live!』(ECM)に収録されている〈ハレルヤ〉を演るなんて、この捻りの効かせ方はとても常人には思いつかないが、上手く繋がっていったから不思議だ。カーラ・ブレイ作品の独特の世界観を尊重しつつ、各メンバーのソロ、そしてアンサンブルも含めてバンドとしてのサウンドとして成立させていた。2回目の演奏だけに、ソロの自由度も初回よりは高まったのかもしれない。メンバーの好演があってこそのライヴの成功でもある。

「プレイズ・ガトー・バルビエリ」と「プレイズ・チャーリー・ヘイデン」は、諸事情からかろうじてストリーミングで2nd setとアンコールを見たにすぎないが、触れておこう。いずれもプログラムに合わせたメンバー構成だった。「プレイズ・ガトー・バルビエリ」の選曲はとてもユニークだった。まさか〈ボレロ〉をやるとは思わなかったし、アンコールで〈哀愁のヨーロッパ〉を弾く大友良英を見るとも思わなかった。ちなみにバルビエリはサンタナとも共演し、この曲をやっている。3デイズのうちで、いちばん吉田のサックスを堪能出来たのがこの日ではなかったろうか。「プレイズ・チャーリー・ヘイデン」は吉野弘志が自身の解釈で〈ソング・フォー・チェ〉をソロで弾いたのが印象的だった。リベレーション・オーケストラがらみの選曲がある一方、アンコールで〈ロンリー・ウーマン〉を最後に演って締めるとは。一捻りある面白い構成だった。3日間に亘って、サウンドを支えてきた芳垣安洋の存在も大きかったと付け加えておきたい。

吉田はいつかプレイズ「エスカレーター・オーヴァー・ザ・ヒル」をやりたいと言う。もし実現すれば快挙である。「エスカレーター・オーヴァー・ザ・ヒル」はアルバムとして1971年にリリースされているが、初演されたのは1998年ケルンにおいて、なんと3年に亘る録音が終了してから36年後だったのだ。この時にヨーロッパで数カ所、2006年にエッセンでの公演はあるが、アメリカでは未だにない。予算的に大変な企画であるが、夢物語ではなく助成金をとるなどして、この日本バージョンを是非実現してほしいと心から願う。


プレイズ・カーラ・ブレイ
吉田隆一(bs) 後藤篤(tb) 石川広行(tp) 北陽一郎(tp) 細井徳太郎(g) 細海魚(key) 伊賀航(b) 芳垣安洋(ds)

スライドショーには JavaScript が必要です。

 


 2023127
プレイズ・ガトー・バルビエリ
吉田隆一(bs) スガダイロー(p) かわいしのぶ(b) 関根真理(per) 芳垣安洋(ds) ゲスト:大友 良英(g)

1st set
1. Tango
2. Encuentros
3.
ブラジル
4.
トゥクマンの月

2nd set
1. Fiesta
2. El Parana
3.
ラスト・タンゴ・イン・パリ組曲
4.
ボレロ

Encore
哀愁のヨーロッパ

2023128
プレイズ・カーラ・ブレイ
吉田隆一(bs) 後藤篤(tb) 石川広行(tp) 北陽一郎(tp) 細井徳太郎(g) 細海魚(key) 伊賀航(b) 芳垣安洋(ds)

1st set
1. Dream So Real
2. A.I.R.
3. 
ハレルヤ
4. Syndrome

2nd set
1. 440
2.
アイダ・ルピノ
3.
メドレー(Sad Song, Fleur Carnivore, Sex with Birds, Heavy Heart
4. Lawns

Encore
Healing Power

2023129

プレイズ・チャーリー・ヘイデン
吉田隆一(bs) 吉野弘志(b) 渡辺隆雄(tp) 石田幹雄(p) 鬼怒無月(g) 壷井彰久(vln) 芳垣安洋(ds)

1st set
1.
「ゴールデン・ナンバー」メドレー
2.
ヒアズ・ルッキング・アット・ユー
3.
サイレンス

2nd set
1.
ソング・フォー・チェ~エレン・デヴィッド
2.
戦死者たちのバラッド~ラ・パッショナリア~不屈の民
3.
サンディーノ
4.
ソング・フォー・ザ・ホェールズ

Encore
ファースト・ソング~ロンリー・ウーマン

【関連記事】

#02 カーラ・ブレイ
https://jazztokyo.org/monthly-editorial/post-16455/

Reflection of Music Vol.15 チャーリー・ヘイデン@メールス・ジャズ祭1992
http://www.archive.jazztokyo.org/column/reflection/v15_index.html

Reflection of Music vol. 2 ドン・チェリー
https://jazztokyo.org/column/reflection-of-music/post-7206/

 

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください