#148 来日直前インタヴュー:ジミー・ハルペリン|クリストファー・エイクラム|シェティル・イェルヴェ
Jimmy Halperin(ジミー・ヘルペリン sax) 写真:L
Kristoffer Eikrem(クリストファー・エイクラム tp)写真:R
Kjetil Jerve(シェティル・イェルヴェ p)写真:C
Jimmy Halperin ジミー・ハルペリン
テナーサックス奏者、作曲家。ニューヨークを中心に1970 年代から活躍。レニー・トリスターノ(p)、サル・モスカ(ts)など“クール派”とよばれるジャズ史の中でも重要な一派のミュージシャン達から教えを受け、共演の機会を持つ。“クール派”の中でも代表的な奏者の一人、ウォーン・マーシュのグループでも活動しており、『Back Home』(1986) に参加。1997年にはサル.モスカとデュオ・アルバム『Psalm』を録音、21世紀版“クール派”的内容で現代のジャズ・ミュージシャン達に多大なインスピレーションと影響を与えた。また2009 年には、『Music of John Coltrane』(NoBusiness) を制作、“クール派”を背景に、高度なハーモニー演奏とフリー・インプロヴィゼーション間に橋を架けた。
https://www.facebook.com/people/Jimmy-Halperin/100007965706655
Kristoffer Eikrem クリストファー・エイクラム
トランぺッター、作曲家。モルデ(ノルウェー)出身、オスロ在住。2013 年にノルウェー国立音楽学校を卒業後、Moptiなど多くのバンドヨーロッパ中で精力的に活動している。Young Jazz Musicians of the year 2012 他ヨーロッパ?のジャズ賞を受賞。レニー・トリスターノ (p) を始めするクール派に傾倒。“クール派”の中心的奏者ウォーン マーシュと共演、レコーディング?経験がある。2014年、サル・モスカ (ts) とジミー・ハルペリン (ts) のデュオ・アルバム『Psalm』(1998) へのトリビュートとして、ピアノとトランペットによるデュオアルバム『Feeling/Emotion』 (NORCD) を2014 年に発表、ジミーとの共演が実現した。
http://www.kristoffereikrem.com
Kjetil Jerve シェティル・イェルヴェ
ピアニスト、作曲家。オーレスン(ノルウェー)出身、オスロ在住。ノルウェー国立音楽学院にて即興音楽、ジャズを学び、修士課程終了後、オスロを拠点に幅広く活動。ノルウェーの新世代ミュージシャンのひとり。クリストファーとは10 年以上の付き合いがあり、レニー・トリスターノ (p) や、フリーな即興音楽について情熱を分かち合う仲でもある。Lana Trio(ラナ・トリオ)で 2014 年に、また、Jervaas(ヤルヴォース)で 2015 年に日本ツアーの経験あり。ピアニスト以外にもDJとしての一面を持っており、その他エレクトロニクスにも通暁している。
http://www.kjetiljerve.com
Interviewed by Kenny Inaoka via emails, July 2016
Photo: Private collections
クリストファー・エイクラク(L,tp) ジミー・ハルペリン(C, ts) シェイテル・イェルヴェ(R, p)
♫ 皆、音楽好きな家庭に育った..,
Jazz Tokyo : 音楽一家に生まれましたか?
Jimmy:そう、僕の母親はヴォーカルとピアノ。兄貴はふたりとも音楽をやっていた。
Kristoffer:その通り。母親がクラシック・ギターとヴォーカル。父親はトランペッターで時々クワイアで歌っていた。兄と妹も楽器をやっていたけど、職業音楽家になったのは僕だけだ。
Kjetil :僕も同じだ。だけどプロになったのは僕だけだ。父親はピアノとギターをかじっていて、歌も好きだった。母親はアマチュアの合唱団。兄弟は、ピアノの他にそれぞれトロンボーンとギターを演奏する。
JT:音楽に初めて興味を持ったのは何歳の頃でどんな音楽に?
