JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

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InterviewsNo. 275

Interview #219 サックス奏者 仲野麻紀

仲野麻紀 Maki Nakano (alto-sax, metal-clarinet, voice)

2002年渡仏。自然発生的な即興、エリック・サティの楽曲を取り入れた演奏からなるユニットKy [キィ] での演奏の傍ら、多国籍バンド、バラ・デー (Bala Dée)、ロマのインプロヴァイザー Raymond Boni、モロッコ スーフィー教団楽士+フリージャズ・プロジェクト、ピアニストStephane Tsapis ステファン・ツァピス等と活動。2009年から音楽レーベル、コンサートの企画・招聘を行うopenmusicを主宰。2013 年にブルキナファソの葬送儀礼楽師 Kaba-kô 日本公演プロデュース。レバノンのラッパー Rayes Bek (a.k,a/Wael Koudaih)、盲目のウード奏者 Mustafa Said、シリア人フルート奏者Naissam Jalalなど様々な音楽的背景をもつミュージシャンを日本に招聘。
フランスにてアソシエーションArt et Cultures Symbiose(芸術・文化の共生)を設立。作家・ドリアン助川、発酵デザイナー・小倉ヒラク、作家・夢枕獏、庭師・石川佳など欧州で日本文化紹介の講演・ワークショップをプロデュース。
音の生まれる空間、トラッド・ミュージシャンたちとの演奏を綴った『旅する音楽』(せりか書房 2016年)で第4回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。さまざまな場所で演奏行脚中。ふらんす俳句会友。

けいそうビブリオフィルにて、「ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた」連載中。https://keisobiblio.com/
仲野麻紀web site: https://makinakano.mystrikingly.com/
Ky web site: http://kyweb.fr/
インターネットラジオ openradio: https://www.mixcloud.com/makinakano/
Twitter (俳句): https://twitter.com/momo_sax_
Twitter (openmusic) :https://twitter.com/openmusic_jp

Interviewed by Kenny Inaoka 稲岡邦彌 via emails, February, 2021

『Cyrcles』

Part 1:

新作『サyクルズ』では、リズムが織り成す音空間を伝えたい

JazzTokyo:パリに移られて何年になりますか?

仲野麻紀:かれこれ19年ですね。その後ブルターニュに住んだり、今はノマッド的な生活です。

JT:コロナ禍以降、パリの街の様子は?

仲野:第一波2020年3月~6月までは完全に外出禁止(外出許可書に自分でサインをして携帯義務)でした。一日一時間一キロメートルの範囲での外出制限でした。そして夏以降はまるで何もなかったごとくカフェやセーヌ河辺に人が溢れていました。第二波では18時以降の外出が禁止です。

JT:音楽シーンの状況は?

仲野:当然すべての公演は延期になっています。外出禁止が解かれた夏季は、屋外での演奏は許可されましたので、わたしも何度か演奏しました。ただし、観客は着席義務。移動の時はマスク携帯義務(罰金制度)です。レジデンスの会場をコロナ期間に利用してもらう芸術団体もあり、そのシステムを利用したミュージシャンも何人かいます。

JT:そんな中でどのように毎日を?

旅する音楽

仲野:空を見ていました。完全に鬱的状態でした。ただ、月の満ち欠けに沿って配信する openradio というものを2017年からやっておりますので、週一回のその放送を何か生きる糧にしていたような。勁草書房が運営している「けいそうビブリオフィル」というサイトで、「ごはんをつくるところには音楽が鳴っていた」という連載も、心の支えになったと思います。またサックスのソロアルバムの制作にとりかかっており、なんとか踏ん張っています。
また、フランス-アフリカ-大西洋-カリブ、マグレブ、変容、植民地、アイデンティティ、ディアスポラ、楽器の移動、ソ連時代-以降のヨーロッパ etc…ちょっと風呂敷を広げすぎですが、2016年に上梓した「旅する音楽」からもう一歩踏み込んでジャズを軸にした、自分の演奏経験を基にした執筆を初めています。

JT:新作『Cyrcles』(サyクルズ)はKy [キィ]の何作目になりますか

仲野:初期のミニアルバムを入れると7作目です。

JT:アルバム・タイトル『Cyrcles』に込められた意味は?

仲野:Cyrclesの意味は「循環 Cycle」と「輪 Circle」を掛け合わせた造語なんですが、日本語では円環ともいえるかもしれません。オフィシャルのKyのファースト・アルバムではサティの名曲<ジムノペディ>を録音しています。そして今回も同じ曲を演奏しているのですが、サティの曲自体は変わらないけれど演奏は変容と循環をくり返す。音楽は生まれてこのかた無数の人々そして機会によって連綿と受け継がれている。音楽がある空間的歴史とは一つのベクトルに向いているのではなく、立体的循環の中に居るわたしたちが歴史である、ということかもしれません。

JT:おふたりのユニットKyについて。

仲野:まず、Kyというユニット名ですが、[キィ]と発音します。フランス語でこの音韻は「誰」という意味になります。「Qui est Ky、Kyとは誰?」返答はKyで返る…一種の言葉遊びです。そして、日本語で [キ]という音韻は木、気、奇、喜…etc 様々な意味があります。
わたしたちはパリの音楽院の編曲科の同期なんですが、一緒に演奏をはじめたのはヤンがエジプトから戻り、くじ引き制のジャム・セッションで、ウードとサックスのDUOをきっかけにユニットを結成しました。その後トリオになったり、フェスなどで出会ったミュージシャンをゲストに迎え作品を作ってはツアーをしてきました。ただ、現在は色々なことがあり活動はお休みしています。

JT:新作に参加のベーシストとドラムスについて紹介願います。

仲野:あるフェスでオーガナイザーから紹介され、その日会場で演奏をしました。一発で相性の良さを実感し、いつか録音をしましょうとなり、2019年の5月に3日間のスタジオ入り。
ベーシストは実はギター奏者で、彼のCDは日本でも配給されています。Nicolas Pfeiffer ニコラ・フェイファー
ドラムのMogan Cornebert モガン・コルネベールは特殊なドラムセットでアコースティックの切れのよさは抜群。デジタルを加えたソロも興味深いです。またデザインのセンスもあり、今回のジャケットは彼の平面の作品です。

JT:Kyではずっとサティを追っているのですか?きっかけとサティの魅力について。

仲野:最初はインプロヴィゼーションをしていましたが、演奏する度に、それらがなんとなく書かれた曲のような印象を二人が持っていました。どうやら二人ともサティの作品のエスプリが嗜好の共通項としてあり、ではいっそのことサティの作品をサックスとギターで奏でてみよう、となったのです。サティのエスプリは楽譜からも随所にあらわれており、たとえば時間の捉え方(小節線がない、あるいはフレーズの反復性)や、注釈にある諧謔性、孤高な音の連なりの中に、大げさですがある宇宙を見出せるところでしょうか。

JT:仲野さんのリード楽器とヤンのウードが響き合うことを発見したのはいつでしたか?

仲野:前述したジャム・セッションで演奏した時に、ウードという楽器の神秘に驚きました。また西洋-アラブ音楽というカテゴリーを楽器によって一体化できるのでは、と確信しました。楽器の発祥の根元には人類が求めた音への好奇心と探求があるのですが、歴史の中で人々は音楽を分類してきました。そのきっかけとなるのは例えば宗教であり、権力であり、演奏家自身の自我でもあるのですが、楽器に導かれる深淵たる音世界へ、その響きに身をまかせられる、とでもいうのでしょうか。

JT:新作でやりたかったことと、リスナーに伝えたいことは?

仲野:やはりリズムが織り成す音空間ですね。
Kyはサックスとギター。バリトンギターを当初から使っていますが、時々ベースの音域を感じたいと思っておりましたので、今までのKyにはない低音が支え、またドラムが支える音空間であると思います。
特筆すると、サティの3曲以外はすべてインプロヴィゼーションなのです。曲も用意していましたが、3日間の録音で4人の演奏が同じ方向に上がっていったものは、書かれた構想ではなく、あの瞬間にしか生まれなかった音の高揚だと思います。

Part 2:

生活は文化であり、音楽はその生活(Life)と切り離せられないもの


JT:プロとしてのデビューはいつ、どこでしたか?

仲野:実ははっきりとしたデビューというものはなく、学生時代にレストランなどで演奏したのがきっかけだと思います。

JT:日本ではいわゆるジャズを演奏されていた?

