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Concerts/Live ShowsNo. 313

#1300 イヌイジュン+坂田明

Text and photos by Akira Saito 齊藤聡

2024年4月7日(日) 銀座・柴田悦子画廊

Jun Inui イヌイジュン (drums)
Akira Sakata 坂田明 (alto saxophone, clarinet)

パンクだからともかくもその時間こそが重要であり、フルスロットルで攻め続けなければイヌイジュンの名折れである。バスドラムをずっと連打しつつ、ここぞと決めて叩きを集中させ、それにより大きなクラスターを作り出しては棄て、また次のクラスターを作る。それらはイヌイ自身の描いた絵のマチエールがなにか動き出しそうな塊を孕んでいることにも似る。プレイは快楽の無酸素運動であり半時間も経つと肩で息をするのはやむを得ない。

そんなわけだから、たとえばジャズドラマーで誰それに似ているなんてことは言えないわけだが、バンドサウンドから突出する存在ということであれば、オーネット・コールマン・トリオのチャールズ・モフェットを想起させる。(とはいえ、数日後に西村雄介、大友良英と行った演奏では、ポール・モチアンの真似をする愛嬌があったことも付記しておきたい。)

イヌイは、自身が長く在籍したザ・スターリン、そして盟友の遠藤ミチロウが指向した音の核には、コミュニケーションの不在があったのだと書いている―――「いつまで経っても分かり合えない、オレとおまえ、オレと社会、オレとコトバ、オレとオレ。自己否定のいきつく果てのディスコミュニケーション」(*1)。もちろんイヌイもこれに共鳴したからこそ今回の絵画展のタイトルを付けたのであろうことは、同展の図録を読めばわかる。「わかりあえないことだけがわかれば短い人生それでかまわない」と(*2)。

坂田明とのデュオ演奏をこの哲学でなにか説明することは無意味かもしれない。坂田明とイヌイジュンという「オレとオレ」ゆえの音としてたちあらわれただけのことだ。だがそれはふたりの「オレ」が突破者でなければ成立しない。

そして坂田明は突破者に対して突破者として応じる。アルトの音は聴く者の記憶をきわめて短時間で更新し続ける。どの中にひとつも緩んだクリシェを見出せないことは驚きであり、さらにリパワリングされていたのはイヌイの音があってのことか。一方でクラリネットは音が長く連なっている感があり、それゆえ物語的となっている。

レコーディングをおこなった宇都宮泰は、人には聴いていても認知していない音があると言う。となれば、バスドラムの低音の波やアルトサックスの強い共鳴の波といった特徴的な音は、別の音を隠しているのかもしれない。そしてまた、この日の記録がリリースされるとき、その影のなにものかが私たちの前に提示されるのかもしれない。

録音がなにものかを露わにするのはサウンドには限らない。たとえば、坂田がかつて漫画の赤塚不二夫とサックスの中村誠一(山下洋輔トリオの前任者)とに言い放ったことは、音声で聴いたとしたらさらにおもしろいにちがいない(*3)。そして今回のCD『銀玉』には演奏の合間になされたトークも収録される計画だという。さて、どう化けて出てくるだろう。

坂田 いやー、今日は久しぶりにビールがうまい。これだけくだらないとね。やっぱりバンドマンは面白いね。バンドマンは面白いというけど、若いやつはぜんぜん面白くないよな。
中村 つまんないよ、みんな。
坂田 どうもならんよ。どうなっているんだ。
赤塚 バカばっかり言っている。
坂田 あいつらバカ言わないものな。

(文中敬称略)

(*1)イヌイジュン『中央線は今日もまっすぐか?オレと遠藤ミチロウのザ・スターリン生活40年』(シンコーミュージック・エンタテイメント、2020年)
(*2)イヌイジュン『Discommunication』図録(柴田悦子画廊、2024年4月1日~7日)
(*3)赤塚不二夫対談集『バカは死んでもバカなのだ』(毎日新聞社、2001年)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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