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特集『私のジャズ事始』

『Eric Dolphy at The Five Spot Vol.1』  佐藤俊太郎

音楽の話が苦手だった。1989年,まだ高校生の頃だ。当時友人の間で「ボウイ」(デビッドではない)だの「サンプラザ」(ホールではない)だの「ジュンスカ」(ジョンスコではない)だのといった名前が飛び交い,学祭となるとこれらのコピーバンドが大量に出回って喝采を浴びていた。イカ天だかイモ天だか知らないが,世のバンドブームなる風潮に大いなる違和感を抱きつつも,だからといってそれに抗う洋楽の知識もなく,なんとなく隅の方で居心地悪く話を合わせていた自分はどう見ても,冴えないイチ男子生徒といったところだろう。
そんな悶々とした日々の中で<ファイアーワルツ>に唐突に出会った。音源は確か親父の仕事の関係でたまたま家にあったモダンジャズ名盤集だ。なぜそれをかけたのかは覚えていないが,たぶん何となく気になった程度だろう。店内のザワつく空気を演奏で覆い被せるように,おもむろにマルが打鍵を始める。ズチャッ,チャ,ズチャッ,チャ,ズチャッ,チャ,チャ…。そしてドルフィーとリトルがあの必殺のフレイズをひねり出すのだ。テーマは冒頭の店内音を除いてきっかり40秒,もともと音飛びが激しかった私のCDラジカセはその後,勝手にアドリブを切れ切れにすっ飛ばしてしまったが,その40秒だけでもう十分だった。胸がざわつくのに妙に感情はフラット,このジャズ特有の不思議な高揚を知り,私の音楽に対する違和感は一気に解消された。<ファイアーワルツ>はまるでパテみたいに,音楽と私の意識の間に生じた隙間をぴったりと埋めてくれたのだった。
その後はマルの紡ぎ出す音に夢中になった。ドルフィーではなく。「All Alone」はソロピアノを一人で味わうとてつもない快楽を教えてくれたもう一つのジャズ事始めだ。マルの遠くを見つめるような鈍い目の輝きを見ると,音楽はみんなで楽しみ,共感し合うだけではない,その対極のあり方と,それにどうしようもなく惹かれる,素の自分の姿を見抜かれている気がしてならない。


佐藤俊太郎 さとう・しゅんたろう
「Swing Journal」「Jazz Japan」の編集部を経て、2023年「Jaz.in」を創刊、オーナー編集長に就任。
趣味でDebbusy、Ravelのピアノ曲を弾く。

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