#1282 ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ・フェスティヴァル 2023〜藤田真央、エリプソス四重奏団 他
by Hideo Kanno 神野秀雄
Le Festival International de Piano de La Roque d’Anthéron 2023
ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ・フェスティヴァル 2023
開催期間: 2023年7月20日〜8月20日
2023年 公式ウェブサイト
夏のフランス・プロヴァンスの田舎町ラ・ロック・ダンテロン(La Roque d’Anthéron)の野外ステージで、巨匠から気鋭まで注目のピアニストたちが毎晩演奏を繰り広げる「ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ・フェスティヴァル」。アーティスティック・ディレクターは、ラ・フォル・ジュルネ音楽祭(LFJ)の顔となっているルネ・マルタンだが、実はLFJに先駆けてインターン時代に開始したので歴史が長く、24回目を数える。巨匠から気鋭の若手まで、注目のクラシックピアニストたちを招聘し、他方、チック・コリア、小曽根 真、ティグラン・ハマシアンなどジャズピアニストも招聘していてルネの人脈と耳の確かさを魅せる。
その内容の幅広さと濃さにもかかわらず、訪問に二の足を踏むのは、アクセスと宿泊の心配で、過去の出演者や観客からレンタカーでもない限り行けないし、まわりに何もない、などと脅されてきた。しかし行ってみると何のことはなく、エクサンプロヴァンス(Aix-en-Provence)TGV駅またはマルセイユ国際空港からエクサンプロヴァンス駅(在来線)へのバスがあり、エクサンプロヴァンス駅からラ・ロック・ダンテロンも1時間に1本はバスが走っていて、いずれも車内でクレジットカードのタッチ決済ができるので、要領を得てしまえば日本の田舎よりむしろ動きやすいくらいだ。逆にそのアクセス感が、片田舎の国際音楽祭の居心地の良さをうんでいるのもまた事実だ。ホテルの確保は困難だが、ラロックダンテロン観光局やネット経由で民宿を探すことができる。そして、何よりもプロヴァンスの風と太陽と大地とともに過ごす休日をぜひお勧めしたい。
メイン会場は、緑豊かなフロラン城公園(Parc du Château de Florans)内の野外ステージ。半球状(正確には1/4球)の屋根に反響板がたくさん取り付けられている。観客席は鉄骨とアルミ系金属で組み立てられたもの。要するに音響的には厳しい。夜は有料コンサート会場となるので公園の入場が制限されるが、朝から昼にかけては公園として開放されている中で、ピアノの選定からリハーサルも見る機会がある。
●2023年8月3日(木) 21:00
藤田真央 / ショパン〜リスト
Mao Fujita / Chopin – Liszt
Parc du Château de Florans, La Roque d’Anthéron
Chopin:
Deux Polonaises opus 26
Deux Polonaises opus 40
Polonaise en fa dièse mineur opus 44
Polonaise en la bémol majeur “Héroïque” opus 53
Polonaise-Fantaisie en la bémol majeur opus 61
Liszt : Sonate en si mineur
菅野よう子 Yoko Kanno: 花は咲く Hana Wa Saku
藤田真央 Mao Fujita: パガニーニの主題による変奏曲 Variations sur un thème de Paganini
藤田真央は、1998年東京都生まれ、3歳でピアノを始め、2017年クララ・ハスキルコンクール優勝、2018年、チャイコフスキー国際コンクール第2位で注目を浴びる。世界の音楽祭、オーケストラから招聘され、スターピアニストとしての地位を確立している。藤田にとっては、2022年に次いで2度目のラロックダンテロン出演。先だって、2020年にはラ・フォル・ジュルネ・ド・ナントに出演している。2022年は、ショパン、モーツァルト、ドビュッシーまでを含む幅広い音楽を聴かせたが、2023年は前半ショパンのポロネーズ集、後半にリストの<ピアノソナタ ロ短調>を配してきた。
コンサート当日の8月3日朝10時からピアノ選定とリハーサル。スタインウェイ2台、ベヒシュタイン2台、ファツィオリの計5台を慎重に弾いていき、スタインウェイを除いて、ベヒシュタインとファツィオリが残り、最後にファツィオリに決めた(イタリア製のファツィオリはジャズ界では、ハービー・ハンコック、エンリコ・ピエラヌンツィ、西山 瞳らが愛用している)。そして選んだファツィオリと真剣に向き合って、ラロックダンテロンの空気と自身の響きを感じながら演奏を最適化していく。高い木々に囲まれた公園内の仮設的なステージと観客席。微風に揺れる木々の葉擦れの音、小鳥たちの鳴き声、蝉の鳴き声までが天空から降りてくる。夜には澄んだ空気の中、満天の星が輝く。しかし、この自然の中でピアニストに観客へ音楽とその魂を確実に届けるのは容易ではない。
藤田は、「Web 別冊 文藝春秋」に「ピアニスト・藤田真央『指先から旅をする』」を連載しており、演奏先からも克明な文章を書き記しているのだが、リハーサルを終えて、「Web 別冊 文藝春秋」チームとともにプロヴァンスの景色を背景にした撮影に出かけて行った。
夜20時過ぎ、村中、周囲の村、エクサンプロヴァンス方面から多数の観客が集まってくる。藤田がステージに登場し、中高年も多い観客が息子や孫のような年代の藤田を暖かい拍手で迎え入れる。前半のプログラムは、ショパンのポロネーズ 作品26、40、44、53、61。真央が作品26を静かに弾き出し、やがて強さを増していくが、観客が早くも引き込まれていくことがわかる。ショパンがより色彩豊かに感じられて、藤田自身がファツィオリとのショパンの旅を楽しんでいることが伝わってくる。1曲1曲、演奏を終えると立ち上がってお辞儀をする。ショパン・プログラム全曲を弾き終えて、満足した表情の真央に、観客が惜しみない拍手を贈った。
後半はリストのソナタ。冒頭、ファツィオリらしい明るい鮮やかな響きを感じて、それもまた心地よいのだが、次第に色彩感を抑えて重厚感を増して行き、宇宙の漆黒に繋がる会場で、深みのあるリストの世界を聴かせた。
スタンディングオベーション、鳴り止まない拍手に、アンコールでは、菅野よう子作曲の<花は咲く>を。菅野が震災後に故郷の東北地方を想って書いた一曲。東北生まれの筆者としても、プロヴァンスの自然の中で、菅野よう子のメロディーが、藤田の手で美しく奏でられたことに感動した。観客はそれでも立ち去ろうとせずダブルアンコールに、藤田が東京音楽大学附属高校の作曲の課題で書いたという自作曲<パガニーニの主題による変奏曲>を奏でる。ジャズ的な要素を盛り込むことを目指し、当時、高校生の藤田が小曽根 真を聴き込み研究したという。今では、小曽根が藤田を深くリスペクトするほどになっている。それだけに、ジャズ的な部分も含めて会場の熱狂は極限に達して、23時も過ぎて終演となった。
今後に望むとすれば、アンコールとしての「パガニーニの主題による変奏曲」の熱狂をさらに進めれば、即興につなぐことでその表現を高めて行って欲しいし。師匠がバークリー音楽大学最年少入学で、ゲイリー・バートンにも師事したキリル・ゲルシュタインであり、小曽根と親交があるから不足はない。他方、藤田は楽譜に忠実に弾くことをとても大切にしていることも書き添えたいが、クラシック曲に手を加えることではないからそれと相反することではない。ともあれ、菅野よう子<花は咲く>〜藤田真央<パガニーニの主題による変奏曲>へのアンコールの流れは素晴らしいひとときとなった。
終演後に藤田に訊くと、ファツィオリを選んだのは、スタインウェイ2台のコンディションが必ずしもよくなくて、ベヒシュタインとファツィオリに絞り、中でもファツィオリはコンディションがよく、この野外会場でも鳴らすことできると感じたという。藤田はファツィオリはこれまで弾く機会がほとんどなかったといい、弾き慣れたスタインウェイに拘らず、自身には馴染みが少ないファツィオリをコンサート当日に選ぶという果敢さ、柔軟さが素晴らしいし、その挑戦も藤田の前向きさにフィードバックされていく。また、自然の音の中で集中力が削がれたり、弾きにくかったりしなかったという質問には、演奏していてあまり気にならなかったという、ただ、リストの冒頭で客席のあちこちで咳が始まって、これは気になったと語っていた。
