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Monthly EditorialConcerts/Live ShowsEinen Moment bitte! 横井一江No. 310

#42 一月に観た音
「田村夏樹・藤井郷子 あれもこれも2024」
「第16回JAZZ ART せんがわ」

text & photo by Kazue Yokoi  横井一江

年明け早々暗いニュースが続いた。と、過去形で書き始めたが、災害はまだまだ終息していないためか、遠く離れた土地にいるにも拘らず、もやもやした気分が続く。能登半島地震で亡くなった方にはご冥福をお祈りすると共に被災者が一日も早く日常生活に戻れることを心から願うのみである。

今年最初に出かけたライヴは、1月6日にベルギー大使館で行われたベルギーの実験音楽家ピエール・ベルテ Pierre Berthetとロンドン在住の彫刻家中島吏英、そして坂田明による即興パフォーマンスだった。会場となったスペースにはベルデや中島が使用する音響装置やオブジェ、小物が並べられていた。主に大きめの装置がベルデ、中島は小さなオブジェを使用する。坂田と中島吏英のデュオを既に取り壊された原美術館で観たのはコロナ前だった。坂田の音楽的な冒険心を感じるこのユニットは続けらている。今回はベルデも参加したので、その時よりも空間的にサウンドが広がったように思う。ベルデと中島による即興的なサウンド・インスタレーションに坂田の即興演奏が入り、変化する音響空間を楽しんだ。

1月8日は毎年恒例の「田村夏樹、藤井郷子 あれもこれも 2024」に出かけた。藤井、田村は現在進行形で幾つものプロジェクトを持っている。その一端をまとめて観れ、その活動の広がりを捉えることが出来るのがこのイベントの魅力だ。1月26日に藤井郷子 東京トリオのCD『Jet Black』(Libra)、2月9日にKAZE[田村夏樹(tp) 藤井郷子(p) クリスチャン・プリュヴォ(tp) ピーター・オリンズ(ds)]のCD『Unwritten』(Circum Libla)  がリリースされるが、この2つのプロジェクトはCDの先行発売のみ。リリース記念ライヴは別にということなのだろう(*)。

当日のステージをごく簡単に(出演者とスライドショーは文末に)記しておこう。まずは藤井郷子カルテット。昨年1月に十数年ぶりに顔を合わせたことでバンドが復活、新曲を演奏した。この強者カルテットが織りなす濃厚なサウンドで「あれもこれも 2024」は始まった。次に登場したのはThis is It!、このバンドは井谷享志の存在がキモなのだが、今回はゲストに天鼓を迎えたことで空気感が変化し、また違ったサウンド展開となった。1部の最後は藤井郷子オーケストラ、このイベントには欠かせないプログラムで、私的にはここに来る楽しみのひとつだ。1997年から四半世紀を超えて続く息の長いプロジェクトであり、メンバーもほほ同じで続いているため、作品自体もメンバーの音を想定して書かれているようにしか聞こえない。泉邦宏を始めキャラの立つミュージシャンが揃っているので、ソロそしてまた踏み外しも面白い。他にない独自の世界を持つオーケストラだけにずっと続けてほしい。

2部は藤井郷子ストリング・プロジェクトGENから。これは初めて聴くプロジェクトだ。全て作曲作品を演奏したが、かなり即興パートが多く、それだけに構成力のある作品なのだろう。これから録音する予定ということなので、これからが楽しみだ。次は今年最注目のステージ、灰野敬二と田村夏樹のデュオ。灰野はシンプルにギター一本、田村は中華鍋らしきものや様々な小物を並べている。灰野のサウンドはギターにしろ、ヴォイスにしろ、音量に関係なく強く鋭い。そこに田村が多彩なサウンドで向きあい、絡む。果たして田村もシンプルにトランペット一本で対峙したらどのような展開になったのだろう。それも見てみたいものだ。最後を締めくくったのは、一年に一度顔を合わせる「お年玉バンド」。これも毎年恒例だが、ステージ上での打ち合わせから始まった。違った点は、バンクーバーから来日したばかりのゴードン・グルディナがゲストとして参加したこと。バンド名が演奏を表していると言ってもよく、これが出来るのもクセのある即興演奏の達人なればこそ。彼らによって長丁場の「あれもこれも 2024」は締めくくられた。