Jimmy : 物ごごろついた頃だね。最初はモーツァルト、それからバッハにはまった。
Kristoffer : 家にピアノがあったから..。でも本当に興味を持ち出したのは13歳の時だね。クラシック、とくにモーツァルト、それから、ジャズに入ってチェット・ベイカーやパット・メセニーだ。
Kjetil:四六時中家に音楽があふれていた。両親は趣味で演奏するのが好きだったし、兄貴たちはレッスンを受けて、僕らの学校のマーチング・バンドで演奏していた。僕は兄貴たちが教えてくれた音楽が大好きだった。兄貴たちは9歳と6歳年上で、僕の音楽の大切なお手本になってくれた。ポップス、ロック(エルトン・ジョン)、パンク、メタル、クラシック(ベートーヴェン、グリーク、モーツァルト)、ディスコ、ワールドミュージック。
JT:初めて楽器を演奏したのは何歳の時?
Jimmy : 6歳の時にピアノを、9歳でサックスを。
Kristoffer : 6歳の時にピアノ、13歳の時にトランペット。
Kjetil : まだ赤ん坊の頃、手がピアノに届いたときからピアノに触りだした。ピアノでフリー・インプロを弾くのが好きになったのは6歳のとき、正式なレッスンを受け始めたのは7歳のとき。10年間はマーチングバンドでクラリネットを演奏していた。
JT:どこで音楽を学びましたか?
Jimmy : プライベートなレッスンはいつも受けている。レニー・トリスターノのレッスンは18歳 (1977年) のときから始め、死ぬまで (1978年11月18日没) 続いた。1979年から始まったサル・モスカ (2007年7月28日没)との関係も長い。80年代末にファイヴ・タウンズ・カレッジの奨学金をもらえることになった。
Kristoffer : プライベート・レッスンからモルデの高校の音楽プログラムを受け、オスロのノルウェー音楽アカデミーへ進んで即興音楽とジャズの学士号を取得した。
JT : プロとしてデビューしたのはいつですか?
Jimmy : 1977年にテッド・ブラウン (1927~, ts )と。
Kristoffer : 2012年に Mopti というバンドでノルウェーJazzIntroコンペティションで優勝した。これが僕のプロとしてのキャリアの始まりだと思う。
Kjetil : 2012年に自分のピアノ・トリオ “Einer” で初めてのヨーロッパ・ツアーを組んだとき。
♫ ”クール派”ジャズを継承する心意気...
JT:いわゆるジャズの”クール派” に興味を持ち出したのはいつ頃ですか?
Jimmy : トリスターノについて学んでいた頃。トリスターノを聴いたのは彼のAtlanticのLP『Lennie Tristano』が最初。
Kristoffer : 僕のトランペットの先生、アカデミーのTorgrim Sollidが「Manhattan Studio」というトリスターノを扱ったドキュメンタリーを観たとき。
Kjetil : 今はベルリンに住んでいる友人のDan Peter Sundlandから、こいつはすごいエレベの弾き手で曲も書くんだが、トリスターノの<Line Up>という曲を見せられたとき。2008年、僕がトロンハイムで学んでいたときのことで、一目見て虜になった。
JT:”クール派ジャズ” の本質とは何だと思いますか?
