#7 『アレッサンドロ・ガラティ/プレイズ・スタンダード Vol.2』
『Alessandro Galati / Plays Standards Vol.2』
text by Mitsuo Hagiwara 萩原光男
寺島レコード TYR1122 SACDハイブリッド ¥3,850(税込)
1. Stella by Starlight (Victor Young) 5:14
2. All the Things You Are (Jerome Kern) 6:50
3. I Remember Clifford (Benny Golson) 3:59
4. My Romance (Richard Rodgers) 6:47
5. Someone to Watch Over Me (George Gershwin) 4:29
6. Lament (J.J.Johnson) 4:55
7. Old Folks (Willard Robison) 5:34
8. Body and Soul (Johnny Green) 3:51
■演奏:
アレッサンドロ・ガラティ (piano)
アレス・タヴォラッツィ (bass)
ベルナルド・グエッラ (drums)
■録音:
アンドレア・ペレグリーニ
2024年6月 Larione 10 (フィレンツェ)
■ミックス、マスタリング:
ステファノ・アメリオ
Artesuono Recording Studios (カヴァリッコ)
『アレッサンドロ・ガラティ・トリオ/プレイズ・スタンダード vol.2』
このアルバムは、驚くほど音が良い。さすがに、「ジャズ批評」誌のジャズ・オーディオ・ディスク大賞で金賞を3作品がとっている、ガラティの一連の作品です。
広がり、奥ゆき、リスナーを包みこむ感覚は極上のものです。そして左右の広がりと、付け加えると低音の音楽性と音の伸びが、桁ハズレに良いのです。
しかし、その高音質は再生機にそれなりのレベルを要求します。特に高い低音再生能力はポイントです。
◎ 概要
まずピアノから始まるこのアルバムの音は聴き慣れた音で、打音が速い立ち上がりで立ち下がりもスッと消えていきます。
そしてベースが出てくると、その後に広がる豊かな音空間に、伝統的で質の高いヨーロピアン・サウンドが感じられます。
良い音というのは、自然で聴きやすいという表現が使われますが、まさにそういった音で、筆者の試聴確認では、再生システムのレベルが上がるとともに、それまで聴こえていなかった音情報を味わうことができます。
イタリア人アーティストのイタリア人による録音とマスタリングが行われたアルバムです。理詰めで堅苦しいところのある北部欧州の音楽ではなく、ややくつろいだ中に豊かなイタリア音楽の伝統が感じられます。
これは言っておかなければなりませんが、このソース、機器のパフォーマンスが上がるほどに、驚異のサウンド・クオリティーを現出します。
それは、低音再生にポイントがあり、筆者のJBL4320とマッキントシュ・アンプでは、録音スタジオの隅々まで再現するほどのリアリティがありました。1、このアルバムの聴き方
1. 味わい方、聴き方
このアルバムは、音にも演奏にも派手さやこれ見よがしなところがないので、「音の良さ」も聴き逃してしまいそうです。
言ってみれば玄人好みです。
①演奏家に好まれるピアノの音がこのアルバムにはある
欧州製で演奏家に好まれるピアノメーカー店の担当は、次のように自社のピアノの音を語っていました。
「当社のピアノの音は、(直接)音が出て、その音が一番速く消えます。そして、そのあとには美しい響きが豊かに広がります」。音の立ち上がり・立ち下がりが速いと言っているのですが、演奏家が愛するピアノは音も美しいのです。このメーカーもマイナーなメーカーで風前の灯にあります。そういったヨーロッパのメーカーが消えつつあることはとても残念なことなのですが、今回このガラティのピアノトリオを聴き、そのヨーロピアン・サウンドの美はこのアルバムの音そのものであり、その美しさ故にこうして引き継がれるのだ、と確信したのです。
