連載第14回 ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
text by シスコ・ブラッドリー (Cisco Bradley) and ジョン・モリソン (John Morrison)
translated by 齊藤聡 (Akira Saito)
I. 『Diachronic Paths』(Relative Pitch, 2016)
マズールのベースとニューリンガーのサックスとのデュオによる即興集は、ときに陽気で、苛烈で、独創的でもある。キア・ニューリンガー Keir Neuringerはフィラデルフィアを拠点とするサックス奏者、ラファル・マズール Rafal Mazurはポーランド人のベース奏者であり、緊密でとても創造的なパートナーシップを組んで、主に3つのプロジェクトを生み出してきた。『The Kraków Letters』(For Tune, 2014)、『Unison Lines』(Not Two, 2010)、『improwizje』(Insubordinations, 2010)である。そして、この『Diachronic Paths』では、最低限の楽器編成であるのに、驚くほど変化に富んで濃密な展開により、これまでよりさらに深い即興技術を発展させている。
本盤は「Initial Path」という憂いのあるブルースから始まる。そのテンポも強度も増してゆき、再度、ソフトで内省的な感覚に戻る。マズールのベースとニューリンガーのサックスは、明らかに、お互いに深く意図的に耳をそばだてている結果として、タイミングとリアクションの陽気な運動を行い、跳躍し、ひねり、絡み合い、アルバム全体を通じて、絶え間なく手探りするような活き活きしたパフォーマンスを見せる。彼らの演奏は、苛烈に強靭なものからブルースや室内楽的なものにまで変貌し、そのことによって、聴く者は幅広い感情と音風景を覚えるのである。
「Third Path」は、ニューリンガーのサックスが濃霧の中で循環し、マズールのベースが機敏に踊る、強いパフォーマンスである。マズールのアコースティックな音色と高速の炎は、1970年代のフュージョンのベース奏者に驚くほど似ていたりもする。アルバムの後半になって、サウンドがさらに発展し、アブストラクトなものになってゆく。「Fifth Path」でのニューリンガーの音色は鋭く、ささくれていて、コントロールしたうえでの叫び声をあげる。一方、マズールの軽快で安定したベースは、ランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴGrandmaster Flash and the Furious Five の傑作『White Lines』を参照しているように聴こえる(特に5:40あたり)。ベースはその後、穏やかに、オドメーターのように刻んでゆき、それが、終わりに向かってソフトな音色になっていくニューリンガーのサックスを支える。
『Diachronic Paths』のそれぞれの曲を通じて、アイデアが導入され時々刻々と変わりゆくものが創り出されるのだが、旅そのものがもっとも重視されていることも明らかだ。ここには、すぐに思い出すメロディーやキャッチーなモチーフは少ない。この音楽はその手のものではないのだ。これは、お互いをよく知る(そしてお互いを聴くことをよく知る)ふたりの音楽家によるサウンドであり、自由即興の深い未踏域への旅である。
ジョン・モリソン John Morrison
フィラデルフィアのDJ・プロデューサー。彼のヒップ・ホップのデビュー盤『Southwest Psychedelphia』はDeadverse Recordingsから6月28日にリリースされる予定である。ツイッターとインスタグラムはJohn_Liberator。(https://deadverse.com/2016/05/john-morrison-southwest-psychedelphia-artwork-pre-order/)
II. メアリー・ハルヴァーソン Mary HalvorsonのCode Girl(Jazz Gallery、2016/6/10-11)
6月10-11日に、Jazz Galleryのレジデンシーにおいて、最重要ギタリスト・作曲家のメアリー・ハルヴァーソンによる新プロジェクト・Code Girlがヴェールを脱いだ。ハルヴァーソンは同世代の中ではもっとも果敢で完成されたアーティストであり、このプロジェクトのはじまりから大胆さを示してくれた。彼女はよく知る音楽家ふたりをグループに加えた。ベース奏者のマイケル・フォルマネク Michael Formanekと、ドラマーのトマ・フジワラ Tomas Fujiwaraであり、ふたりとも彼女のトリオThumbscrewで共演する仲である。フォルマネクは1990年代にティム・バーン Tim Berneのグループにおいてシーンに登場、フジワラはハルヴァーソンの親しい仲間だ。そしてふたりは多くのグループで共演している。さらにまた、ハルヴァーソンは、これまであまり共演してこなかったトランぺッターのアンブローズ・アキンムシーレ Ambrose Akinmusireと、ヴォーカリストのアミリタ・キダンビ Amiritha Kidambiを加えてもいる。オークランド出身のアキンムシーレは、セロニアス・モンク国際ジャズコンペティションの優勝者であり、この15年間における最重要トランぺッターとなり、3枚のリーダー作をものしている。一方キダンビは、ニューヨークにおいて才能のある若いヴォーカリストのひとりとして出てきたばかりであり、自身のバンドElder Onesを率いている。
ハルヴァーソンは、Code Girlによって新境地を開いた。ハルヴァーソンがヴォーカルと共演するのも、歌詞を書くのもはじめてである。このグループは、ハルヴァーソンの特徴的なアンサンブルを形にしたものだ。それは、各々のメンバーが自身の声を展開し、直接、お互いを信頼しつつ応答し、そこかしこで即座に合体するという、緊密な連携である。一方で、彼女の作曲は、まったく無理させずに各メンバーが最高のポテンシャルを発揮するという、稀有な結合力を持っている。ときにトランペットとヴォイスとがとても深遠なところで混じりあい、南インドの伝統から古いブルースまでの幅広い領域から引き出してくるキダンビのヴォーカルのスタイルも相まって、とても印象的でエモーションに富む色や形や有形無形のイメージのパノラマを創り出した。
以上が、最新のニューヨーク・シーンである。
text by シスコ・ブラッドリー
(Jazz Right Now http://jazzrightnow.com/)
【翻訳】齊藤聡 Akira Saito
環境・エネルギー問題と海外事業のコンサルタント。著書に『新しい排出権』など。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong