#1333 『原田依幸 with モンドリアン・アレオパディティカ・ストリング・カルテット / 1983』
text by 剛田武 Takeshi Goda
off note non-24 定価2000円(税抜)
原田依幸 Yoriyuki Harada (cl, p)
翠川敬基 Keiki Midorikawa (cello)
望月英明 Hideaki Machizuki (cb)
山崎弘一 Koichi Yamazaki (cb)
米木康志 Yasushi Yoneki (cb)
1. Sedotta e abbandonata 誘惑されて棄てられて
2. Theme for the Eulipions ユーリピオンのテーマ
3. Кандинский カンディンスキー
Produced by 原田依幸 Yoriyuki Harada
Recorded by 島田正明 Masaaki Shimada
Recorded at 新宿ピットイン Shinjuku Pit INN(Tokyo)1983.3.28
Mastered by 石崎信郎 Nobuo Ishizaki
Mastered at KFC STONE CAP STUDIO (Tokyo) 2015.7
Etchings 梅田恭子 Kyoko Umeda
Design 山下恭弘 Yasuhiro Yamashita
Photographs 佐々木雅雄 Masao Sasaki
Notes 神谷一義 Kazuyoshi Kamiya (off note)
Exective Produced by 神谷一義 Kazuyoshi Kamiya (off note)
Label Management 目寛之 Hiroyuki Sakka (off note)
時代の変革を予兆する管と鍵と弦の鬩ぎ合い
1983年3月28日に新宿ピットインで録音された音源が30年の月日を経て陽の目を見た(2015年11月発売) 。常識破りの祝祭的なパフォーマンスで話題になり一世を風靡した生活向上委員会大管弦楽団の解散前夜に行われたワンナイトスタンドのセッション。音源発掘の経緯や、アナログレコードで発表される予定だった背景、原田依幸をはじめとする演奏者のプロフィール等に関してはオフノート主宰の神谷一義のライナーに詳しいので参照いただきたい。ここでは神谷が「最早(中略)これ以上の贅言は不要だとおもえる」として割愛した曲名紹介やバンド名の由来について、完全な蛇足ではあるが、筆者なりに書き記しておきたい。
A-1は64年のイタリア式コメディ映画『Sedotta e abbandonata (誘惑されて棄てられて)』のサントラ用にカルロ・ルスティケッリが作曲した民族色豊かなテーマ曲。A-2はローランド・カークの76年のアルバム『The Return Of The 5000 Lb. Man(天才ローランド・カークの復活)』の冒頭を飾るブルース・ナンバー。どちらもメランコリックなヴォーカル入りの叙情歌で、メロディーラインを自由即興を交えて展開する原田のクラリネットの咽び泣きが、深い哀感と内に秘めた激情を感じさせる。チェロ1台とコントラバス3台からなる低音弦楽カルテットは、葬送曲のように厳粛で禁欲的な室内アンサンブルに徹する。水平と直線と三原色のストイックな抽象画で知られる画家モンドリアンを名前に冠した理由が窺える。
ところがB面に収録された、モンドリアンと同時代の抽象芸術家の名をタイトルにした原田のオリジナル・ナンバー『Кандинский(カンディンスキー)』では、溢れ出る激情を思う存分発揮した豪快なピアノに感化され、4人の弦楽奏者も箍が外れたアトランダムなフレージングを連発する。まるでモンドリアンとは対照的に「熱い抽象」と呼ばれたカンディンスキーの霊魂が乗り移ったかのようである。
もちろんこのアルバムに収録された3曲がこの夜のすべてではないだろう。しかし30年後に初公表するにあたり、意識の異なる二面性をレコードの裏と表に分け合おうという制作者の意思が反映された選曲に思える。また、アルバム・タイトルがジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984』を連想させることも意図通りだろう。生向委の祝祭の時代が終わり、80年代、副島輝人『日本フリージャズ史』に倣えば<ポップ・アヴァンギャルド>の時代に突入する日本のジャズの分岐点が、このアルバムの演奏に記されていると断言するのは大袈裟だろう。しかし、拍手の数から察するに決して多くはない観客の前で演じられた奇跡の瞬間を追体験している、と思い込むことは聴き手に委ねられた自由に違いない。盟友梅津和時と袂を分かつことになった原田が、『失楽園』を著して有名なイギリスの詩人ミルトンが1644年、当時の言論弾圧に抗して刊行したパンフレットの書名『アレオパジティカ』に倣って「自由な表現」を求めたように、我々リスナーは「自由な妄想」を追求すべきことを提言したい。
*斜線部分は神谷一義のライナーノーツからの抜粋
(2016年7月31日記 剛田武)