このアルバムの音を味わう時、まず、このようなヨーロピアン・サウンドにある、世界の演奏家の思いやウィーンの音にも通じる世界を理解してほしいと思います。
②このアルバムの低音を聴く技術 (響きやアコースティックを聴く)
ピアノトリオですから、このCDもピアノから始まり、ピアノ演奏で音楽が作られていきます。それだけに、ピアノの存在感・主張は強く、ベースやドラムは控えめなので音楽的にバランスをとるのは難しく感じられます。しかし、このアルバムで聴かなければいけないのはベースやドラムで作られる音楽あるいは音楽性であって、それこそがこのアルバムの価値といえます。
このアルバムにみられる近年のジャズの音楽傾向を理解するのに、ある評論家の雑誌でのコメントが参考になりました。彼は、ある時からブルーノート系のドスン・バシンというジャズから、ECM系のジャズに目覚めたとのことでした。言わば、量感の世界から、響きのクオリティが作り出す感性の世界、に目覚めたと言うところでしょうか。ECMにおける響きの捉え方は、まさにポスト・ブルーノート系ジャズの音のあり方で、今回のガラティのアルバムもその文脈にあるものです。楽器の響きやルーム・アコースティックも聴き味わう、というのは現代ジャズでも現代オーディオでも不可欠です。
ドスン・バシンというジャズの世界ではピアノと同様にそれらの楽器のアタック音などのインパクトの強烈さが聴きどころでしたが、ポスト・ブルーノート系では、それらの低音楽器は、反射音や残響で作られる響きによるルーム・イメージの構築の方が重要のようです。言い方を変えると、このアルバムでそう言った響きの環境情報はピアノだけでは完全に伝えていません。
例えば、ECMのキース・ジャレットのケルン・コンサートでは、会場の広がりを表す響きやステージの反射音をピアノで、それらのすべてを表現していますがこのアルバムではそうなっていません。それはベースやドラムの低音楽器に委ねられています。ですから低音を聴かなければこのアルバムを充分味わったことにはならない、というのが筆者の聴き方です。
③ 㮍低音を聴く技術(再生機など)
それは、再生機と静けさにあります。
まず静けさですが、響きや反射音はレベルが低く、それを味わうには、部屋・試聴環境の雑音が少ない方が良い、また、再生器はオーディオ的低音が正確に聴けるものが欲しいところです。
これらのことから、おすすめはまずヘッドホンで聴いてみることです。ヘッドホンはその構造から外部の雑音を遮断し響きや反射音のありようを確認できます。響きなどの音を聴き分け味わうためには「静けさ」は重要です。筆者は、スタックスの静電気型ヘッドホンを常用していて、まず全帯域の音がどうなっているかを確認します。場合によっては、この静電型ヘッドホンでアルバムの音の大枠を把握して、それから家庭用サイズのスピーカー、38cmウーファの大型スピーカーでの確認へと進みます。
④ さらに高いレベルでの低音試聴 (低音楽器の遅れ感を解消する)
筆者の試聴機器は、パワーアンプがマッキントシュMC150、このアンプはマッキントシュの中では名器ほどのものではないのですがトランジスタ式なのですが出力トランスがついてます。この、出力トランスがポイントで、豊かな低音再生ができます。スピーカーは、JBLの4320、2ウェイ38cmウーファです。
このスピーカーも最近のものではありませんがヴィンテージJBLと言われるジャンルにあります。
この組み合わせでは、かなり低い帯域から低音が立ち上がり、速く軽く出て音場感の再生が良いものです。この組み合わせが最高なのは、ガラティのこのアルバムを聴いて、他の機器で聴いた時に不満だった、「低音の遅れ」が解消されることです。
ここまでの低い周波数まで再生すると特にベースの低音が風圧となって打弦と同時間に聴こえるようです。
他の再生方法では、どうしても時間遅れのある反射音にひかれて遅れて聴こえてしまうのです。ベースドラムを風圧として聴く、また、これらの楽器の音が立ち上がり立ち下がった後の余韻・響きを味わうことはこのアルバムを聴くことの大きな快楽です。
