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Concerts/Live ShowsNo. 308

#1278 エルメート・パスコアルと彼のグルッポ

2023年11月7日 大阪  ユニバース

text by Shuhei Hosokawa  細川周平
写真提供: FRUE
*写真は11月11日八戸市南郷文化ホール”FRUE AOMORI”で撮影したもの


Hermeto Pascoal e Grupo

Hermeto Pascoal エルメート・パスコアル (keyboard, accordion, teapot, bass flute, his skeleton, cup of water…)
Itibere Zwarg イチベレ・ズヴァルギ (electric bass and percussion)
Andre Marques アンドレ・マルケス (piano, flute and percussion)
Jota P. ジョータ・ピー (saxes and flutes)
Fabio Pascoal ファビオ・パスコアール (percussion)
Rodrigo Digão Braz ロドリーゴ・ディゲオ・ブラズ (drums and percussion)


白いもじゃもじゃ髭のエルメートが、助手に助けられて舞台に登場した。楽譜を描いた革の帽子をかぶっている。魔法使いの別名で知られるのはもちろんこの外見からだが、魔法はそれよりも演奏ぶりにあった。一度もトークなくノンストップで演奏し、一曲もスローに落とすことなくすべてミディアム~アップテンポ、いったん引っ込んでアンコールでもう一曲、こちらのからだも気持ちも切れまくる。そんなとんでもない90分間だった。ツアー主催者が「次の青森でお会いしましょう」と説得するまで、さっきメンバーに釣られて声にしたフレーズで唱和したり、「出てこーい」と叫んで帰ろうとしなかった二、三百の客がその興奮を共有したと思う。

サックス、キーボード、ドラムスから編成されたクインテットと聞けば、誰もがジャズの延長を想像する。しかしそこからヒントは得ているものの、五人組はジャズからかなり離れている。いわゆるブラジリアン・ジャズとは似ても似つかない。これはほとんどが既存のショーロのリズムや曲作りの原理をもとに、特有の楽器を編成に加えサンバのリズムを利かせ、バンドリンやサックスの演奏技術を洗練したタイプで、ジャズとショーロの融合とも延長とも取れる。コード進行は以前より複雑になったとしても、テーマ―ソロ数コーラス―テーマの基本は守り、カルナバル調もあれば、バラード調もある。アメリカで生まれ百年続く世界標準型のブラジル編だ。

ところがエルメートはあらゆる音をあらゆる楽器に移して合奏する。この誰も真似ようのない作曲演奏法を発明した。元の音素材は大統領の訓示から子どもの水泳教室のはしゃぎ、鳥の声まで無限の選択肢がある。元の音源を単独で出してから演奏を重ねて種明かしをしているCDのトラックから分かるのだが、ほかの曲も似た作り方で、定速性を維持した通常のジャズなりブレイクダンスなりとはまったく違う。テンポを上げたり下げて客や曲との間合いを伸び縮みさせる。

強いていうなら魔人は人間サンプラーで、クラシックで少し試された語り口調ベースの基本旋律作り(スピーチ・メロディ)よりも、アフリカからブラジルに一部伝えられたというトーキング・ドラムに近いだろう。革太鼓を掌やバチで叩いたり擦って、遠く離れた相手に話し言葉の代用音を伝える音の技術だ。コミュニケーション・ツールと呼ぶとかっこいい。彼は言葉の音声韻律に限らず、あらゆる音を独自の変換回路で、上下する旋律と変化自在なリズム構成をつける特殊能力を持つ。メンバーはそれに五体一心でついてくる。今はキーボードのみだが、かつてはサックスやピアノや遊びの笛も持ち替えていた。リーダーとその一党(グルッポ)の上下組織には違いないが、指示の受け答え関係よりも一体感が強く、聴く側は釣り込まれる。

80分休みなしに突っ走っていられるのは、きっと演奏に楽な身のこなしを全員がつけているせいだろう。ブラジルではよくアフリカ奴隷の柔らかな身の振りをジンガといい、カポエーラやサンバの論でよく言及される。敵を雲に巻いたり欺くあしらいの術でも使われる。そのからだづかいを5人は不思議と活かしていると聞こえた。最高速でもゆとりを保ち、むきにならず、緻密だが自在な演奏の境地に達していた。

