#11 『小橋敦子/ポーギー』
小橋敦子(p)
トニー・オーヴァーウォーター(b)
feat.
マイケル・ムーア (cl/as)
セバスティアン・カプテイン (ds)
1.アイ・ラブ・ユー・ポーギー
I Loves You, Porgy (George Gershwin / Arr. by Atzko Kohashi)
2.イフ・ユー・キャン・キープ・ミー
I If You Can Keep Me I (Atzko Kohashi & Tony Overwater)
3. チャイムス
Chimes (Tony Overwater)
4. バイ・ザ・リバー
By the River (Atzko Kohashi)
5. ミート・アット・ユー・エフ
Meet You at F (Michael Moore)
6. ベルズ
Bells (Michael Moore)
7. ドント・ドライブ・ミー・マッド
Don’t Drive Me Mad (Porgy Bop) (Atzko Kohashi & Tony Overwater)
8. プレイ
Play pray (Atzko Kohashi)
11.イフ・ユー・キャン キープ・ミー –
II If You Can Keep Me II (Atzko Kohashi & Tony Overwater)
12. アイ・ラブ・ユー・ポーギー
ILoves You, Porgy (George Gershwin
前書き:
音の厚みと自然さ、その周波数レンジの広さがこのアルバムの音の信条です。
一曲目、クラリネットは極上の厚みの音で、その音にこのアルバムの音作りのすべてがあると言えるでしょう。
「守・破・離」という能の所作のスピリットに共感された演奏とのこと、日本的能の空間やそこに佇むことの心模様を音で表現することに成功しています。
小橋敦子さんにとって、オランダに来て20年目、アルバムでも14枚目とのことで、手慣れたアルバム作りで、淡々と音楽が進行していきます。
「守・破・離」という本質に迫って聴くためのキーワードを、能にある日本的な音の世界、一方で小橋さんが住み続けるオランダの音と音楽、そしてメンバーの音と音楽表現の中に求めてみましょう。
1、音のポイント
①このアルバムの音の厚み・音の自然さについて
一曲目、クラリネットは極上の厚みの音です。吹き終わりの吐息の、エンハンスメントにこのアルバムの音作りのすべてがあります。
管を吐息が通過して管を共鳴させ、その長さを通過する空気、それらの音が録音現場の建物の壁面に響き、奏者の息遣いがわかる厚み。
クラリネットでありながら、ワイドレンジに録音されていてクラリネットの低音の広がりを聴くだけでもこのアルバムの低音のありよう、高域の質がわかります。
ベースも、たくさんの聴きどころがあります。音の厚みがあるからこその響きです。音量を抑えてのボーイング、ベースの弾音に注目すれば、その音がリスニングルーム一杯に漂い、圧巻です。
②オランダ、日本で読み解くメンバー
まず、ドラムのゼバスティアン・カプティンはオランダ出身で2年間チェロを弾いた後ドラマーに転向、世界を渡り歩き今は沖縄在住とのこと(Wikipediaによる)。
クラリネット、アルトサックスのマイケル・ムーアはアメリカ出身でオランダ在住、リーダーアルバムも多く、他バンドへのゲスト出演し透明感ある音は多くのファンの知るところ。第13回東京JAZZフェスティバルのために来日している。
オランダのベーシスト 、トニー・オーヴァーウォーターは前作『クレッセント』では小橋さんとデュオを組み、コルトレーン曲を中心に演奏している。
③ファツィオリも弾く小橋敦子さんの作る音楽
小橋さんは前作『クレッセント』では、イタリア職人の手作りピアノ、ファツィオリを弾いています。ファツィオリはその透明感とクリアな音質で表現力豊かなピアノとして知られ、近年のショパン国際ピアノコンクールでも優勝者などに多用されています。このアルバムに使われているピアノは何かはわかりませんが、ファツィオリの音のデリカシーは小橋さんの音になっているようでこのアルバムの音にも感じられます。
しかし、セッションのリーダーは小橋さんなのに、彼女のピアノの出番は控えめです。おそらく、アルバム・コンセプトをグループとして表現することに徹しているのでしょう。
ようやく9曲目でピアノ・ソロが登場します。ここで、このアルバム、オランダ、日本人であることといった彼女の想いが語られます。
そこに至る淡々としたアルバム作りには、よく聴くとそれぞれの楽器がオーディオ的にも周波数レンジ感といい、音の伸び・響きは聴き応えのあるものに出来上がっています。
④オランダの音と音楽