とにかく、プロヴァンスの自然の音響に包まれながら、それをマイナス要因とすることなく、自然と向き合い、会場と向き合い、ファツィオリと向き合い、ショパンとリストを観客の心に確実に届けた真央の偉業を称賛したい。真央もルネもリサイタルの成功を心から喜んでいて、来年も来て欲しい、出演したい、と話していた。藤田は夏のヨーロッパの音楽祭で大活躍を続けるが、プロヴァンスの片田舎での時間を楽しみながらの、自然と観客に響く藤田の音楽を楽しみにしていきたい。
●2023年8月4日(金) 21:00
エリプソス四重奏団&マリー=ジョセフ・ジュード「バレエ音楽」
“Un ballet peut en cacher un autre”
Marie-Josèphe Jude: Piano
Quatuor Ellipsos: Quatuor de saxophones
Paul-Fathi Lacombe: soprano saxophone
Julien Bréchet: alto saxophone
Sylvain Jarry: ténor saxophone
Nicolas Herrouët: bariton saxophone
Château-Bas, Mimet
Tchaïkovski/Herrouët : Casse-Noisette, arrangement pour quatuor de saxophones et piano
Waksman : Concerto-Ballet “A Dream for Artemis” pour quatuor de saxophones et piano (création mondiale)
「ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2023」に出演していたサックス・カルテット「エリプソス四重奏団」。その有料公演は完売で観ることができなかったが、5月6日、東京国際フォーラム地上広場での無料キオスクステージでベートーヴェン「悲愴」を演奏。同ステージの次枠が、芳垣安洋率いる「Orquesta Nudge! Nudge! Workshop」で、筆者も参加していたので、ステージ転換の際にそのメンバーたちと言葉を交わすことができた。超絶演奏集団でありながら気さくな4人、LFJ野外ステージのアンコールでは、サックスを置いてアカペラを歌って爽やかに去って行ったのが印象的だった。
今回の会場となるバス城(Château-Bas)は、山の上にある貴族のお城だったらしい建物。ラ・ロック・ダンテロンからはかなり離れていて、エクサンプロヴァンスから直線で10km強を南下する。いちおうバスで行くことができる。山のてっぺんにあるので、風が吹き抜けていくので8月とはいえ晴れた夜には冷える。
チャイコフスキー<くるみ割り人形>のサックス四重奏+ピアノ版。聴き馴染みのあるメロディラインがサックスの音色にのって伸びやかに夜空に広がっていき、ピアノがときにパーカッシヴにときに煌めく音色で、楽しく華やかなサウンドを作っていく。後半は、<アルテミスの夢〜月のファンタジー>は、
エリプソス四重奏団は、個性的な4人が集まってはいるものの、4人それぞれが個性を発揮するというよりも、完全に溶け合いシームレスに聴こえてくるアンサンブルに圧倒される。だから、ピアノとの共演でもピアノ協奏曲のような広がりと一体感を持つサウンドを作り出す。他方、持続音ベースの管楽器だけでは出せないニュアンスをピアノが生み出す。このコラボレーションを楽しめるコンサートだった。
藤田 真央 ショパン/舟歌 Op.60 CT6 嬰ヘ長調
Fabien Waksman: A Dream for Artemis – Fantaisie Lunaire 1/ “Before the Moon Rush” –
George Gershwin: Rhapsody in Blue
Quatuor Ellipsos et Marie-Josèphe Jude
Makoto Ozone featuring No Name Horses
Special guest: Chick Corea – July 31, 2010
Tigran Hamasyan – La Roque d’Antheron 2011