仲野:はい。大学のジャズ研に忍び込んでおりました。

JT:パリへの移住を決意したのはいつでしたか、また、どういう理由で。

仲野:小学生の頃でしょうか、いつか「パリ」という場所に行くのだろうな、という予感がありました。ですからおぼろげなイメージが実際に移動するという行為につながったのだと思います。
女子大を出て何年かお金を貯め、24歳の時に数ヶ月滞在しリサーチ。翌年滞在許可書など揃えて腰を据えました。

JT:パリの、あるいはヨーロッパの音楽シーンへはスムーズに入れましたか?

仲野:それが一等難しいと思います。ただ、ジャズの特権でもあるセッションを機会に広がりました。

JT:移住して音楽に良い影響があったのは?

仲野:フランスに発つ以前から、ヨーロッパの持っているある種のジャズの雰囲気に惹かれていたのですが、その要因がわかったことでしょうか。2009年でしたか、ケ・ブランリー美術館(旧人類学博物館)で「ジャズの世紀」という展覧会があり、そこにはジャズというものが日本で紹介されている二次元的なものではなく、多元的であることを感知しました。人類の必然的移動(植民地、移民、経済、人種差別、生活文化)から捉えるジャズ。そしてジャズの周縁にある人間が音楽に魅せられる世界の中にいられることが、良い影響といえるかもしれません。

JT:パリでは専門学校でも学ばれたのですか?

仲野:パリ市が運営している音楽院のジャズ科を卒業し、その後も気になるミュージシャン、アレンジャーのクラスに参加していました。

JT:パリ以外ではどのような活動を?

仲野:コロナ渦前は頻繁に日本でツアーを組んでいました。ブルターニュ地方、あるいはレバノン、レユニオン島 etc….機縁とタイミングを大切に演奏の機会をいただいてます。

JT:日本でのツアーでは、海外での成果を日本のファンに聴いてもらいたいという気持でしたか?

仲野:わたくし個人の演奏については成果を聞いていただくという気持は全くないです。ただ、招聘する演奏家そのプレイは、わたし一人ではなく、観客の方々と一緒にその音空間を共有したい、という気持があります。

JT:渡航後、音楽に対する考えが変わりましたか?

仲野:変わったといえば変わったかもしれません。
生活は文化であり、音楽はその生活(Life)と切り離せられないものであると、渡航後に確信できたといえます。

JT:日本に対する見方はどうでしょうか?

仲野:トルコの道端での演奏、あるいはモロッコのスーフィー教団の屋外で行われる儀式、はたまた西アフリカの広場で繰り広げられる、生活の延長線の中にある音空間に、民衆、子らがいる世界。演奏する者と聞く者という隔たりのない一体となっている音楽のある時空間と、日本という地にある音世界の差異に興味があります。
お祭り、門付けなどにみられるある特別な機会ではなく、日本の日常の中には空間の欠如が、何か音楽を「音楽」という生活と切り離されたものにされているのではないかと感じます。
すると見えてくるのは、公共という場=空間の捉え方にもつながると思います。

JT:openmusicというレーベルの運営もされているのですか?
仲野: おーらいレコードというレーベルからわたしは4枚作品をだしているのですが、2009年にKyのアルバムの自主制作盤としてはじめたのがきっかけです。現在11枚制作しています。https://openmusic-ky.bandcamp.com/music
異色では2013年につくったもので、西アフリカのブルキナファソという国の葬送儀礼のミュージシャンのCDを作るのに、彼らが住む場所まで行って録音したことでしょうか。
持ち運んだ機材が溶けるかと思いましたよ。しかし彼らの音楽はスタジオではなく、彼らが生きる空間、渇いた赤土の上でなければあの音は録れなかったと思います。
プレス数は少ないですが、まるで街の小さな本屋さんの様な感覚で、ご縁ある人々にopenmusicの作品が届けばいいな、と思っています。

また、連携した形でopenradioというネットラジオを2017年から行っています。

自負するわけではないですが、選曲には自信があります。「開かれた耳のための音楽」をキャッチフレーズにこれかも細々とですが続けていければと思います。

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Part 3:

音の時空間を共有し、音楽を生きる実践としていきたい

JT:お生まれは?