Jimmy : コントロール。自分が欲する音を演奏する能力を持つこと。
Kristoffer : バッハの楽曲のように長い旋律に重点を置くこと。旋律によって後に続く曲の基本が決められていく。エモーションは必要だがコントロールされていなければならない。
Kjetil : トリスターノが初めて作曲された素材に基づかないインプロヴィゼーションに手をつけた(Intuition/Digression,1949)*。練習を通じて自由を獲得することはすべての音楽に深く関わっている。“クール派ジャズ”というのは、コンテンポラリー・ミュージックの作曲された要素とブルースのラジカルなエネルギーとがブレンドされたものだ。
*『Intuition』(Capitol) は、ウォーン・マーシュ・カルテット (1956年録音) とウォーン、リー・コニッツ、ビリー・バウアー(g) を擁するレニー・トリスターノ・セクステット (1949年録音) による録音を収録したアルバム。トリスターノ・セクステットによる<Intuition><Digression>がフリー・インプロヴィゼーションによる最初の記録と目されている。
JT:“クール派ジャズ”の重要人物たち、レニー・トリスターノ(p)、ウォーン・マーシュ(ts)、サル・モスカ(p)、リー・コニッツ(as) について個人的な関係も含めて語ってください。
Jimmy:レニーは強烈な個性を持った人で、自分がやりたいことがはっきり分かっていた。ウォーンは優美な人で、僕をすぐに気に入ってくれた。サルはぶっ飛んだ人だったが、教師としてとても尊敬できる人物だった。リーは気まぐれで、とらえどころのない人だったが、僕にはとてもよくしてくれ、また、たくさんの質問を投げかけてきた。
Kristoffer: レニーは演奏にあきらかに神経質なところがあり、ラインの間に何かが聞こえていた。極めて表現力に富み、楽器を完全に手中に収めていた。この資質は他の3人のミュージシャンにも共通して言えることだが。しかし、サルはトリスターノと違って音楽がルースでオープンだった。何れにしても彼らは皆、僕にとって大きなインスピレーションの源泉だった。
Kjetil: 初めてレニーを聴いたときは、予測のできない展開と安定感にすっかり虜になってしまった。ウォーンは同じことがサックスで実現できた人。リーはメロディの名手で、僕は彼のソロに合わせて歌うのが好きなんだ。サルのことはよく知らなかったのだが、ジミーからオランダで録音された最後の演奏を聴いて、“クール派ジャズ”について考え直したんだ。
JT:“クール派ジャズ”はヨーロッパではどのように受け入れられていますか?
Kjetil: 他のジャンルのジャズと同じように”クール派ジャズ”もヨーロッパ全土で受け入れられているよ。なかでもドイツとオランダが活発だね。
JT:”クール派ジャズ” はヨーロッパのジャズ・シーンやジャズ・ミュージシャンにどのように影響を与えたと思われますか?
Kjetil : レニー・トリスターノ派と認められるミュージシャンがスカンジナヴィアに何人かいた。バリトンサックスのJohn Pål Inderbergは、レニーのコンセプトを継承した最初のノルウェー人ミュージシャンだ。次いで、1980年にウォーン・マーシュに出会ったTorgrim Sollid。それ以来ウォーンは亡くなるまで(1987年没)毎年のようにノルウェーに来ていた。このふたりの継続的な活動がスカンジナヴィアに与えた影響は大きいね。もうひとつ言えることは”クール派ジャズ”におけるフリー・インプロヴィゼーションの側面だ。ヨーロッパのメインストリームのジャズ・シーンがより実験的な要素を持つ要因になったと言える。
JT:次世代ジャズの担い手のひとり、NYのマーク・ターナーも“クール派ジャズ”の流れにいると思いますか?
Jimmy: そうだろうね。彼は、”クール派ジャズ を徹底的に研究した上で独自のジャズを作り上げたミュージシャンだ。
Kristoffer: もちろんだよ。マークはサックス奏者としてはジョン・コルトレーンよりさらに“ウォーン・マーシュ”を追求したミュージシャンだ。
JT:他に、”クール派ジャズ” に影響を受けたと思われる若手ミュージシャンがいますか?
Jimmy : NYではアルトサックスのニック・ライオンズ (Nick Lyons) と アーロン・ジョンソン (Aaron Johnson) が大いに有望だね。彼らは ”クール派ジャズ” を演奏し、録音もしている。
Kristoffer : スウェーデンのギター奏者Pål Nybergは“クール派ジャズ” に通暁しているし、イスラエルのサックス奏者Guy Sionは『Psalm』をいうアルバムを通じて僕にジミー・ハルペリンの存在を教え、本人を紹介してくれたんだ。
Kjetil: 僕は、ダイスケ・イハ(伊波大輔ds)、リョウスケ・アサイ(浅井良将as)、マサキ・カイ(甲斐正樹db)といった日本のゲスト・ミュージシャンと、堺や神戸、名古屋で共演できるのをとても楽しみにしている。マサキとはすでにオスロで5年間の付き合いがあるんだ。
JT : “クール派ジャズ”につながるジャズを演奏し続ける意味をどこに見出しますか?
