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特集『ECM: 私の1枚』

久保智之『Pat Metheny Group / First Circle』
『パット・メセニー・グループ/ファースト・サークル』

このアルバム『First Circle』のひとつひとつの楽曲は、40年ほど経った今でも新鮮に感じるほど、多くのアイディアに溢れた独自のサウンドに満ちていると思います。Pat MethenyのECMでの最後の作品であるこのアルバムが、「私の1枚」です。

Pat Methenyは、ECMで多くの作品を残してきましたが、この『First Circle』はギターの演奏面よりも楽曲やサウンドの新しさを追求した作品だと思われます。
当時、Pat Methenyは映画「Under Fire」のサウンドトラックの制作を終えた直後で、いつもにも増して、様々な曲のアイディアが頭の中にあったようです。Pat Metheny Group(以下、PMG)のメンバーとしては、ドラマーがDanny GottliebからPaul Werticoに代わり、新たなグルーヴも生み出せるようになりました。Nana Vasconcelosのヴォイスに代わってマルチ楽器奏者のPedro Aznarも加入し、ハーモニー面、演奏面でも多くの可能性が生まれました。機材の観点では、前アルバムの『Offramp』の頃から導入を開始した、シンクラビアやデジタルギターという革新的なサウンドがつくりだせるツールにも慣れてきた頃でした。そしてECMでのアルバム制作も10年ほど経験してきており、自分の思い描く新たなサウンドを生み出すには格好の条件が整っていた時期でした。

それぞれの曲を確認していくと、
〈Forward March〉ではデジタルギターを使用しています。シンクラビアのオシレーターを微調整して、音程を不安定にすることの効果も楽しんでいたようです。高校生のマーチングバンドをイメージした曲だそうですが、シンプルなように見せかけつつ、演奏された音としてのハーモニーは単純ではなく、リズムもマーチでありながらところどころに3拍子が挟み込まれるという、いろいろな意味で一筋縄ではいかない曲です。
〈Yolanda, You Learn〉は一転してロック風のタイトなリズムに切り替わります。前曲からのギャップから、より強い疾走感が伝わってきます。このタイプのビートはこれまでのPMGにはなく、Paul Wertico加入の影響を強く感じます。伸びやかに歌い上げるPedro Aznarのヴォイスもとても心地良い。Steve Rodbyのベースのスラップ音なども聴かれる珍しい一曲です。
〈The First Circle〉は、つい一緒に手を叩きたくなるあのハンドクラップから始まる人気曲。ギターソロはなく、Pat Methenyはアコースティックギターをひたすらかき鳴らします。曲はとてもドラマチックな展開で、Pat MethenyとLyle Maysの共作曲の中でも最高の楽曲のひとつと言えるのではないでしょうか。
〈If I Could〉は、Wes Montgomeryに捧げられた、ナイロン弦のアコースティック・ギターによる美しいバラード。ピックの肩の部分を使った柔らかいギターの音を、Lyle Maysのパッド音が優しく包みます。
〈Tell It All〉は、イントロのLyle Maysのピアノとアゴゴベルのユニゾンがとても印象的な曲。後半のギターとピアノで緻密に積み上げられたゾクゾクするハーモニーも最高です。シャープなリズムが全体を支えますが、Paul WerticoとPat Methenyがリズムセッションを行う中でこのグルーヴをつくりだしていったようです。ソリッドギター系のハードな音色のソロはGR300によるもので、この後様々な曲で聴かれるようになりますが、この音色が使われたのはこの時が初めてではないでしょうか。
〈End Of The Game〉は、『Offramp』に収録された〈Are You Going With Me?〉の続編のような曲。こちらの曲では、ギター・ソロの後にピアノパートが続き、曲にさらなる美しさを添えています。
〈Mas Alla〉は、もともとNana Vasconcelosに向けてつくられた曲だそうですが、Pedro Aznarが歌詞をつけ、新たな歌曲となりました。他の曲では聴かれないES-175と思われるギターの音が、この曲でほんの少しだけ聴かれます。
〈Praise〉は、当時新たに作られたLinda Manzerの12弦のアコースティック・ギターによって生まれた曲。中盤のポップな間奏パートで、12弦ギターのサウンドがフィーチャーされています。テーマをとるパンフルートの音は、Pedro Aznarの演奏した音をシンクラビアでサンプリングし、その音をギターシンセで鳴らしていたようです。

このように、振り返るとこのアルバムの一曲一曲について、実に多くの新しい取り組みをしていたのだなと思います。
Pat MethenyのECMでのキャリアは、1974年のGary Burton Quintetの『Ring』から、この1984年の『First Circle』までとなりますが、このアルバムはECMにおけるPat Methenyの作品として、ひとつの頂点と言えるだろうと思います。


ECM 1278

Pat Metheny Group:
Pat Metheny (Synclavier Guitar, Sitar, Slide Guitars, Guitar, Guitar Synthesizer)
Lyle Mays (Trumpet, Piano, Synthesizer, Oberheim, Agogo Bells, Organ)
Steve Rodby (Bass Drum, Bass Guitar, Acoustic Bass)
Pedro Aznar (Glockenspiel, Voice, Bells, Guitar, Percussion, Whistle)
Paul Wertico (Drums, Field Drum, Cymbal)

1 Forward March (Pat Metheny) 02:47
2 Yolanda, You Learn (Lyle Mays, Pat Metheny) 04:43
3 The First Circle (Lyle Mays, Pat Metheny)| 09:10
4 If I Could (Pat Metheny) 06:54
5 Tell It All (Lyle Mays, Pat Metheny) 07:55
6 End Of The Game (Lyle Mays, Pat Metheny) 07:57
7 Más Allá (Beyond) (Pat Metheny) 05:37
8 Praise (Lyle Mays, Pat Metheny) 04:19

Recorded February 1984, Power Station, New York
Produced by Pat Metheny

久保智之

久保智之(Tomoyuki Kubo) 東京生まれ 早大卒 patweek (Pat Metheny Fanpage) 主宰  記事執筆実績等:ジャズライフ, ジャズ・ギター・マガジン, ヤング・ギター, ADLIB, ブルーノート・ジャパン(イベント), 慶應義塾大学アート・センター , ライナーノーツ(Pat Metheny)等

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