ここオランダはルネサンス期にはネーデルランド楽派 (ブランドル楽派) が活躍し、17世紀に世界の覇権を握った頃にはイタリアからもドイツからも楽人が訪れ第四次英蘭戦争で敗北するまで世界の中心でした。今も、世界3大コンサートホールの一つコンセルトヘボウがあり、コンセルトヘボウ管弦楽団が活躍しています。
ジャズの世界でも、小橋敦子さんが20年活躍し、アメリカ出身のC l・As奏者マイケルムーアがアムステルダムを拠点として活躍するなど、ここはジャズマンにとって活動しやすい街なのでしょうか。
特に、オランダ・アムステルダムの「音」として語られることはないようですが、ここアムステルダムには「音」として語られないことが特徴とも言えるジャズの音があります。
今回のアルバムでも味わえる、平明な中に豊かな音楽性をもち、音も中庸で特に強調感はないものの味わい深い音があると思います。
今回のアルバムに見られる、厚みと自然さに満ちた音はまさに、そうした風土の賜物といえるでしょう。
そのように心得て、味わって欲しいと思います。
2、各トラックの音作り
全体の音は女性的、中庸で、中程度の明るさです。各楽器のソロもありますがジャズのアドリブとは異なるイメージです。
①ベースのボーイングが床を這うように聴こえ音楽が始まります。低い音量ですが重く、存在感あります。やがてピアノ、クラリネットが登場します。クラリネットが主で軽く明るめに奏されます。よく聴くとピアノもクリアで小橋さんらしい。後半のクラリネットの太さが気に入ってます。
②クラリネットは軽さを保ち、明る過ぎず明解に流れます。フリージャズ的です。
③ベースが思いをゆったり語るモノローグ。聞き応えあり、低音の弾音はシビれます。
④このトラックは怪しい演奏だが、リズムは軽快、「破」を思わせるクラリネットが調子を作ります。
⑤ここはピアノもクラリネットとともに前に出て、調子も歩くくらいのテンポにもどります。
⑥クラリネットが語るモノローグの世界。怪しい高低を繰り返す音階。
⑦ドラムが主役で始まり、サックスがややアンダーだが軽快なリズムで音楽を作る
⑧前の曲で軽快に踊った後は、ピアノとクラリネットのダイアログです。両者物思いにふけりながらの曲が進行します。リリシズムの世界。ピアノのカチッとした音はクリアで快い。
⑨ピアノソロによるモノローグ。ひとり思いを語る。このクリアさは、もしかしたらファツィオリのピアノの音か、と思わせるほど。
⑩クラリネットがメロディラインで、ピアノ、ベースが追従。ベースの音量は低いが空間に響き渡り情景をつくる。クラリネットは、邦楽の尺八を思わせる音。やがて、ベースのアドリブがメロディラインを作り、リズムを作っていく。終わりにクラリネットは、日本の聴き慣れたメロディを奏する。
⑪ピアノ、クラリネット、ドラム、ベースが語り合う
⑫ポギーをベースがゆっくり歌い、やがてピアノとのデュエットになっていく。ジャズらしい演奏をします。
そして静かに終ります。「離」のかたちでしようか。
3、あとがき
聴き終わっての印象は、派手さは無く、音の厚み自然さなど音の作りは繊細で、最後の<アイ・ラブ・ユー・ポギー>の演奏が無かったら、ジャズのアルバムとは思えなかったかも知れません。このアルバムの音楽の作りは、設定したコンセプトに力強くイメージを構築するという音楽では無く、設定したコンセプトの周辺を形成する要素を入念に拾い集め作り上げる、という音楽です。
ですから、「守・破・離」という能のパラダイムにある、響き、静寂のありよう、を丹念に集めて作り上げています。
その中には当然、オーディオ的、厚み、自然さ、音のつながり、帯域感というものが具現化されています。このように構築された能の世界には、オーディオ的音質が大きな役割を果たしています。
日本的、能の空間にはこうしたオーディオの厚み・自然さなどの音の要素は見事に合致するものです。
蛇足ながら、小橋敦子さんの音と音楽へのデリカシーは、本原稿の途中でも触れた、彼女の前作におけるイタリアのピアノ、ファツィオリをトライしていていることからもわかります。
ファツィオリは2021年のショパン国際ピアノコンクールに於いて、優勝者ブルース・X・リウをはじめ何人かの入賞者が使うなど、音のクリアさと表現力に於いて素晴らしい楽器です。今回のアルバムでは、ファツイオリが使われたかどうかは不明ですが、前作でこの楽器を弾いたことから身につけた音が、今回のアルバムにも実現されている、と思います。
つまり、楽器固有の個性のおもむくままを音にして音楽と音を作る、という小橋さんのスタンスは、コンボのクルーをリスペクトしてそれぞれの個性のおもむくままに音楽を作り上げる、という姿勢が、良い音楽のまとまりを実現しています。
このアルバムを聴き終わって、演奏者個々の素晴らしさを堪能できた、と思うのはそんなところにあると思うのです。