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Jazz and Far Beyond

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CD/DVD DisksNo. 307

#2275 『組原正 / Moji』
『Tadashi Kumihara / Moji』

text by 剛田武 Takeshi Goda

P-vine / Pass Records LP: PASS-06  定価:3,980円+税

組原正 Tadashi Kumihara : guitar and all electronics

SIDE A
1. ある日のお茶、旅に出ようと思う
2. 見知らぬ人達が色んな事をしている
3. 子供は飛び石を一つ置いていた
4. 暑い日が続き、寒い日が続く
5. 母のことを思った
6. 檻のなかのコウモリを見て泣いてしまった

SIDE B
1. 歩き続ける日々
2. たくさんの人が行き交うのを見た
3. ずいぶん遠くまできてしまった
4. 街。
5. 一行の旅は続く

All composition and performed by Tadashi Kumihara

Produced by Yoshitaka Goto
Recorded by Tadashi Kumihara at his own studio
Mixed by Tadashi Kumihara and Yoshitake Goto
Mastered by Soichiro Nakamura at Peace Music

Art direction by Tadashi Kumihara and Yoshitake Goto
All drawings by Tadashi Kumihara “Biku-chan wo sittemasuka?” (Kumihara kyoudaisha)
Designed by Mari Yasuoka and Rosa Yemen

A&R direction by Yoshiaki Ando

Thanks to Naoki Hayami (Wang Guang RecLabs), Yoei Hashimoto (Aubrite Matering Studio)
Pass Records 2023

https://gunjogacrayon.com/

革新的変態ギタリストの秘密のアルバム。

グンジョーガクレヨンのギタリスト組原正の未発表音源がアナログ・レコードで”ひっそりと”リリースされた。本作がリリースされることを知ったのは、舞踏家の園田游のライヴにゲスト出演したグンジョーガクレヨンのベース奏者、前田隆との世間話からであった。もし前田と会わなかったらこのレコードの存在を知らないままだったかもしれない。単に筆者が情弱なだけかもしれないが、毎日ネットに溢れる莫大な情報の海の中から自分が求める情報を探し出すことが非常に難しい時代になったと感じる人は少なくないだろう。特にアンダーグラウンドな音楽の情報はSNSでバズることもなく人知れず流れていってしまうことが多い。いや、思い返してみれば、70~80年代も地下文化の情報へアクセスすることは簡単ではなかった。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌といったマスメディアに取り上げられることは滅多になく、今でいえばZINEと呼ばれるミニコミや、フライヤーと呼ばれるチラシが最大の情報源であり、それを手に入れるためには特別な場所、つまり輸入レコード店やライヴハウスへ足を運ぶしかなかった。もちろん今でもZINEやフライヤーを入手できる場所は存在し、そこへ赴けばほしい情報が手に入るのかもしれない。ただし、そんな場所がどこにあるのか調べる術がないというのが現状である。

話があらぬ方向へ逸れたが、組原正のこの作品に限っては本当に聴きたい人が共有すべき”秘密のアルバム”と呼びたい。2007年にリリースされた1stソロ・アルバム『hyoi』が制作される以前に、組原が誰に聴かせるつもりもなく独り多重録音で制作し、これまで存在すら知られていなかった音源が、四半世紀近い時を経て発表されるに至った。なぜ今頃リリースされたかの経緯は明らかにされていないが、筆者の想像では、コロナ禍のステイホーム期間に過去の活動を振り返っていて発見された音源ではなかろうか。実際に他のアーティストでもパンデミック中に発掘された過去音源がリリースされた例がある(『Phew, John Duncan, Kondo Tatsuo / Backfire Of Joy』, 『ガブリとゾロリ』マキガミサンタチCD発売記念ライヴ)。また、2020年から3年半にわたる演奏活動自粛期間を終えて2023年8月にグンジョーガクレヨンとして活動を再開した組原の復帰記念作でもある。

80年代グンジョーガクレヨンでデビューし”パンク版デレク・ベイリー”と評された組原の特異なギター・プレイの本質は、常識的な奏法やスケールやチューニングまで放棄して、ゼロからまったく新しいサウンドを生み出す革新性にある。デビュー当時の硬質なカミソリ・ギターが、バンドが完全即興に移行するに伴い畸形的なアブストラクト・プレイへと変幻し、ソロ作『hyoi』ではコンピューターを使った電子音響を、2ndソロ『inkuf』(2012)ではギターだけで歪な音響彫刻を生み出した。とてもギターで作ったとは信じられないサウンドを筆者は”存在を否定されたギターによるギター作品”と形容した。

本作『Moji』に収録された音源の具体的な制作時期は明らかにされていないが、メタリックなドラムマシン(もしかしたらギターかもしれない)と幾重にも重なるギターのミックスは、のちのソロ作へつながる音響彫刻の萌芽が感じられる。基本的にひとつのアイデアによる3~4分のコンパクトな長さのトラックで、ダブステップやテクノイズ、ミニマルビートやマーチなどリズム面での実験色が濃い。即興ギターとリズムの実験という意味では、デレク・ベイリーがドラムンベースに挑戦した『Guitar, Drums ‘n’ Bass』(1996)を思い出す。組原がそれを聴いていたかどうかはわからないが、彼の頭の中に浮かぶアイデアを具現化した音源は大量にあるに違いない。その中から選ばれた11曲は、いずれもかなり実験的でアヴァンギャルドな作風にも関わらず、驚くほどポップで聴きやすい。デビュー時から現在まで組原の良き理解者であるPASSレコードの後藤美孝の選曲の妙はもちろん、組原自身の音楽センスの良さと穏やかな人柄が反映されている。

ジャケットに使われているアートは組原が30年近く前に自費出版したイラスト絵本『比丘(びく)ちゃんを知っていますか?』から。収録曲名もその本の台詞から取られている。つまり本作は絵筆代わりにギターで描いたサウンド・ペインティングであり、”100%組原正”のプライベート・コレクションである。秘密の日記を盗み見(聴き)する禁断の歓びを味わえる愛おしき作品。(地下)音楽愛好家にとってこれ以上の至福はない。(2023年11月1日記)

 

【ライヴ情報】2/9グンジョーガクレヨン出演イベントが決定!

 

2/9 EXPLOSION GIG Vol.2~CANNONBALL EXPLOSION ENSEMBLE、グンジョーガクレヨン、森田潤

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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