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InterviewsNo. 285

Interview #234 サックス奏者 仲野麻紀 Maki NAKANO

Interviewed by Kenny Inaoka via Google Document December 2021

photo : Yutaka Yamamoto

Part 1

ブルターニュには本当に精霊たちが棲む森、林が多くある

JazzTokyo: 仲野さんには、昨年(2021年)の3月にKy(キィ)の新作『サyクルズ』のリリースに際してインタヴューしたばかりですが、今度の新作『openradio』(Nadja21/KingInternational) のリリースでまた世間を騒がせているようで、再びご登場願うことになりました。

仲野麻紀:取り上げてくださりありがとうございます。ツアー先では、「嵐のようにやってきて嵐のように去っていく」と言われております…。

JT:まるで、月光仮面ですね。♫ 疾風 (はやて) のように 現れて、疾風のように 去ってゆく〜。『サyクルズ」はカルテットの演奏で2019年5月にパリで録音されていますが、新作の『openradio』は完全ソロ、2020年から2021年にかけてパリとブルターニュで録音、『サyクルズ』のリリースが終わってすぐソロの録音に取り掛かったのですか?

仲野:ソロアルバムの録音は2020年1月から構想をもっており、しかし本来は、あるギター奏者とDuoの作品を作る予定で楽曲の準備、またパリ録音のためのスタジオ、エンジニアの手配、航空券も含めての準備をしておりました。2020年3月からのロックダウンですべては流れてしまいましたが。

JT:完全ソロということはコロナ禍で共演が難しかったということもあるのですか?

仲野:実はコロナ禍とは全く関係ないことに、最近気がつきました。前述した通り、共作の予定もあったわけですが、サックス・ソロのアルバムを作る、あるいはコンサートをすることは、ある高みにいくための必須だったのです。「だった…」過去形ですが、それは今でも変わりません。一人で何かを行うことの孤独感は、音楽を奏でる者だけではなく、すべての「生きる」につながる感覚です。
ただ、いつまでも音楽を奏でたいと思えば思うほど、いつかソロ活動を始めることは必須事項であった、と。

JT:ブルターニュでも録音の形跡がありますが、ブルターニュで録音する必然性は?

ブルターニュ地方 マルゾンの森とヴィレーヌ河畔

仲野:長らくブルターニュの地で演奏をしてきました。フェスでの演奏が主でしたが、そこで出会う土地の香り、ケルト文化の名残、アニミズム、森の精霊たちとの交信 etc… 信じられないかもしれませんが、ブルターニュには本当に精霊たちが棲む森、林が多くあるのですよ。あの空気感でしか録れない音があったと思います。

JT:新作では、ルーパーを使ってフレーズやリズムを循環させミニマル的な効果を出していますが、エレクトロニクスのスキルは新しく身に付けたものですか?

仲野:フランスに発つ(2002年)以前からペダル(Fx類)の音の効用には非常に興味がありました。

ただ、それらを音楽的に使いこなせるミュージシャンは、実のところ希少であることも実感しています。いわゆる道具フェチ的に使う方もいらっしゃいますね。KyというユニットでYann Pittard ヤン・ピタールが使うペダルの音の幅の広さからも多く影響を受けていますが、実際にわたくし自身が使うようになったのは、2016年にパリで行ったダンサーとの公演がきっかけです。

JT:ヴォイスやブレス(息継ぎ)、タンポ、その他のノイズがインストのソロにありがちなメカニカルさを避け人間臭さを出していますが、これは意図的なものですか?

仲野:はい。限りなく有機的な音の連なりに惹かれています。そして音楽の理想は、土から沸き立つような音であること。

JT:ピアノの背後でがさごそ何かノイズのような音が聴こえるのですがこれはパーカッションですか?それともピアノにまつわるノイズですか?

仲野:端的に申し上げますと、それはピアノのノイズです。100年前のアップライトのピアノで敢えて録音したのです。ゴンザレス、あるいはモリー・ドレイクが奏でるあの質感。それは澄んだ美しさとは別物かもしれません。しかしあの音は時間と、人間が生活する中から生れ出る音なのではないか、と思うのです。そして私たちの耳で感知できる「ノイズ」とは、「存在」の表明であると信じています。

JT:アルトとメタル・クラリネットでコードを演奏しているところがありますが、日本のライヴでは一度に両方の楽器を咥(くわ)えて演奏しルーパーで循環させていましたが、CDでも同じ手法を使いましたか?

仲野:同時に咥える操法はCD録音では使いませんでした。なぜならマイクの位置設定が非常に困難であり(ターム的問題)、また多重録音をするのであれば、敢えて二本咥えなくとも均等な音バランスを録ることができますので。あの手法はやはりライブだからこその意味があると思います。

JT:1曲だけ仲野さんのオリジナルではない<ブルターニュの伝統曲>が演奏されていますが、この曲のバックグラウンドを教えていただけますか?

