Hear, there & everywhere #50 映画「オスカー・ピーターソン」
text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
【作品概要】
『オスカー・ピーターソン』
監督:バリー・アヴリッチ
原題:Oscar Peterson: Black + White
2020 年/カナダ制作/81 分
字幕:山口三平/
出演:オスカー・ピーターソン、ビリー・ジョエル、クインシー・ジョーンズ、ラムゼイ・ルイス、ハービー・ハンコック、ブランフォード・マルサリス、ジ ョン・バティステ、ケリー・ピーターソン(妻) 他
配給:株式会社ディスクユニオン
サウンド・エンジニアのオノセイゲンがキュレータを務めている池袋・新文芸坐で菅原正二さんをフィーチャーした『ベイシー』などを観て以来、映画館で映画を見る醍醐味が蘇ってきた。そんなとき、オスカー・ピーターソンのドキュメンタリー映画の案内が届きヒューマン・トラスト・シネマ渋谷に出かけた。宮下公園あたりの明治通り沿いにある cocoti というシネコン・ビルの中のひとつ。客席60のミニ・シアターだ。
僕がジャズを聞き出した頃に買った輸入盤の1枚が『West Side Story』(Verve 1962)だった。映画に痺れてその勢いで買った。続けて買ったのが『Canadian Suites』(Limelight 1965) 。Verveの輸入盤はスリーヴのボール紙が厚く、紙製の中袋を抜き出すと独特の匂いがして、「輸入盤を買った」満足感に浸れたものだった。Limelight盤はダブル・ジャケットでこの『カナダ組曲』は、オスカーが故郷のカナダの自然からインスピレーションを得て作曲したものだった。あとの2枚はジャズ喫茶でよくかかっていた『We Get Request』(Verve 1965)とゴスペルの<Hymn to Freedom>(自由への賛歌)が収録された『Night Train』(Verve 1963)。<自由への賛歌>は自らも人種差別に苦しんだオスカーが黒人の公民権運動の指導者であったキング牧師への共感を示したステートメントであった。
この映画は、明快、流麗でよくドライヴする彼のピアノ演奏の裏に隠された人間としての悩み、苦悩、悲劇にスポットを当てた部分が多く、全編を通して流れるダイナミックな演奏と人生の闇が表裏一体となって訴えかけてくる。もうひとつ改めて詳らかにされるのは、Verveを創設したプロデューサーのノーマン・グランツの偉大さである。彼は人種差別を嫌い、差別と闘い、黒人ミュージシャンを積極的に庇護した。あるいはユダヤ系の移民であったノーマンだからこそ差別の苦しみが理解できたのかもしれないが。コンサート・プロモーターでもあったノーマンは、JATP:ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニックを組織、人種に拘らずジャズをクラシック・ホールのステージに上げ、市民権を獲得すべく奮闘した。
彼は生涯で3人の女性と結婚したが、長い演奏旅行が夫婦の間に亀裂を生み関係を破綻させた。彼の最後を看取った3人目のパートナーとの出会い、成り行きはローリー・ヴァホーミンの著書『ビル・エヴァンスと過ごした最後の18か月』を通して知ったそれを思い出させた。また、晩年、脳卒中を患い左半身が麻痺、右手だけで演奏する件(くだり)は、現在。同じく左半身の麻痺と戦うキース・ジャレットに想いを馳せさせるに充分だった。
オスカー・ピーターソンはカナダ政府から国民的英雄として遇され、1999年に「第11回高松宮殿下記念世界文化賞」を授与されている。