パーカッショニストは御大が生まれたブラジル北東部のダンス、フォホーの基本打楽器、トライアングルとタンボリンを超絶技巧で鳴らしながら、民芸の木靴や木製コップをひっきりなしにスティックで鳴らし、入れ替え差し替えせわしない。おもちゃのゴム人形をプープー鳴らすお遊び時間もある。青空市場の物売りが客寄せをしているようで、太鼓に自分の叫び声で一人漫才のようなソロ場面もあった。すると次は客に呼びかけ、突然のタイミングでかけ合いが始まる。ロック・ポップスのお決まり応接セットと違う。終わり近くの一曲で今度は歌手を舞台に呼び出すと、それは中村佳穂、上機嫌で現われスキャットでテーマに加わった。幸運な歌い手だ。

唯一、自作曲でないとわかったのが、当人のキーボードから一瞬流れ出たセロニアス・モンクの「ラウンド・ミッドナイト」だった。なぜだろうと不思議がる間もなく、ブラジルの流れにもどった。弾き込まないのに尊敬の深さは分かる。エルメートのビッグバンド・アルバムでは、「ギル・エヴァンス万歳」がやはり敬意に満ちた編曲を試していて、ジャズ好きならエルメートがマイルスに発見されて、国際的に知られるようになったこととあれこれ絡めたくなるだろう。60年代末のマイルス・バンドが曲の切れ目なしのパイオニアだし、80~90年代ギルの有名なスウィート・ベイジル月曜ライブも、その場で曲やソロの順番を指示しながらメドレーで通した。エルメートはその一族の遠い縁者(演者)だ。御大の演奏自体は5人のなかでは地味になったが、魔法使いなしには弟子たちも遊びようがない。そんな存在感は別格だ。

帰り道、エルメートがデビューした60年代、サッカーの世界では南米最強国だったブラジルの選手が、特別柔軟な身体作法を持ち、即興性の高いドリブルと球回しで、ヨーロッパ・チームの組織プレイを煙に巻いたのを思い出した(ニュース映画でしか見ていないのだが。今では選手の頻繁なトレードで、国別の個性は薄れてしまったが)。それがさっき紹介したジンガの目に見える形態だと昔教わった。音楽でドリブルしているというと安っぽいが、この日の5人の出入りやりとりは調子の良い時のブラジルのクラブ・チームほど変幻自在で、発見的なフェイント続きだった。

メンバーが最後に舞台に挨拶にもどってくると、にわか司会役の主催者は、使っていた手書き楽譜をエルメートから客へプレゼントと伝え、客とのじゃんけんを始めた。勝ち残った最後の一人が舞台に取りに上がると、5人が迎え客席から歓声が湧いた。そんなお祭り演出が聴いてきた音楽とぴったりはまった。

ポルトガル語では「皆」を指すのに、ムンドの単語を使う。世界、宇宙が原意だが、世、世間、この世、世の中のような俗な意味でも使う。日本語の「世」の文字がヨ、セの二つの読みどちらでも、堅い仏教や地質学の意味から、ふだん使いの世間まで広がっているのに通じる。大きな世界を皆の衆が蠢いているような感覚は共通するだろう。春に虫二匹、「蠢く」の文字はそのごちゃごちゃ感覚にぴったりくる。そこでばかを承知のヤ行変格ギャグをエルメート一党との一夜に捧げたい。「世は満足じゃ」。

 

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#1012 エルメート・パスコアールとグループ
(2018年来日時のライヴ・レポート)
https://jazztokyo.org/reviews/live-report/post-27871/

細川周平

細川周平 Shuhei Hosokawa 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長、国際日本文化研究センター名誉教授。専門は音楽、日系ブラジル文化。主著に『遠きにありてつくるもの』(みすず書房、2009年度読売文学賞受賞)、『近代日本の音楽百年』全4巻(岩波書店、第33回ミュージック・ペンクラブ音楽賞受賞)。編著に『ニュー・ジャズ・スタディーズ-ジャズ研究の新たな領域へ』(アルテスパブリッシング)、『民謡からみた世界音楽 -うたの地脈を探る』( ミネルヴァ書房)、『音と耳から考える 歴史・身体・テクノロジー』(アルテスパブリッシング)など。令和2年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

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