Jimmy : 僕は自分が好きな音楽を演奏するだけだ。
Kristoffer : ジミーと同じ意見だよ。インプロヴィゼーションは重要で、生活の欠かせない一部になっている。
Kjetil : それが“クール派ジャズ”と呼ばれようが、フォーク・ミュージック、あるいはアート・ミュージックと呼ばれようが問題ではない。問題なのはそれがスピリットと自然に直結したサウンであるということだ。僕が自分自身に対して偽りのない演奏をしている時は、祈りを捧げていることに等しい、といえる。
JT : 日本のリスナーにはあなたたちのジャズのどこを楽しんでもらいたいと思いますか?
Jimmy : インプロヴァイズしているところさ。
Kristoffer : 彼らに充分なライヴ体験があって僕らの音楽からインスピレーションを受けてもらえれば、と思う。
Kjetil : ジミーとクリストファーにとっては初来日なので、大勢のリスナーに聴きに来て欲しいな。そして僕らの音楽の仕掛けのある楽曲と流れの自由なインプロヴィゼーションを楽しんでもらいたい。見事なハーモニー、エキサイティングなリズム、未知に満ちたメロディが楽しめるよ。
JT : 最後に夢を語ってください。
Jimmy : 音楽を演奏し楽しむこと。神とジャズに感謝。
Kristoffer : 幸せであり、充実した人生を送ること。
Kjetil : 生きていることを祝福し、自然と人間と神が一体であることを実感すること。時間と空間が無限なディメンジョンにさらに目を向けること。
♫ クリストファーとシェティルのデュオについて
JT : それでは次にクリストファーとシェティルのデュオにお願いします。
ふたりの出会いはいつ、どのようにして?
Kristoffer : シェティルと僕は15歳の時からの知り合いで、彼は素晴らしいピアニストだった。僕らは二人ともトリスターノの音楽にはまって。だから、僕が自分のバンドを作ろうと思った時は当然のように真っ先にシェティルを選んだんだ。
Kjetil : 僕がクリストファーに最初に出会ったのはノルウェー中部のユース・ビッグバンドで、彼の生来のトランペットの演奏能力とメロディ作りの才能に驚いたんだ。僕が2010年にオスロに移住してからは二人での練習時間が増え、急速に近しい仲になった。彼が僕を必要としてくれ、今でも彼の音楽観を僕と分かち合おうとしてくれているのはとても幸せなことだと思っている。
JT : 二人で演奏する頻度は?
Kristoffer : それはプロジェクト次第だね。アカデミー時代はずいぶん一緒に演奏したものだけど。
Kjetil : 僕らは今回の日本ツアーのように自分たちの手でツアーを組み立てている。そして毎年1回、新しい土地でツアーを組み立てるようにしている。
JT : デュオで訪日したことは?
Kjetil : 一度もないんだ。クリストファーにとっては今回が初めての日本、ということになる。僕は、Lana trio ラナ・トリオ
(www.lanatrio.com)とJervaasヤルヴォース (www.jervaas.com)でそれぞれ一度ずつ訪日したことがある。
JT : 日本と日本の聴衆の印象は?
Kjetil : 僕は何度でも日本に行きたいと思っている。それが答えさ。日本と僕の関係はまだ始まったばかりだけど、先々は日本に永住することを夢見てるんだ。日本では何人かとても大切な友人と出会っているしね。なかでも、画家でサックス奏者のジュン・フクカワ(福川淳)、大好きな東京のお坊さん、マトバ・トクガ(的場徳雅)。今回の日本滞在は20日間の予定だけど、ジュンとは一度ギグがあり、六本木のマトバのお寺(妙善寺)に泊めてもらうことになっている。イハ・ダイスケ(伊波大輔)とカイ・マサキ(甲斐正樹)とは、9月5日に姫路のLayla、9月6日には大阪のBamboo Clubでライヴが予定されている。僕は日本での人々、街、自然との出会いにとても感謝しているんだ。今までのところ京都がいちばん気に入っている。好きなクラブは千葉の稲毛のJazz Spot Candyだ。日本に行くたびにCandyで演奏できることをとても幸せに思っている。僕が共演するバンドが変わっても必ず聴きに来てくれるんだ。日本の聴衆の懐の深さには強い絆を感じている。僕がアーチストしていろいろな方向にチャレンジすることを認めてくれることがとても嬉しい。実験的な音楽やジャズに不慣れな人たちでさえ僕が演奏する音楽を受け入れてくれ、どこへ出かけても暖かく迎え入れてくれるんだ。それにアートに対する日本人の考え方にもとても興味があるんだ。日本の伝統の基本理念が僕にとって大いに意味がある場合は、言葉の壁さえとても興味のある会話へとつながる。無限、詫び、寂び、ご縁...。そうそう、僕にはマサキ(、とアユミ・タナカ(田中鮎美p)が付けてくれた日本名があるんだ。「笑太郎」っていうんだけど...。
JT : ジミー(ハルペリン)と知り合った経緯は?
