# 19『小曽根真TRiNFiNiTY / For Someone』
text: Mitsuo Hagiwara 萩原光男
Mo-Zone UCCJ-2252
TRiNFiNiTY
小曽根真: Piano, Hamond Organ A-100
小川晋平: Bass
きたいくにと: Drums, Percussion
with
アナ・マリア・ヨペック Anna Maria Jopek: Vocals on 3, 4, 6, 8
1. Untold Stories (Makoto Ozone)
2. Rolling Tales (Makoto Ozone)
3. Wa (Peace / Ring) (Shimpei Ogawa)
4. Bandoska (Polish Folk Song) (Traditional, arr. Piotr Wojtasik)
5. Until That Wall Falls (Makoto Ozone)
6. For Someone (Makoto Ozone/Anna Maria Jopek)
7. Pasja (Shimpei Ogawa)
8. Pamiętajmy o Aniołach (Mind the Angels) (Anna Maria Jopek)
9. Friends (Makoto Ozone)
10. Chasing the Horizon (Makoto Ozone)
Produced by Makoto Ozone
All Vocal Arrangement by Anna Maria Jopek Recorded,
Mixed and Mastered at Bauer Studios, Ludwigsburg, Germany
Recorded by Martin Dreßler and Johannes Wohlleben, April 30-May 2, 2025
Mixed by Maetin Dreßler, September 6 and 7, 2025
Mastered by Stefan Albrecht, November 3, 2025
Piano Technician: Bernhard Seiler
Executive Producers: Makoto Ozone and Yoshihisa Saito
才能に恵まれた小曽根真はどんなものでも器用にこなすように思います。
このアルバムでは、ドイツのバウアースタジオという、いわば異郷で、定常パターンとは異なる音にチャレンジしていて、いつもとは違う音で音楽を聴かせてくれます。
先入観なく聴いてみました。
まず、ワイドレンジ感には欠ける控え目なバランスですが、音楽的にはよくバランスがとれていて音に厚みがあるのが特徴です。
このアルバムの成果は8曲目に集約されています。
ここでは丁寧な一つ一つの音の打鍵が、キース・ジャレットの『ケルン・コンサート』を思わせます。ピアノの輝く響きとその厚みが全てを物語ります。ピアノの音は打鍵して発音して立ち下がるのですが、立ち下がりの部分には聴く者を容易に空間の響きに浸ることを許さない、輝きを持続して厚く語る音があります。
小曽根真を理解するために、Verve からリリースされているアルバム『OZONE 60-STANDARDS-』を聴きましたが、そのアルバムではピアノの音が立ち上がり立ち下がりも速く一般的なピアノの音です。軽く手際よく音楽をまとめています。しかし、今回のアルバム、トリフィニィティによる『For Someone』にはそういった軽さはありません。
このスタジオでのアルバム作りも、すでに何度か経験しているとあれば、様々な構想を持って取り組んだように思います。控えめながらレンジの広いベース、ドラムス、女性ヴォーカルも加えています。
そう聴いてこそ、彼がこのアルバムに賭けた想いがわかろうというものです。
1.概要
このアルバムは、ドイツ・バウアースタジオでの録音です。バウアースタジオは、初期ECMレーベルの録音に使われたとのこと、そこからこのアルバムの音の出来上がりを理解することができます。小曽根にとってバウアースタジオでの録音は3回目ということです。小曽根として、このスタジオでなければ得られないものがあってそれにチャレンジしたように思います。
そう理解して聴きました。
このアルバムの音を味わうに当たって、何枚かのアルバムを聴きました。小曽根真はラジオのパーソナリティまでやってしまうような幅広い活動をする人で、そういう人柄が音楽にも表れていて、軽快でたくさんのアルバムを出しています。そんな彼が、バウアースタジオでアルバム作りをしたのは、そのように定常化した音楽から違うものを求めてのことだ、と捉えました。
