ヨン・クリステンセンとヤン・エリック・コングスハウクの居る場所 by 太田 剣

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test by Ken Ota 太田 剣
photo by Roberto Masotti

 

ヨン・クリステンセンが空の彼方へ旅立った。一つ年上のヤン・エリック・コングスハウクが旅立った3ヶ月後に、というのはいくら神の思し召しとしてもいささか出来すぎていやしないか?と思う。

1970年9月、生後3ヶ月の僕がオギャーと泣いていた頃に、二人はオスロ郊外の美術館内にあるスタジオで、ヤン・ガルバレクの『Afric Pepperbird』(ECM1007)を一緒に創っていた。それより少し前の1968年、ヨンのドラムの音はMPSレーベルでのリー・コニッツ/フィル・ウッズ/レオ・ライト/ポニー・ポインデクスター『Alto Summit』や、スティーブ・キューン『Watch What Happens!』等でも聴くことができるけれど、ECMレーベルを興したマンフレート・アイヒャー(ヤン・エリックと同い年)の導きのもと、その日出会ったばかりの録音エンジニア、ヤン・エリックが録ったヨンのドラムの音は、それから今日まで続くECMの長い道のりの『道』そのものを決定づけたと言っても過言ではないと思う。ヨンのドラムの音が描く美しい風景を、ヤン・エリックがECMの作品のキャンバスに捉え続けた。その全てを限りなく鮮やかに、どこまでも美しい色合いで。

9歳の僕が習い始めたピアノでバイエルを弾いていた1979年、キース・ジャレットの『Belonging』(ECM1050)のカルテットで来日した二人は、東京のホールでも素晴らしい音を叩き、録っていた。『Pesrsonal Mountains』(ECM1382)と『Sleeper』(ECM2290/91)がそれだ。もし自分が生きている間にタイムマシンが完成したとして、時も場所も問わずどこにでも行けるようになったら、僕は真っ先にこのコンサートの客席に行く。(あと、1964年のニューヨーク、リンカーンセンターのフィルハーモニックホールでのマイルス・デイビスのコンサートの客席にも行きたい。あのライブ盤『My Funny Valentine』の。)

それから10年、大学生の自分もジャズを練習し始めて、1992年には来日して原宿のジャズクラブ『Keystone Corner Tokyo』に出演したヤン・ガルバレクの生音を目の前1mの距離で聞くことが出来た。ミロスラフ・ビトウスとピーター・アースキンの『StAR』(ECM1444)の音楽だったけれど、キースの『My Song』(ECM1115)を全曲諳んじていた自分の脳内には、ガルバレクのテナーの音の向こうにヨンとヤン・エリックのあの音が一緒に鳴ってしまっていたかもしれない。そんな気がした。

いつしか自分もジャズミュージシャンとなって気がつけば20数年が経ち、その間、幾多のバンドで様々な音楽を演奏してきたけれど、『客席で聞いていたらどんな気持ちになっただろう?』と想像を巡らしていたあの『Belonging』バンドの音楽を今は、『ステージで演奏していたら一体どんな景色が見えるんだろう?』と、ほんの少しでも追体験してみたくなり、彼らと同じ編成で彼らの曲を演るバンド『Four Kuartets』を組んで3年。松本圭司、鳥越啓介、大槻カルタ英宣という素晴らしい同世代(同時代)ミュージシャン仲間は、キースとガルバレクとパレ・ダニエルソンとヨン・クリステンセンが演奏したあの曲々で、全く違う風景を見せてくれた。ヨンやヤン・エリックが居た場所とは全然違う、僕らの過ごした昭和~平成の音楽のフィルターもかけがえのない僕らの素晴らしい宝物なんだと、あらためて気付いた。奇しくもヨンの旅立ちからほぼ一ヶ月後の来月3月23日(月)、少し久しぶりに集結する我々『Four Kuartets』の御茶ノ水『Naru』でのライブはヨン・クリステンセンに捧げよう。

自分が生まれたその年から刻み始められたヨンとヤン・エリックの音。それはこの50年間、二人が出会ったその日の瑞々しさを微塵も失うことなく生き続けていて、今この時も『再生』の三角記号をクリックするだけで、隣に座っている友人が話しかけてくるのと同じくらいの生々しさで眼前に現れる。ヨンとヤン・エリックの集うスタジオがオスロから空の彼方へ移っただけなのかもしれない。僕も向こうに行く日が来たら、その時は彼らの居るスタジオを訪れて『録音風景を見せてもらえませんか?』とお願いしてみよう。二人が創る『天上の音』。その素晴らしさはもう想像すら出来ないな。


●『ヨン・クリステンセン追悼ライブ』~ヨーロピアン・カルテットの音楽~
日時:2020年3月23日(月) 19:45開演(休憩あり2ステージ)
出演:〈 Four Kuartets 〉太田 剣(ss,as,ts) 松本圭司(p) 鳥越啓介(b) 大槻‘KALTA’英宣(ds)
料金:ミュージックチャージ 2500円
場所:御茶ノ水『Naru』 (東京都千代田区神田駿河台2-1 十字屋ビルB1F)
電話:03(3291)2321


太田 剣 Ken Ota
ジャズサックス奏者。1970年、愛知県生まれ。
早稲田大学在学中に池田篤、ケニー・ギャレットらに師事し、大坂昌彦カルテットでプロデビュー。2006年、ジャズの名門『Verve』レーベルよりアルバムをリリース。同レーベルからの日本人サックス奏者としては渡辺貞夫に次いで2人目。国内外のジャズフェスティバルやジャズクラブへの出演以外にも、マイク・ノックから矢沢永吉まで、ジャンルを問わず他アーティストのツアーサポートなどにも参加している。
公式ウェブサイトはこちら

 

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