Kristoffer : 僕がジミーの音楽を知っていてTorgrim Sollidが彼の連絡先を教えてくれたんだ。まずメールで彼に敬意を表してから、僕らのデュオの CD (Feeling//Emotion) を送って、いつか共演したいって申し入れたんだ。
Kjetil : クリストファーが僕にジミーとサル・モスカのアルバム『Psalm』を聴かせてくれたのがきっかけで、去年、NYへ出かけた時にジミーとドゥリュー・グラス(b)のトリオで『New York Improvisations』というアルバムを録音した。このアルバムは、日本のDiscoveryfirmから 僕の新しいレーベル“Dugnad rec” でリリースされる。だから今回の日本ツアーはこのアルバムのリリース記念ツアーでもあるんだ。
JT : ジミーとの共演歴は?
Kristoffer : 僕は幸いにもシェル石油と去年のモルデ・ジャズ・フェスティバルで賞金を勝ち得ることができた。それをきっかけにジミーをNYから呼び寄せて、今年は8月18日のモルデ・ジャズ・フェスティバルでクインテットで出演する。だから日本のツアーはジミーとの2度目の共演ということになる。
Kjetil : 僕の最初の出会いは、昨年のNYヨンカーズのOktaven Audio Studio。この出会いは僕にとって忘れ難いもので、彼の存在がどれほどのインスピレーションを僕に与えたことか、祖師てそれは今でも続いている。
♫ ジミー・ハルペリンが語る
JT : 次は、ジミーにお願いします。アメリカの聴衆は今でも”cool jazz” を楽しんでいますか?
Jimmy : もちろんさ。年配者が多いけど、若いファンも興味を持っているね。
JT : ノルウェーに移住した理由は?
Jimmy : えっ、僕は住まいはNYだよ。クリストファーとシェティルと演奏するためにノルウェーに来ただけさ。
JT : ヨーロッパで演奏する方がやりやすいと思いますか?
Jimmy : ここでもアメリカにいるときと同じように快適だ。
JT : アメリカとヨーロッパのジャズ・シーン、リスナーの最大の異なる点は?
Jimmy : アメリカではジャズはヨーロッパよりもっと広く一般に楽しまれている、という点だろう。
♫ シュティルが語る手づくりの自主公演ツアー
JT:それでは最後に今回の日本ツアーを自らの手で組み立てたというシェティルに質問します。ツアーを自分の手で組み立てた理由は?
Kjetil:自ら手がけることでいろいろ学んでいるんだ。日本の自主公演ツアーは今度で4度目だけど、毎回予期しない手が差し伸べられるんだ。今回、Jazz Tokyoが広報を手伝ってくれたようにね。
回を重ねる度に進歩が見られる。そうやって夢に近づいて行くんだ。可能性に限りはないからね。
僕のように若いミュージシャンは人生の可能性について新しい見方をしているとも言えるね。この電子メールのような新たな発明は通信の可能性について基本的な手段を提供している。加えて、Google翻訳アプリ、Facebook、Twitter、オンライン・マガジン、soundcloud(注:ネットで音楽を公開するアプリ)、ブログ...
だけど、最終的に重要になってくるのは人間同士の個人的な結びつきと関心のありようだと思うけど。
JT:ノルウェーのJazz Forumの協力もあったようですが、具体的には経済的な援助もあるのですか?
Kjetil:僕はノルウェー・ジャズ・フォーラム (Norsk Jazzforum www.jazzinorge.no) のアーチスト会員になっていて、ここからプロジェクトごとに援助が受けられるんだ。今回は総経費の15%を申請したのだけれど、受けられたのは10%程度だった。もうひとつ、演奏家基金 (Fond For Utøvende Kunstnere www.ffuk.no)という組織にも申請しているのだけれど、こちらは実際に僕らが日本で公演したことが確認されるまでは結果は公表されないことになっているんだ。
JT:このフォーラムや基金は公的なものですか?
