#1287 第16回 JAZZ ARTせんがわ
text by 剛田武 Takeshi Goda
photos by 池田まさあき
2024年1月12日(金) 東京 調布市せんがわ劇場
真冬のせんがわで体験したジャズアートの神髄
「ひと言で判られないフェスティバルを目指している。簡単じゃない、音楽も楽しくない。よく音を楽しむのが音楽だと言われるが、冗談じゃない。“音楽”という言葉はあとから作られたのであって、音の方が先にあった。だからなるべくたいへんな音楽をやっている、というのがこのフェスティバルの目的」という巻上のMCが印象的だった10年前の「JAZZ ART せんがわ 2013」は7月に二つの会場と野外イベントで開催され、まるで夏フェスといった風情だった。その後もしばらく夏~秋の風物詩というイメージだったが、調布市側の事情やコロナ禍があって、2022年は12月の開催となり、今回は2023年予定が2024年にズレ込んで真冬の1月の開催となった。
暖冬とはいえコートとマフラーが欠かせない寒空の下、辿り着いたせんがわ劇場は、いつもと変わらない家族のように温かく迎えてくれた。
『音の十字路 Part1』
波多野敦子(viola + electronics) 竹下勇馬(Mechanized Instruments) ホスト:坂本弘道(cello, etc)
ヴィオラで無限に広がる”ひとりアンサンブル”を聴かせる波多野と、機械仕掛けの自作楽器で”カラクリ電子音楽”を奏でる竹下のデュオ共演は今回が初めてだという。ありそうでなかった出会いが『音の十字路』の由縁だろう。まずは波多野のソロからスタート。4本の弦の上を往復する弓の一定な動きが徐々に変化する音のモワレを生み出し、エフェクターを通して重なりあって水紋のように広がっていく。幻想の世界にいざなうサウンドの渦が静まり湖面に沈んでいくと、どこからともなく遠い電子音が聞こえてくる。ステージを見ると竹下がテーブルに並べた器具を操ってる。スピーカーが組み込まれた箱が回転し微細なビープ音が風になって飛びまわる。電子楽器というよりも江戸時代のからくり人形のように懐かしくも不思議な響きに癒される。波多野とホストの坂本が加わりトリオ演奏へ。弓だけでなく工具や金属片などでチェロのボディや弦を弄る坂本の炎のような物音が燃え上がる。幼い時に生き別れになってそれぞれ異なる環境で育った三人兄弟が再会したような喜びに溢れたシンパシー。波多野(水)と竹下(風)と坂本(火)とJazz Artせんがわを育んできたせんがわ劇場(地)という四元素の出会いが生み出す奇跡的なアートの交感を堪能した。
『カバコフの夢の続きを辿る』
ヒカシュー + 纐纈雅代(sax)
ヒカシュー:巻上公一(ボーカル、コルネット、テルミン、尺八)、三田超人(ギター)、坂出雅海(ベース)、清水一登(ピアノ、シンセサイザー)、佐藤正治(ドラムス)
2022年の「Jazz Art せんがわ2022」で「カバコフの夢の続き」として披露されたヒカシュー&纐纈雅代のコラボレーションが再びせんがわ劇場に登場。2022年夏に越後妻有「大地の芸術祭」で初演されたカバコフへのオマージュ作品は、2023年にヒカシューのアルバム『雲をあやつる~「カバコフの夢」を歌う』としてリリースされた(→Disc Review)。アルバムに全面参加した纐纈とはリリース直後のヒカシュー定期公演(2023年9月20日吉祥寺Star Pine’s Cafe)でも共演したので、すでに少なくとも3回以上コラボレーションしていることになる。筆者を含めてアルバムを愛聴しているリスナーにとっては、もはや纐纈抜きだと物足りなさを感じてしまうかもしれない。その意味で今回は最高の布陣とロケーションと言えるだろう。入念に組み立てられた楽曲の完成度の高さはもちろん素晴らしいが、とりわけ巻上のテルミン、尺八、コルネットと纐纈のサックス、三田のギター、清水のキーボード、坂出と佐藤の自由自在なリズムセクションが交錯する即興パートの開かれた世界にJazz Art せんがわの神髄を感じる。巻上が昨年末にニューヨークを訪れてイリヤ・カバコフの墓前に『雲をあやつる』のCDを届けたという逸話もカバコフの夢の続きのように感じられる。越後妻有の『棚田』から掘り出された「カバコフの夢」がせんがわ劇場に新たな夢を花開かせたかのごとく、空想と現実の境界を飛び越えるヒカシュー・ワールドが繰り広げられた。昨年アナログ・レコードでリイシューされた91年のアルバム『はなうたはじめ Humming soon』から演奏されたラスト・ナンバー「びろびろ」で、”チーズ”という歌詞に合わせて写真を撮るポーズを決める纐纈の指のファインダーに写ったのは、観客の姿だけではなく、Jazz Art せんがわの15年の歴史だったかもしれない。
今回視察のために来日したドイツのメールス・フェスティヴァルの芸術監督Tim Isfort氏によると今年のメールスのテーマのひとつが「日本の音楽」だという。Jazz Art せんがわの手本であるメールスが逆にせんがわから学ぼうとしている。これこそ「ひと言で判られないフェスティバル」の真の在り方であろう。年内に開催予定という次回のJazz Art せんがわにも期待が高まる。(2024年2月1日記)