2.このアルバムの音・バウアースタジオの音
① ECMといえばキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』をまず思い出すのですが、このアルバムもその文脈で聴くことができます。
ECMの音というべきでしょうが、8曲目が特徴的です。
ひと言でいえば、反射音・反響音を厚く付けて輝きのある厚く太い音にしています。
つまり、打鍵された打音が立ち上がりたち下がり、そこに空間に放射された音・反射音や響きが広がり、聴く者はその空間感・広がりにも音楽を感じるのです。しかしこのアルバムの音・ECM的な音は、立ち下がりの音に輝きと太さを加え聴く者に緊張感を持続させ、哲学的なインパクトをも与えます。
そうすることで、音楽自体に深い味わいを付加して語りかけます。バウアースタジオの音はそのように、思索的で哲学の香りを私達に提供している、と聴き取りました。
② このアルバムの音はハイファイ感とは異なった味わいです。高域は、伸びきると言うより厚みを持たせて、特に中高域の存在感を高めています。楽器の音に重みを持たせているのは、小曽根真の音楽に、意図的にそうした味わいを付加することになります。
低音に関していえば、特にベースの基音はマッシブで低い周波数で収録されているために、しっかり聴くには大きめのスピーカーが必要です。
しかし、再生機のグレードを問うかというと、そんなことはなく筆者のリーズナブルな機械でも充分にバランスよく聴けます。その辺りの音楽性は、バウアースタジオならではのものでしょう。立体的な空間イメージや音楽的厚み、深みも良くできた音、という印象です。
3.各曲の音の印象
小曽根の曲は、軽快で滑らかで、意識しないと聞き逃してしまう印象があったのですが、このアルバムは、ドイツのバウアー・スタジオの音で、高い品位で語りかけてくれます。
1曲目、ベースが聴こえ難くナロウ・レンジかと思ったのですが、大口径のウーファーで聴くとベースの基音は随分下の周波数帯域で聴こえます。
筆者のリーズナブルな装置の小口径ウーファーでは、基音は聴こえません。
2曲目、ベースが主に聴こえて、ピアノもそれを引き立てる。速い曲。この曲でも、ベースの中低音が聴こえず、低い周波数がもぐりがちです。浮かび上がつて聴こえません。
4曲目、女性ヴォーカルが突然前面に出て、吐息は聴きどころの一つでしょう。ヴォーカルの語尾は余韻を美しく聴かせてくれます。冒頭はベースとヴォーカルのデュエットのダイアログ、怪しくしかし誘惑的でやがて静かにピアノが入ってくるところが、なんともいえず良い感じです。
ソロ・ヴォーカルはスローで、包容感があり豊かな響きが素晴らしいです。
小曽根のピアノは打音の重み感が持続し、いつもとは違う一面が確認できます。3分半ぐらいから4分への盛り上がりは、ピアノの音の重みがあって楽しめました。
5曲目、ここではドラムのリズムがテンポ良く、重く圧倒するパワーで迫ってきます。ベースはバスドラと一緒になり、存在感が薄くなりがちです。2分ぐらいにかけてピアノのアドリブ。このアルバムの音を特徴づける迫力ある演奏が聞けます。
6曲目、女性スキャットからピアノのモノローグ、スローで物思いに耽る感じ。
7曲目、少し速めのテンポで、軽快。こんな曲もありかと思わせる。
8曲目、筆者のおすすめの曲。ピアノを聴いて欲しい。アダージョで、『ケルン・コンサート』のキース・ジャレットを思わせるピアノに女性ヴォーカルが加わる。コリッとした音の形を作りピアノが時間的に長めに存在し響き、このスタジオならではの、私には魅力的な演奏とステキな音。小曽根にもこういう音があったのかと少し嬉しい驚き。
9曲目、軽快な曲で、ベース・ランが気持ち良い。
4.あとがき
このコーナーを担当してから、小曽根真のアルバムがいつかくるだろう、と思っていました。カーネギーホールでのコンサートでクインシー・ジョーンズに見出された、というこの人の音楽はクインシー・ジョーンズに見られるポピュラリティを持っています。それに私がどうアプローチするか、どのようにリアクションするかは、楽しみでもありました。結果的にはバウアー・スタジオに助けられた、というところです。小曽根真にしても、何かを求めてバウアー・スタジオに改めてトライしたのだと思います。このコーナーはサウンドチェックとして「音」を聴くわけですが、その音の背景などアーティストの心の深層がどこにあるのかを理解して、音の理解に繋げています。「音」はまた、書かれた文字からも「読みとるもの」です。ネットの小曽根真に関する記事、ライナーノートの内容は音楽だけでなく音そのものの理解を助けてくれています。
キース・ジャレット, 小曽根真, クインシー・ジョーンズ, バウアースタジオ, ケルンコ・ンサート