Kjetil:ふたつともノルウェー政府の文化省の助成を受けている。活動が増えて結果が良好であれば申請の機会が増える、という仕組みになっているんだ。
JT:初日の赤坂 BFlat は無料と聞きましたが?
Kjetil:そう。これはマスターのアキラさんの素晴らしいアイディアでね、できるだけ多くのお客さんに僕らの演奏を聴いてもらいたいから、というんだ。赤坂が無料だと稲毛や柏のお客さんを取られるという意見もあるんだけど、稲毛と柏はそれほど大きくはないしお客さんを身近に感じられて僕らも赤坂とは違う演奏になると思う。どこも満員になると嬉しいんだけど。
JT:無料のライヴでも興味のない人は出掛けないからね。とくに、新人の場合はね。まず、興味を示してもらうことが先決だと思います。新人の演奏にいかに興味を喚起させるか、それが僕らメディアのミッションのひとつだと考えています。
トリオの他にもいろいろなユニットでライヴが組まれているようですが。
Kjetil:そう。まず僕が先着して、東京で4回ギグがあるんだ。このトリオは僕と、サックスの福川とベースのアーレン・アルバートシェンという編成。アーレンはクリストファーのカルテットのメンバーで今回が初来日だ。このカルテットの新作は来年リリース予定だ。アーレンは1ヶ月日本に滞在しているので、その後の首都圏のギグにも参加するよ。首都圏はカルテットで、関西はジミーをフィーチャーしたトリオに地元の仲間が参加する。それから、ジミーとクリストファーが帰国した後、僕が残り、マサキとイハのトリオで関西で2回ギグがある。詳細はツアーのFacebookで確認できるよ。
JT:それでは日本であなたたちの演奏を聴ける日を楽しみにしています!
https://www.youtube.com/watch?v=JEfFzsT14iU
*ツアー・スケジュール:8/19~8/31
http://www.kristoffereikrem.com/#/japan-tour-2016
https://www.facebook.com/eikremjerve/events
8/19 Fukukawa/Albertsen/Jerve – Tokyo, Apollo (東京・下北沢)
8/20 Fukukawa/Albertsen/Jerve – Tokyo, Apollo (東京・下北沢)
8/21 Fukukawa/Albertsen/Jerve – Tokyo, 七針 (東京・八丁堀)
8/22 Fukukawa/Albertsen/Jerve – Tokyo, 試聴室(東京・神保町)
8/24 Halperin/Eikrem/Jerve/Albertsen – Tokyo, B Flat (東京・赤坂)
8/25 Halperin/Eikrem/Asai/Jerve/Kai/Iha – 堺, Spinning Mill (七道)
8/26 Halperin/Eikrem/Asai/Jerve/Kai/Iha – Kobe, Guggenheim House (神戸・塩屋)
8/27 Halperin/Eikrem/Jerve – Nara, Blue Note(奈良)
8/28 Halperin/Eikrem/Asai/Jerve/Kai/Iha – 名古屋, Doxy [Jerve’s birthday live]
8/29 Halperin/Eikrem/Jerve – 袋井, Mam’selle
8/30 Halperin/Eikrem/Jerve/Albertsen – 千葉・柏, Nardis
8/31 Halperin/Eikrem/Jerve/Albertsen – 千葉・稲毛, Jazz Spot Candy
9/5 Jerve/Kai/Iha – 姫路, Jazz Spot Layla
9/6 Jerve/Kai/Iha – 大阪, Bamboo Club
田中鮎美、ジミー・ハルペリン、クリストファー・エイクラム、シェティル・イェルヴェ、クール派ジャズ、レニー・トリスターノ、ウォーン・マーシュ、サル・モスカ、リー・コニッツ、Lana Trio、ラナ・トリオ、Kjetil Jerve
ジミー・ハルペリンは7月に亡くなったドミニック・デュヴァルとNoBusiness Recordsからモンクとコルトレーンをそれぞれ取り上げたCDも出していましたね。