*藤井郷子 東京トリオCD『Jet Black』リリース記念ライヴは下記のとおり行われる。
2月18日(日)、3月16日(土)公園通りクラシックス

続いて、出かけたのはJAZZ ARTせんがわ。せんがわ劇場の改修工事があったために本来ならば2023年中に行われる筈がこの時期の開催になった。予算のこともあってか、今年はCLUB JAZZ屏風がなかったのが寂しい。CLUB JAZZ屏風はJAZZ ART せんがわにはなくてはならないのだったのだなあと、改めて思う。もっとも季節的には屋外での実施は厳しいので致し方ないのかもしれない。

今年は公演の他に、ジョン・ゾーンを追ったマチュー・アマルリック監督によるドキュメンタリー映画『Zorn』3部作(→映画のサイト)の上映が行われた。昨年東京で公開された時はあっという間にソールドアウトになった作品である。本来ならばジョン・ゾーン公演と合わせて公開される作品とのことだが、巻上公一がジョン・ゾーンと親しいことから、彼がプロンプターを務めるJohn Zorn’s Cobra 公演とのセットでの公開となった。

簡単に公演を振り返ろう(出演者とスライドショーは文末に)。初日のステージは「John Zorn’s Cobra アニバーサリー部隊」。John Zorn’s Cobraは何度も見ているが、いちばん楽しい公演だった。メンバーにはCobra初体験者やCobra経験の浅い人もいたようだが、それも良きかな。吉田隆一や高岡大祐、吉田野乃子がステージ上を歩き回ったり、果てはしゃがみ込んで演奏したり(吉田隆一、Xで曰く「深夜のコンビニの駐車場っぽい」と)、坂本はバイブレーターや鉛筆を取り出すわで、笑える場面もあり、思わぬ展開もあったCobraだった。

諸事情から2日目に観れたのは最終ステージのヒカシュー+纐纈雅代による「カバコフの夢の続きを辿る」のみ。表題のとおりのイリヤ・カバコフへの音楽を通してのオマージュである。旧ソ連で非公式に芸術活動を始め、トータル・インスタレーションで西欧で知られるようになり、昨年5月に亡くなった彼が生きた時代に、私は思いを馳せていた。世界中が混沌としている現在だからか、リアリティを強く感じたのである。やはり詩人でもある巻上の言葉の力と音楽が出会うことは大きい。

3日目は「音の十字路 Part2」上野洋子、菊地雅晃、坂本弘道のステージから始まった。上野があらかじめ観客に配ってあった紙のバーコードを読み取るように観客に指示してスマホから音を出させたり、観客席に降りてみたり、菊地が観客席の周囲を走って一周したりするなど、不意を打つ展開もあった。モジュレーションやエレクトロニクスがサウンド形成に大きく関与したステージだったが、出演者の思わぬ動きもまた一連のサウンドの中に組み込まれていたといえる。2ステージ目は藤原清登と元珍しいキノコ舞踊団の伊藤千枝子のダンス。藤原のベースソロで始まり、伊藤がダンスで入る。藤原はベースの位置を変えながら、音でダンスを触発しているように見えた。静謐な弦の響きと呼応する身体、デュオならではの展開である。最後は道場[八木美知依、本田珠也]にゴードン・グルディナと 巻上公一が入った編成。道場は何度か観ているが、この2人のハイレベルな交歓にはいつも感心する。この4人編成でアルバムがリリースされたばかりとのことで (→Bandcamp)、パワフルに緩急自在に展開する即興演奏には他にない醍醐味があった。

4日目は吉田野乃子の「Cubic Zero 立方体・零」から。CDは聞いていたものの、バンドとして観るのは始めて。CDよりさらにステップアップしたサウンドで、観客を惹きつける。吉田のサックスの明瞭な音色もいい。吉田は岩見沢、他のメンバーは札幌在住というが、もっと東京などでも活動してほしいものだ。最後にエレクトリック・マサダの難曲を短くサクっと演ったが、この曲はもっとじっくり演奏してほしかった。次の「音の十字路 Part3」は本藤美咲、すずえり、坂本弘道のステージ。すずえりのエレクトロニクス・ソロから入り、本藤もまたエレクトロニクス、サックスを非楽音で鳴らす。坂本も入り、すずえりは自作装置でサウンドをビジュアルに変換し、さらにそこからサウンドに戻すということを始める。それに呼応する本藤の演奏、坂本の鉛筆や日めくりカレンダーの紙を投げるパフォーマンスもまた効果的に作用していた。これはなかなか面白いステージだった。ちなみに坂本ディレクションの「音の十字路」はPart1(波多野敦子、竹下勇馬、坂本弘道)もあり、これを見逃したことが悔やまれる。トリを務めたのは、プロデューサー3人(巻上公一、坂本弘道、藤原清登)によるJAZZ ART TRIO。吉田野乃子がゲストで入って、最後を締めくくった。