仲野:ブルターニュの人々にとっての音楽とは、生活の中での、まるで鼻歌から生まれるもので、それが農作業であったり、海藻拾いであったり、あるいは牧畜であったり…そういった牧歌的な「歌=曲」が連綿と受け継がれています。わたしは幸運にも彼らと出会い、そして彼らとの交通の機会を得たことで収録しました。「山の高みへ」というタイトルは、ブルターニュ唯一の山であるモンダレを指していると思います。モンダレ周辺には、精霊(妖精)コリガンKorrigan がいる森があり、霧深き自然の中に響くメロディーそのものです。

また、この曲を最初に聞いたのは、亡きブルターニュ民謡を歌う名手、Yann-Fañch Kemener ヤン・ファンシュ・ケメネールの歌声でした。彼のあの独特な歌唱法と節回しを、器楽でどう応用できるか、そんなチャレンジでもありました。結果元来3拍子の楽曲を5拍子にするという大胆なアレンジになってしまいましたが。

JT:仲野さんのフランス語のモノローグがフランス映画のナレーションのような効果をあげているのですが、それを意識していましたか?

仲野:アルバム・タイトルがOPEN RADIOですからね。当初、曲毎にナレーションを入れようと思ったのですが、それでは本当のラジオになってしますので、そちらはmixcloud (https://www.mixcloud.com/makinakano/) で公開している本編ラジオを聞いていただくとして、CDという作品の中では、「ようこそ!」とリスナーの方々をわたしのスタジオあるいは家にお出迎えするような気持ちで語りの部分を入れました。
そして何より、リスナーの方に、話しかけたかったのです。歌ではなく、声で。

JT:各曲それぞれテーマを作曲してから即興的にアレンジしていったのですか、それとも即興的にメロディを吹き出し肉付けして行ったものでしょうか?

仲野:両方あります。書籍からインスパイアされ作曲したもの、それに肉付けとしてアレンジしたもの。今回のアルバムでは即興的なアイデアはあるものの、即興的に多重録音はしていません。綿密にリズムキープ、拍数、小節数を譜面に起こしました。その譜面はモチーフの最小公約数を記したものであり、五線譜をテープのような幅に切り、それをパズルのように組み合わせる、といった作業です。

JT:録音とミックスはどのようなシチュエーションで行われたのでしょうか?

仲野:パリ、ブルターニュ共スタジオでの録音です。ただし、録音技師は最大に信頼している方。様々な試みを技術的にも音楽的にも全てを可能にしてくれるシチュエーションでした。

JT:前の質問と被りますが、仲野さんのオリジナル曲にはすべて(ボーナス・トラックを除く)内外の作家の名前と書名が付けられています。これらの書物からインスピレーションを受けたということですか?それとも演奏後曲調に合わせて作家と書名を連想していったのでしょうか?

仲野:著書その作品そのものからインスピレーションを受けたもの、例えば陰陽師、枯木灘、風の声。あるいは作品ができてタイトルの空想をしていた際、過去に読んだ書籍のあるシーンと楽曲がマッチする瞬間を得ました。

JT:作家や書名には馴染みのないものもあるのですが、仲野さんはこれらの書物すべてに通じておられるのでしょうか?失礼な質問になりますが...。

仲野:そうですね。一般的な範囲からは外れているかもしれませんが、幸いわたしはフランスに住み始めてから書物に関わる人々との邂逅に恵まれており、日本から書籍を送ってくださる方がいたり、あるいはご自身で編んでいる方からいただいたり、思いがけない本との出会いに感謝する限りです。

JT:アルバム・タイトルの「openradio」で何をいちばんアピールしようと思いましたか?

仲野:ひとりの人間が生み出す、声と楽器の共在です。

JT:このアルバムでひとまず音楽家「仲野麻紀」のすべてを出し切ったように思えるのですが、次作がなかなか大変ではないでしょうか。

仲野:そんなことありませんよ。もうすでに次回作に取り掛かっています。ツアー中数曲できましたし、新たな出会いによる作品プロジェクトが少なくとも5つあります。すべてCDという形式になるか、LPになるか、はたまた句集+CDとなるか…お楽しみに!

Part 2

誰か一人の責任ではない、良いも悪いも含めての連帯

 

河口湖ジャズ・フェス

JazzTokyo:今回のツアーは「ブルドーザー・ツアー」と言われていたようですが..。

仲野麻紀:そうなんです。わたしが日本でツアーをするといつもそうなってしまうのですね。各地での演奏、お声かけいただけることに感謝します。しかしながら日程の組み合わせが下手なので、結局あっちに行って、こっちに行って、プロのプロモーターは絶対にしない組み方になってしまうのです。

JT:入国後に追加になったイベントもあるようですね。

仲野:今回は3~5公演を除き、すべて日本に無事入国できてからのブッキングとなりました。

JT:三鷹のホールでの「星の王子さま」から、白楽の飲み会セッション、投げ銭スタイルの山谷のライヴ、河口湖のジャズ・フェスなどなど、この貪欲なまでの活動欲求の源泉はどこにあるのでしょうか?

