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Concerts/Live ShowsNo. 303

#1266 詩與歌的靈魂夜 A Soulful Night of Poetry and Songs

Text by Akira Saito 齊藤聡
Photos by m.yoshihisa
Flyer illustration and design by Shoko Numao 沼尾翔子

2023年6月18日(日) 渋谷・公園通りクラシックス

Minyen Hsieh 謝明諺 (tenor sax, soprano sax)
Shoko Numao 沼尾翔子 (vocal)
Fumi Endo 遠藤ふみ (piano)
Guest: Mars Lin 林理惠 (vocal, vocoder)

1st set
1. It Was A Raining Afternoon (謝)【中、英】
2. Amber Flower (沼尾)【英】
3. 觀景台 (謝)【日、中】
4. 狐の噂 (沼尾)
2nd set
1. Above the Clouds (謝)【中、英】
2. Drizzle (沼尾)【英】
3. Moonflower (謝)【中、英】
4. Uruwashi (沼尾)
※【】内は林の使った言語である(中=標準中国語、日=日本語、英=英語)。それ以外に広東語、台湾語も発している。

謝明諺(シェ・ミンイェン、通称テリー)は来日できないでいた間、台湾において野心的な探索をしていた。そのひとつがことばの響きへの注目である。詩人の鴻鴻(ホンホン)やポップ歌手の林理恵(マーズ・リンことリン・リーフイ)らとともに作り上げたアルバム『爵士詩靈魂夜 A Soulful Night of Jazz Poetry』は、探索のすばらしい成果となった。それは標準中国語、南部の広東語、地元の台湾語を使い、響きの違いを音楽の中に自然に取り込んでみせるものだった。筆者は、謝が久しぶりに来日するにあたり、複数の声に日本語が入っていたならどうなるのだろうと夢想した。それは謝も考えてはいた(*1)。コンサート実現の背景はそんなところだ。

歌手の沼尾翔子は日本語の自作詩を歌う。彼女のことばは確かに聴き手の多くが解しうる日本語ではありながら、意味を持った届け物そのものよりも、届け物が創出される発話段階の過程が音楽的にとてもおもしろい。そこにおいてはことばは手段ではなく目的であり、発話の瞬間に音が世界に触れて違和感のようなものを生じさせる。シニフィエよりもシニフィアンがもたらすイメージの広がりだと言うべきだろうか。

沼尾は4曲を提供した。<Amber Flower>で「ららら」と囁くように歌う声に謝のソプラノが重なり、ふたりのずれが心地よさをもたらす。そのずれとはもとより沼尾の声がつねに聴き手にもたらすものかもしれず、謝がいることでその感覚が増幅される。遠藤のピアノはふと目に入る空の星々のようだ。声とソプラノのずれはユニゾンへ、その世界が閉じるさまの素敵さといったらない。愉しさは<狐の噂>にもあって、ユニゾンにより「一緒にいる」世界は音の濁りでアクセントを付けられる。そして、ピアノは周囲をひらひらと舞う。

このありようは<Drizzle>では異なっていた。林の英語の声によって開かれた音風景は、語りも受け継がざるを得ない。声、ピアノ、ソプラノの三者は組む相手を変えるたびに世界を再生産してみせる。<Uruwashi>では沼尾の声が浮き沈みするのを静かに聴く。その静かさに林の舌打ちと謝のソプラノのタンギングが別の窓を開けるおもしろさがある。ソプラノもまた浮き沈みし、遠藤のピアノが静寂さを増す。テナーの歌伴ぶりもみごとだ。

謝もまた4曲を提供した。ライヴの冒頭、<It Was A Raining Afternoon>ではソプラノのタンポ開閉の音で謝が音世界に誘導し、すこしずつソプラノの擦音とピアノの小さな煌めきとともにその風景が見えてくる。林の中国語の響きもまた連れてゆかれる世界への期待を高めてくれるものだ。かれらの音が重なったときの切なさは音楽の魅力そのものでもある。<觀景台>は『爵士詩靈魂夜』収録曲であり、その詩を、沼尾は日本語、林は中国語で、ひとことずつ交換した。

<Moonflower>はすなわち夕顔。テナーの魅力的なカデンツァからはじまり、遠藤のピアノが入ってからはエアを込めて力強く吹いた。林がヴォコーダーで中国語を発し、四者の音は寄る辺なき空間でいくつもの層を成した。感じられるのは、やはりこのような世界をもたらす複数のことばの不思議さだった。そして<Above the Clouds>の妙なる曲想に沼尾が声をあわせてゆくのはさすがである。

今回、会場の公園通りクラシックスの響きを入念に検討しあって、四者が横に並んで演奏した。その音響のバランスは絶妙なもので、上記インタビューにおいて謝が「アジアのミュージシャンはどんなにテクニックが上手くても、余白を作って皆が入ることができるようにします」と話すことを如実に示すものだった。さらにことばを使うことで、演者たちのステージはコミュニティにまで高められたと言うことができるだろう。それは、次の発展の機会もあってしかるべきだということを意味する。

(文中敬称略)

(*1)筆者による謝明諺へのインタビュー(「Taiwan Beats」、2022年8月19日)
https://ja.taiwanbeats.tw/archives/11495

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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