今回は1月にズレ込んだものの2023年度の開催ということで、第17回は今年11月に開催される予定である。是非、CLUB JAZZ 屏風も公園ライヴも復活させてほしい。このようなイベントは一度止まってしまうとそこで終わってしまいかねない。経済面の厳しさはつきまとうが、是非とも継続させてほしいと思う。


田村夏樹・藤井郷子「あれもこれも2024」
2024年1月8日 新宿ピットイン
【1部】
1)  Satoko Fujii Quartet
田村夏樹(tp)  藤井郷子(p)  早川岳晴(b)  吉田達也(ds)
2)  This is It!
田村夏樹(tp)  藤井郷子(p)  井谷享志(per)  サプライズゲスト: 天鼓(voice)
3)  Satoko Fujii Orchestra Tokyo
早坂紗知(as, ss)  泉邦宏(as)  松本健一(ts)  藤原大輔(ts)  吉田隆一(bs)  田村夏樹(tp)  福本佳仁(tp)  渡辺隆雄(tp) 城谷雄策(tp)  高橋保行(tb)  古池寿浩(tb)  永田利樹(b)  堀越彰(ds)

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田村夏樹・藤井郷子「あれもこれも2024」
2024年1月8日 新宿ピットイン
【2部】
4)  Satoko Fujii Strings Project GEN
向島ゆり子(vln)  加藤綾子(vln)  波多野敦子(viola)  藤井郷子(p)  吉野弘志(b)  堀越彰(ds)
5)  Duo
灰野敬二(g)  田村夏樹(tp)
6)  お年玉バンド
巻上公一(voice)  田村夏樹(tp)  広瀬淳二(ts)  藤井郷子(p)  ナスノミツル(b)  芳垣安洋(ds)  サプライズゲスト: ゴードン・グルディナ(g)

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JAZZ ART せんがわ

2024年1月11日

John Zorn’s Cobra アニバーサリー部隊
山本達久(ds)  吉田隆一(b.sax)   坂口光央(key)  松村拓海(fl)  吉田野乃子(sax)  後藤篤(tb)  井谷享志(ds)  高岡大祐(tuba)  坂本弘道(cello)  藤原清登(double bass)  与之乃(琵琶)  プロンプター: 巻上公一

2024年1月12日

カバコフの夢の続きを辿る
ヒカシュー[ 巻上公一 (voice, cor, termin, 尺八)  三田超人(g)  坂出雅海(b)  清水一登(p, syn)  佐藤正治(ds)]  纐纈雅代(sax)

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2024年1月13日

音の十字路 Part2
上野洋子(voice, electronics, etc)  菊地雅晃(Wb,KORG MS-50 ModularSynthesizer, Effect)  ホスト: 坂本弘道(cello, etc)

ひびきの空間と目
伊藤千枝子(dance)  藤原清登(double bass)

激烈に震える弦と弦
ゴードン・グルディナ(g, oud)+道場[八木美知依(electric kotos, electronics)  本田珠也(ds)] ゲスト: 巻上公一(voice)

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2024年1月14日

北からの予期せぬエレクトリック
Cubic Zero 立方体・零[吉田野乃子(sax)  本山禎朗(keyboard)   佐々木伸彦(guitar)   大久保太郎(bass)   渋谷徹(ds)]

音の十字路 Part3
本藤美咲(Baritone saxophone, etc)  すずえり(自作装置, etc)   ホスト: 坂本弘道(cello, etc)

せんがわの至宝
JAZZ ART TRIO[巻上公一(voice, etc)  坂本弘道(cello, etc)  藤原清登(double bass)] ゲスト: 吉田野乃子(sax)

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横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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