仲野:まず最初に、「投げ銭」という日本語にはほとほと疑問を抱いております。「心付け」が適している。わたしは全身全霊を以って一回一回の演奏にかけていますが、その演奏に金を投げてもらいたくない。それが風習的であってさえも。この方法を始めてから、お客様の中には封筒に入れて来られる方も増えました。アフリカの風習に習っておでこにお札を貼る方もいらっしゃいましたが、それは一種の誇りですね。
コンサートチケット代、その値段になる理由の模索。自発的な演奏者、オーガナイズに対する価格決定と支払い。煩雑だけれど、自発的行為としての心付けの発想は、隷従的資本主義への問いの投げかけであり、実践ではないでしょうか。
「活動への欲求の源泉」、それは、様々な土地やシチュエーションで演奏することで、それぞれの息を感知し、それ自体がわたくし自身の息(呼吸)になる=命であると実感しているからです。

泪橋ホール@山谷

JT:合間を縫ってラジオ番組へのゲスト出演やDJもあり...。

仲野:openradioというネットラジオは、自分でも驚くぐらい真面目に放送をしていますね。ライブが終わったあと、ホテルのベットにバタンQとなるところを、頬っぺたを叩いて、リスナーとの音の共有のために、毎回自分自身を鼓舞しています。

JT:新たに Inter FMのDJをレギュラーで担当されるとか。パリからの出演になりますか?

仲野:Inter FM 隔月第二日曜(2022年は奇数月=1月9日〜)放送の番組「SONG X Radio -Old and New Dreams」 では収録をお茶の水のRITTOR BASE からお送りするので、今回はまとめての収録。しかし、パリからも放送をしたいので、諸々交渉中です。

JT:アラブ料理の教室も何度か...。どんな料理を教えているのですか?食材は日本で手に入りましたか?

仲野:アラブ料理、と限定するわけではなく、けいそうビブリオフィル(https://keisobiblio.com/2021/03/13/nakanomaki18/)の連載にあるように、ミュージシャンに教えていただいたレシピを再現する、という教室です。次回日本での演奏の際は、こういった料理教室とコンサートを合わせたプログラムでやろうかと試みております。
今、日本では大方の食材は手に入りますね。今回はじめて食材のために新大久保へいきましたが、(普段は楽器屋へいくための駅)ここでも必要なものを揃えることができました。(注:写真は、モロッコ料理)

JT:余談になりますが、忙し過ぎて、楽器を電車に置き忘れたとか...。

仲野:面目ない…楽器二つにスーツケース、リュックサック。この日は花束もあり、ついクラリネットを網棚の上に置いてしまい、この始末です。

JT:専門のプロモーターが東から西へきれいに切ったスケジュールではないから東西南北、行ったり来たりだったようですね。

仲野:そうですね。プロの方にお願いできればいいのですが、各地のオーガナイザーと直接やりとりをしているので、私と相手の方々の日程調整をすると、どうしてもこちらが無理せざるを得ません。

JT:日本はいまだ「コロナ禍」の中にありますが、そういう不安や恐怖はありませんでしたか?

仲野:であるからこそ、日本に入国してから日程を詰めて行きました。実際に肌感覚で、現状を把握すること。そして場合によっては対応すること。本当に全国各地千差万別のコロナ禍での開催でした。だからこそ、ソロで回ることにしてよかったと思います。
わたくし側からの感覚を申し上げますと、すべての責任はわたくし一人であるということ。しかしその責任を参加してくださる、あるいは企画してくださる方々と共有すること。この感覚こそが、この地球で、この状況下で、今そして未来のために生きることであるのではないでしょうか。
誰か一人の責任ではない、良いも悪いも含めての連帯です。

JT:日本をあちこち駆け巡って何か日本の問題点を見出せましたか?

仲野:24時間煌々と光る商店、そこで働く人々、その店を使う人々、それが日常となっていることに疑問さえなくなっている現状には絶望を感じます。防犯、DV予防という利点があるかもしれませんが…。

JT:逆に日本の美点を見出せましたか?

仲野:田舎、下町でみる贈与交換の世界でしょうか。それは物だけではなく、言葉それさえもです。

JT:佐渡にも行かれたようですが、未踏の地で出かけてみたい所はありますか?

仲野:ご縁があるところに、と申し上げます。

JT:コロナの状況次第でしょうが、次回の帰国ツアーの予定は立ちましたか?

仲野:2022年8月27日は山形・鶴岡で行います。その際出羽三山のひとつである月山でも野外での演奏を企てております。といいますのも、12月に鎌倉山を登りながら演奏をしまして、その際演奏する場所で音の響き方の面白さを、参加した方々と味わうことができました。YouTube上にアップしているTraveling Haiku (https://www.youtube.com/watch?v=MMWbObOTFUU) ではわたくし一人での音世界の収録ですが、この度の試みに味をしめて、これからも山々で演奏できたら、と思います。もちろん、土地土地の山の神さんの邪魔をしないように、気をつけますね。また9月3日は浪曲の玉川奈々福さん、パンソリの安聖民(あんそんみん)さん達との演奏の機会があります。岡山では勝山、高知のベルガモット畑、宇和島、おそらく福岡の糸島 etc…きっと来年もブルドーザー・ツアーになるのでしょうね。

JT:それでは残りの日程も爪痕を残して行ってください。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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