ガラティのこれまでのアルバムは、寺島レコードでも音の良さと完成度の高さで評価されていて、「ジャズ批評」誌のディスク大賞でも近年3作品が金賞を得ていることも大いに納得できたのです。ということは、ガラティの音楽は聴く側のレベルを試しているところがあって、高いレベルの装置を持ってすれば味わえる特別に素晴らしい世界がある、ということのようです。
2、各曲試聴印象
このアルバムでは、「自然さ」は一つのテーマと思えるような構成です。
このあたりも聴きどころ、と捉えて聴いていきましょう。
① 1 Stella by Starlight
序曲ともいうべく、音の流れが自然で入っていけます。メロディーはどこかで聴き慣れた感のあるもので、少しずつ気持ちを盛り上げていきます。
アルバムの作り方として、いきなりインパクトの強い曲を冒頭に持ってくるパターンもありますが、このアルバムはそうではなく優しく音楽が始まるパターンであり、そんなところからもどう聴かせたい音楽なのかがわかります。
ガラティはピアノの人で聴き慣れた美しいメロディを楽しめます。
しかし、このアルバムはトリオなのでピアノ以外のベースやドラムと味わいたいものです。
まずベースを味わい、次に、ドラムの絡みを感じることができれば、このアルバムを70%ぐらい味わった事になるのではないでしょうか。
② 2 All the Things You Are
2曲目は、こんな音楽を聴かせたいんだ、と言ってピアノが語り始めます。スタッカートするピアノは、スタンダード・ナンバーの単調さを感じさせません。
③ 3 I Remember Clifford
クリフォード・ブラウンを哀悼して作られた曲とのことで、ややアンダーに曲が進行していきます。
④ My Romance
静けさやアンダーな曲の流れに、気持ちを切り替えたいリスナーの気持ちを察しての軽快なアップテンポのピアノは、すこしスイングして聴きやすいですが、アップテンポの曲はベースやドラムなどのリズム楽器は期待したいところです。ドラムが元気だと楽しめます。
⑤ 5 Someone to Watch Over Me
前の4曲まででこのアルバムの曲作り、音の構成、楽器の表現力を示した後は、特徴ある曲でアルバムの中身を深めて行きます。この5曲目と6曲目は注目して聴いてほしい曲です。音楽的深みを増しています。5曲目はライナーノートにもあるように、2分12秒からのベースソロは必聴、そこに対話するようにブラシが加わって、ピアノが曲を引き継いでまとめていきます。なかなかの名演奏です。
⑥ 6 Lament
6曲目はややアップテンポで、ピアノとベース・ドラムとの曲の楽しいジャズで、1分48秒からのピアノ、続く2分50秒あたりからのベースは哀愁に満ちて、こ ちらも聴かせる名演奏です。
以下、⑦ 7 Old Folks、⑧ 8 Body & Soul と続きます。
3、まとめ
ここでは、装置の高音質化について書きます。
このアルバムはガラティの弾くピアノが、音的にも音楽的にも前面に出てしまいます。ガラティがリーダーのグループであることから仕方がないとは言え、ジャズファンとしては音楽を構成するベースやドラムも存在感を感じてトリオとしての音楽を聴きたいところです。
これを克服して、存在感希薄なベースとドラムをクローズアップして聴きたいところです。そのポイントは低音にあり、再生帯域を充分に低い方まで伸ばして聴いてほしいところです。言い換えると、ガラティはリスナーに「このジャズを聴くにはそれなりの装置が必要だ!」と要求しているようです。このアルバムは、高音質録音であるが故に、リスナーの装置にも、それを再生できるレベルのものを要求しています。
従来のブルーノート系のジャズでは、文中にも書いたように、どんな装置でも、良い録音、良い音楽で高い評価を得ることはありました。今回のガラティのアルバムは、そういった大多数相手ではなく、わかる人にわかってもらえれば良い、と理解しました。曲目も、特に派手さもなく、例えば食事をしながらジャズを楽しむ人々の場で、注目して聴くとすごい演奏をしている、と感じる演奏です。
最後に、あらためて「良い音を聴くことの難しさ」を感じさせられました。良いもの・優れたものを味わうには、受け取り側に高い感性と、それなりの機材を含めた環境の整備が求められるものだ、とつくづく思いました。