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特集『私のジャズ事始』

ジャズ写真事始:セルゲイ・クリョーヒン 横井一江

「ジャズ事始」というお題をいただいたので、記憶を辿ってみた。駅から自宅へ向かう道沿いの建物の地下にあったジャズ喫茶の前を通った時に、そこから漏れ聞こえる音を耳にしたのが最初のジャズとの出会いだったと思う。その階段の下には未知の世界があるようで気になって仕方ないのだが、子供が足を踏み入れられる場所ではなかった。その後、ラジオでジャズを聴くようになり、ジャズ喫茶にも行くようになるのだが、初めて入ったのはいつだったっけ、という具合で、記憶の彼方でぼんやりとしたままだ。

だが、最初にステージを撮った時のことはよく覚えている。1989年のメールス・ジャズ祭だ。そこに最初に行ったのは1987年だが、カメラは持っていかなかった。「カメラを持ってきたらいいのに」となにげに副島輝人氏に言われたので、1989年に出かけた時はキャノンのAE-1 Programを持っていった。まだフイルムカメラの時代である。その年のメールス・ジャズ祭にはデイヴィッド・マレイ、ジョン・ゾーン、ビル・フリゼール、フレッド・フリス、ルイ・スクラヴィスなどが出演していたが、最も印象に残った、つまりノックアウトされたのがセルゲイ・クリョーヒン&ポップ・メハニカだった。幸運なことにWDRのテレビカメラは既に引き上げていたので、視界を遮るものはない。この時は夢中でシャッターを押していた。演奏が始まって暫く経った時、ふと見まわしてみたら、ステージの周りにカメラマンが並んで構えていて、誰もその場を動こうとしない。まるで電線に並んでとまっている雀のようだ。普通なら、行ったり来たり、出たり入ったりするのだが、この時ばかりは、なぜか皆動こうとせず、その場に留まって写真を撮り続けている。終演後もその状態のまま拍手をしていた。それと同様な事象は後にはなく、今振り返っても不思議な体験だった。本誌のカバーストーリーを頼まれた時に、まずセルゲイ・クリョーヒン&ポップ・メハニカから始めることにしたのは、それがジャズ写真事始だったからである(→リンク)。

今年メールスに行った時に、この頃から写真を撮っているカメラマンの何人かと再会出来て嬉しかった。70歳ぐらいの一人が私に言った。「まだモノクロで撮っているよ。僕は写真家だから常に良い写真を撮ろうと最善を尽くしている」と。彼らを見ながら、もうひと頑張りしようという気持ちになったのである。


【関連リンク】
Reflection of Music vol. 1 セルゲイ・クリョーヒン&ポップ・メハニカ
https://jazztokyo.org/column/reflection-of-music/post-7095/

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