仲野:名古屋市昭和区です。

JT:音楽的な環境の家庭でしたか?

仲野:兄弟三人ですが、皆、中学生までエレクトーンを習っていました。
しかし、両親は音楽に深い興味をもっていたのかどうか…。父がラジオ番組をカセットテープに録音をしていたものを聞いていました。児山紀芳さんの番組でAll the things you areをジョー・スタッフォードが耳元でバラードで歌ってくれたんだ、というお話を鮮烈に覚えています。

JT:音楽に興味を持ち始めたのはいつ頃、どんなきっかけで?

仲野:モダンバレエを習っていたこともあり、音楽はそれこそ日常ではありましたが、兎にも角にもジャズが基点にあります。

JT:ジャズに興味を持ったのはいつ、どのようなきっかけでしたか?

仲野:父の影響があると思います。当時住んでいた近所にスターアイズというジャズクラブがありましたので、中学生の頃からよく父と一緒に聞きにいきました。

JT:初めて手をつけた楽器はエレクトーンでしたが、サックスはいつ頃からですか?

仲野:エレクトーンは譜面通りに弾くことより、インプロヴィゼーションで弾くことの方に喜びを感じていました。妄想というか、金属がひねまがった楽器をいつか演奏するのだろうな、と想像があり、高校のビックバンドでその楽器、サックスというものに出会ったのです。

JT:トレーニングはどのようにして?専門教育は受けましたか。

仲野:自発的に個々人のサックスプレイヤーの門を叩きました。もちろん紹介もありました。フランスではAndre Villeger アンドレ・ヴィレジェというプレイヤーが気になり(日本ではCDが澤野工房からでている)、偶然にもその方が音楽院で教えているという機会に恵まれました。

JT:どんなレコードや演奏を聴いていましたか?

仲野:思い出したのですが、父が勤めていた会社がアルファレコードの株をもっていたことから、アルファレコードのコンピレーション・ジャズシリーズが家にあり、CDで聞いていました。ただ、それらは自分の好みではなかったので中古レコード店に足繁く通い、アート・ペッパーやエリントン、武満徹さんやオーネット、クラッシックなどでしょうか。日本のポップスというものには残念ながら当時触れたことはなかったですね。

JT:好きなアーチストあるいは目標とするアーチストは?

仲野:サックスでいうとJean-Charles Richard ジャン-シャルル・リシャール 、David Liebmanデイブ・リーブマン。
Jean-Charles Richardは元々クラッシックのサックス奏者でしたが、そんなカテゴリーは関係なく、もちうるあらゆる技術と感性が彼の音楽世界に反映されています。
David LiebmanがMarc CoplandとのDUOで表す音世界が好きです。
目下好きなのは、Floating Pointsフローティング・ポインツ、フランスの作曲家Karol Beffa カロル・ベッファ。
目標とするならば、サックスの林栄一さん、ギターの笹久保伸さん。
笹久保さんの2020年の作品 Perspectivismというアルバムに2曲参加したのですが、こんな音があるのか、と。楽器の機能的差異はあるものの、音そのものの在り方を目標としたいです。
彼らが放つ孤高の音に憧れ続けています。
あ、2013年に招聘したブルキナファソの葬送儀礼の楽士たち、汗だくで肉体の限界の境地で、しかし淡々とトランス的音世界の中にいる彼らにも憧れます。

JT:文学もお好きなようですが?

仲野:文学といえるものが好きかどうかわかりませんが、本は好きです。

JT:パリは俳句をつくる環境としてはどうですか?

仲野:俳句のいいところは、どんなところにいても、俳句空間になるところです。もちろんパリ、フランスにいなければできないものもあるのですが、どんな空も川も季節もどこかの土地のそれとつながっている気がします。

JT:どういうアーチストになることを目指していますか?

仲野:多くの人々の前で演奏するのではなく、限りなくインティメイトな関係性の中で、音を放つことができれば。その関係性がたとえ実存的でなくとも、音のエネルギー自体が次元を超えていければと思います。音の時空間を共有し、音楽を生きる実践としていきたいです。

JT:最後に夢を語ってください。

仲野:畑や農場などで演奏をしていたら、人々が(鳥や蝶や牛とかも!?)集まってきて、やんややんやと音空間が生まれる、そんな夢があります。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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