JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 2,125 回

特集『私のジャズ事始』

『ジム・ヤング/パズル・ボックス』 佐藤英輔

一番最初にゲットしたジャズのアルバムを胸を張ってあげる。それは、ピアニストであるジム・ヤングの『Puzzle Box』(Freedom,1967年)。それ以前にもジャズを耳にはしていたろうが、オレはジャズを聞くのダと強く思い、崖から飛び降りおる心持ちでレコード店で購入したのが、一部明るいコルトレーン・マナーにあると言えなくもないこの作品だった。テナー・サックスが目立つアルバムで、当初リーダーはサックス奏者だとぼくは誤解していた。日本盤解説は悪文で読む気がしなかった。

それにしても、地方に住む16歳のロック小僧は何ゆえにこの有名ではないアルバムを手にしたのか。それは、廉価盤であったからだ。経済的に余裕がない小僧にとって安価であることは重要だった。当然、その頃ぼくはフリーダムというレーベルも、プロデューサーを務めたアラン・ベイツのことも知らなかった。だが、当時トリオ・レコードが<混迷と萌芽の60年代>と銘打ちフリーダム旧作群を1.500円で発売し、それらが地方都市のレコード店にもちゃんと並んだ。そのシリーズのなかからサンフランシスコのケーブル・カーのジャケット・カヴァーが魅力的に思えた日本盤『パズル・ボックス』を、ぼくは買った。セロニアス・モンクの『Thelonious Alone In San Francisco』(Riverside,1959年)の同様のジャケット・カヴァーは知っていて、それも購入を後押ししたか?

さっそく、張り切って家で聞いた。ナンナンダ、これハ? 何がなんだかワケが分からなかった。ぼくが聞いていたポップ・ミュージックとも、ぼくの頭のどこかにあるジャズのイメージともそれは離れていた。でも、その訳の分からなさがうれしかった。うぬ、この先ブラック・ホールのようなものを覚えさせるジャズとは長い付き合いになるかもしれない、とも皮膚感覚で感じたろう。理解できなくても、繰り返し聞いた。ひゃひゃひゃ。今聞くとメロディ性も持つとも思えるが、同作の別ジャケットには<Jym Young’s San Francisco Avantgarde>というバンド名が記されている。

『Puzzle Box』が最初のジャズの1枚で、本当によかったと思う。1966年サンフフランシスコ録音で、曲はどれもジム・ヤングの曲。なかには彼がカリンバを鳴らし、サックス奏者がチャルメラを吹く部分もある。それぞれの力量は今聞き返せば至らないと思える部分もあるが、よく構成され曲とともにまだ20代だった面々が意気と創意を重ね会う。そのインパクトは、いまだぼくのジャズ観を規定しているところはあるに違いない。蛇足だが、1990年ごろにアラン・ベイツとはニューヨークのクリントン・スタジオで会った。ピアニストのマイケル・ケインの再興キャンディド(当時、徳間ジャパンがお金を出していた)からの一作『What Means This?』(1991年)のレコーディング取材にて。鶴のような佇まいのベイツを認め、ぼくはめっぽう緊張した。マイケル・ケインの次作はECMからだった。

ジム・ヤングは1943年ニューヨーク州ロチェスター生まれで、1960年中期にはベイ・エリアに住むようになったようだ。やはり1966年にサンフランシスコで録音されたデューイ・レッドマンの快楽はみ出し盤『Look for the Black Star』(Fontana/ Freedom)でもピアノを弾いていた彼だが、それらはジャズ・アーティストとしてはまさに一瞬の輝きと言えようか。そして、1960年代中期のサンフラシスコにも闊達なジャズ・シーンがあったことを伝えもする。

ヤングは1960年代後期にはどんどんクロスオーヴァーした方向に出て、シェイズ・オブ・ジョイというグループの一員となり、よりソウル・ジャズ色を強めたその2作目となるアレハンドロ・ホドロフスキー映画流れ作『The Music Of El Topo』(Douglas,1971年)はもちろんアラン・ダグラスがプロデュースしている。かような彼、一方ではジム・ヨキアム・ヤングと名乗るようになり、ロックの世界で大々的に活動。とくに、サンフランシスコの新進顔役シンガーであるボズ・スキャッグスの1970年代初頭リリースのアルバム群に入っており、スキャッグスの『Boz Scaggs & Band』(Columbia,1971年)の表ジャケット・カヴァーでは彼の顔も載っている。また、スキャッグスの朋友ロッカーであるスティーヴ・ミラーの1980年代のヒット・アルバムに名前を見つけることもできる。そのあららな転身ぶりは、セシル・テイラーのもとでダブル・ベースを弾いていたと思ったらロック/ブルーグラス系奏者として活動しちゃったビュエル・ニードリンガーのことを思い出させる? 極端なこと、妙な転身は美徳である。破滅型の部分もあったというジム・ヤングは、1989年にオークランドで亡くなったようだ。

*『パズル・ボックス』の日本盤ジャケット・カヴァーhttps://www.discogs.com/ja/release/29114017-Jym-Young-Puzzle-Box

*『Boz Scaggs & Band』のジャケット・カヴァー  左最前列がヤングか。https://www.sonymusic.co.jp/artist/BozScaggs/discography/MHCP-907

佐藤英輔

Eisuke Sato 1958年生まれ。音楽評論家。編集者を経て、1986年からフリーランスで文章を書いている。ジャズ以外の音楽も大好きでよく聞くが、それでも今のジャズは興味深い。いや、不滅のジャズ回路や衝動とつながった音楽は面白いと感じている。それが、ジャズと呼ばれないものであったとしても。ライヴのことを中心に書くブログは、https://eisukesato.exblog.jp。昔のほうも生きていますが、4月から移転しました。月別ではnoteでも読めます。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください