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Concerts/Live ShowsReviewsNo. 302

#1264 園田游 舞踏會 ゲスト:前田隆

text & photos by 剛田武 Takeshi Goda

2023年5月22日(月) 阿佐ヶ谷 ヴィオロン

園田游(踊り)
前田隆(音)

身体の無為自然から生まれる音楽を観る歓び

園田游は1952年福岡生まれ。70年代半ばから東京三多摩地区を中心に街頭パフォーマンスをはじめた。異形の表現故に警察に中断させられることもたびたびあったという。1979年前衛ロックバンド、グンジョーガクレヨンを結成。硬質なビートとフリージャズ的な即興演奏で異彩を放った1stアルバム『GUNJOGACRAYON』(1980 / Pass Records)における園田の担当楽器はVoice&Reedとクレジットされているが、ステージでは白塗りパフォーマンスで観客の目を釘付けにし、ステージを降りると奇矯な行動や発言で音楽誌やサブカル誌の紙面を飾るフロントマン的な存在だった。方法論をポストパンクから完全即興へと変化させた2ndアルバム『gunjogacrayon(2nd album)』(1987 / DIW)や3rd『グンジョーガクレヨンIII』(日本カセット・レコーヂング)では、非ミュージシャンである園田のヴォイスがジャンル分け不可能な音の集合体であるこのバンドの世界を際立たせていた。バンドは2000年代まで活動を続けるが、2009年に活動休止。

グンジョーガクレヨン結成以前から舞踏的なパフォーマンスを続けてきた園田だが、2010年に“舞踏家宣言”をして舞踏活動に専念することを表明。以来、バンドやグループに所属することなく、舞踏家としてソロ公演はもちろん、他のミュージシャン、ダンサー、パフォーマーとコラボレーションを数多く行っている。

「全てをオーディエンスとし、そこに加わることで完成する、責任のようなモノ。いや そうじゃない。24時間365日踊り続ける。」(2011年11月テレプシコール舞踏新人シリーズ第14弾「ごめんください」公演フライヤーより)

「『場』の中心で生け贄にとなるのは私ひとりです。さらにしかし、『場』を創るのは其処に居合わせた人々ということになります。」(私信より)

共演者を含めてすべての他者が創り出す『場』の真ん中で、自らを生け贄(捧げもの)として曝け出す。その踊りは暗黒舞踏の流れを汲むものだが、あそこまでドロドロした情念的なものではなく、カラッと乾いた開放感とどこか懐かしい叙情を備えており、一挙一動が音の有り無しに関わらず常に音楽を演じているように見える。他の舞踏家や身体表現者には感じられない強烈な「音楽への意志」を感じてならない。極限まで無駄を削ぎ落とした肉体や奇怪なメイクや被り物に、“行き過ぎることを恐れない”地下音楽に通じる精神性を感じるのは筆者だけではないだろう。舞踏家というよりも「身体音楽表現者」という呼び名の方がふさわしいかもしれない。

2023年2月から阿佐ヶ谷の名曲喫茶ヴィオロンで『園田游 舞踏會』と題したシリーズ公演が開催されている。正面に巨大なラッパ型スピーカーが林立し、アンティーク家具やレトロな内装に溢れた独特の雰囲気を持つ空間で、月替わりで園田が選んだゲストとの共演が繰り広げられ、まるで秘密の儀式に迷い込んだような不思議な体験が味わえる。4回目となるこの日のゲストはグンジョーガクレヨンのベーシストでもある前田隆。2012年に活動再開したグンジョーガクレヨンには園田は参加していないが、前田とは事あるごとに共演している。例えば国立市のフェスティバル「秋のくにたち市民祭り」で園田が企画している『踊り場』に毎年ベースアンプ持参で駆けつけて青空の下で共演している。

白塗りに赤い縞模様を引いた歌舞伎の隈取を思わせるメイクで土間に座る園田は、年老いた座敷童が誤った時代にタイムスリップしたかのように見える。前田はこの公演のために手に入れたというアコースティック・ベースを打楽器のように弾き倒す。無作為に鳴る低音の塊が降り注ぐ中、茨の冠を被った園田の身体が戸惑うように立ち上がりゆっくり徘徊する。音に突き動かされたのか、はたまた肉体が音を誘発したのか、卵と鶏のいたちごっこのようなユーモラスな雰囲気があり、舞踏独特の緊張感よりも、心温まる和やかな空気が観る者を包み込む。40分ほどの戯れの後の休憩中に園田が「前田君が爆音だけじゃないことが分かった」とひとこと。40年以上の付き合いの二人がお互いを再発見したかのようだ。

第2部は被り物を捨て立位の舞。前田が奏でるのは小ぶりな銅鑼をブラシで擦る音だけ。金物が触れ合うガサゴソという音響が、緩やかに空を仰ぐ肉体の糧となり、園田の口から言葉にならない声が発せられる。その営みがあまりに自然体なので、生け贄の儀式を観ているのか、日常生活の鳥獣戯画を観ているのかわからなくなる。これは共演やセッションではなく、二つの魂が同じ『場』に存在するという当たり前の真実を見せて聴かせる行為に過ぎないのではなかろうか。

「目で聴く 耳で見る」とは禅宗で、物を見よう、音を聞こう、香りを嗅ごうとするのではなく、心を静かにして、静寂の中で自ずから見えてくる、聴こえてくる、香ってくる世界を愛でよ、という教えである。園田游と前田隆が創り出す世界は<静寂>という音楽を『場』に捧げる儀式であった。立ち会う者は何も考えず、目に聴こえて、耳に見える音楽を受け入れればいい。いかなる作為も必要がない音楽の存在を愛でるだけでいいのである。(2023年6月1日記)

 

【園田游 舞踏會】 東京・阿佐ヶ谷 ヴィオロン
6月29日(木) ゲスト:ヤンマー
9月3日(日)  ゲスト:MOGRE MOGRU
10月20(金)  ゲスト:中尾勘二
11月23日(木・祝) 生誕公演 ゲスト未定
12月6日(水) 園田游 舞踏會 at VIOLON最終日 ゲスト未定

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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