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InterviewsNo. 297

Interview #255 藤井郷子〜100作目のCDをリリースして

photo by Eva Kapanadze
interviewed by Kenny Inaoka 稲岡邦彌 via Google Document December 13, 2022

Part 1
絶望の中で人々が希望を失わない、その力強さを表現したい思い

JazzTokyo: 100作めのCDリリース(2022年12月9日)おめでとうございます。今、どんなお気持ちですか?

藤井郷子:どうもありがとうございます。今年初めに「今年は100枚目達成だね」と友人に言われて初めてその数に気がつきました。それでは特別なプロジェクトと思い、準備を重ね実現したプロジェクトで満足いくものが作れたのでとてもうれしいです。

JT:1996年にリリースされたデビュー・アルバム『Something About Water』以来、26年間で100作になるわけですが、これはリーダー作とコ・リーダー作に限定されたもので、それ以外にはどのようなCDが何作くらいありますか?

藤井:サイドとしては31タイトル参加しています。ここの下の方にサイドで参加したディスコグラフィーがあります。田村夏樹のプロジェクトのものもたくさん入っています。

ディスコグラフィー

JT: 多作の要因には『Something About Water』でも共演された恩師のポール・ブレイのアドヴァイスがあると聞きましたが、具体的にはどのようなアドヴァイスだったのでしょうか?

藤井:「最初の10枚のアルバムは納得できないものになるだろうから、早めにそれを作るといい」との助言でしたが、実際には最初のアルバム(ポール・ブレイとのピアノ2台デュオ)から満足できるものでした。

JT: 26年間に100作のCDを制作するためには知的リソースと同時に経済的リソースも必要になりますが、これはどのように実現されましたか?

藤井:半数以上は自主制作での自身のレーベルからのリリースです。制作費はギリギリまで無駄な部分をカットしています。CDが自主制作可能となった頃から始められたのはとても幸運なことでした。

JT: 100作めのアルバム『Hyaku, One Hundred Dreams』のコンセプトはいつ頃、どのようにまとめられましたか?

藤井:演奏した楽曲「One Hundred Dreams」はパンデミック初めの2020年春に書き下ろした15人編成のビッグバンド用の組曲です。私のアルバムで「Fukushima」というオーケストラ・ニューヨークで演奏しているものがあります。これも福島の事故時の体験から、また今回の楽曲もパンデミック時の体験からの作曲です。絶望の中で人々が希望を失わない、その力強さを表現したい思いで書き下ろしました。その楽曲をこの特別なプロジェクトでの演奏のために大幅にアレンジしなおしました。

JT: コンセプトに沿ってアンサンブルを組まれたと思いますが、女性4人と男性5人で編成されています。この男女比は意識されましたか?あるいは純粋に音楽性や技術の問題ですか?

藤井:性別や人種等は考慮していません。私が今のような活動を始めたニューヨークで今回のプロジェクトを行いたいということと、楽器編成ではなく、共演したいミュージシャンにお願いした結果のラインアップです。

JT: ジャズのアンサンブルでバスーンを起用し、しかも1曲めで長いソロをとっています。バスーンを起用した理由は?

藤井:サラ・シェーンベックのアルバムを聴いて、彼女の大ファンになりました。バスーンだからではなくて、彼女の音が必要でした。

JT: トランペットのワダダ・レオ・スミスに対する評価と人気は日米でかなり隔たりがあります。藤井さんがワダダを積極的に起用する理由はどこにありますか?

藤井:ミュージシャンだったらすぐにわかると思いますが、ワダダは唯一無二の突出した音楽家です。彼の一音の説得力、力強さ、その深さは誰も真似できないものを感じます。尊敬しています。

JT: トランペットには田村夏樹さんも参加していますが、田村さんとワダダの音楽的な棲み分けを教えてください。

藤井:アンサンブルはある意味「社会」だと思います。人間がふたり以上集まれば、「社会」を形成してその中での立場と役割を自ら認識します。私はことさらにその棲み分けの指定はしません。それは演奏の中で自然に出てきてワークすると考えています。ふたりとも最高の音楽家です。

JT: ドラムスにもトム・レイニーとクリス・コルサーノの二人を起用していますが、二人の音楽的棲み分けを教えてください。

藤井:タイプは異なっても、ふたりとも最高の音楽家で、上記の質問へのコメント同様、ことさらにその棲み分けは考えていません。

JT: モリイクエさんとの共演が増えているようですが、彼女の音楽性の魅力は端的にどこにあると思われますか?

藤井:説明は難しいですが、多くのエレクトロニクスや電気楽器の演奏家と違い、驚くほどアコースティックな文脈の中で違和感なく一緒に音楽を作れます。インプロヴァイザーとしてもとにかく本物、一流です。

JT: ブランドン・ロペス (b) を始め、初めて録音に参加するミュージシャンを含めたライヴ録音で100作めのアルバムを制作することに対する不安はありませんでしたか? 事前のミーティングやリハを徹底させたのでしょうか?

藤井:不安は全くありませんでした。当日の午後にリハーサル、夜のコンサートを録音という予定でも、全てうまくいくことはわかっていました。私自身の中ではっきりとした作品のイメージがあり、これだけのラインアップで面白くないわけはないという確信はありました。

JT: 藤井さんは作編曲とピアノに加えてステージでは指揮もされたようですが、音楽的に意図せざるハプニングがありましたか?

藤井:そこで起きることは全て必然性があると考えています。

JT: このアンサンブルで今後も演奏される予定はありますか? たとえば、来日の予定とか?

藤井:それこそ経済的に難しいですね。今回のこのニューヨークでのプロジェクトも幸運にもRobert D. Bielecki FoundationとIndepend Promoters Allianceのサポートで実現できたものです。

JT: このアルバムが録音されたDiMenna Center for Classical Music というのはどこにあるどんなホールですか?

藤井:マンハッタンのヘルズキッチン37丁目の10アヴェニュー近くにあります。クラシック音楽のために特別に設計されたホールで、壁一面にスピーカーが埋め込まれ設定すればそこから自然なリバーブがかかった音が聞こえます。実際には部屋のアコースティックが十分に素晴らしかったので、その設備は使いませんでした。前日に下見に行った時はクラシックのオーケストラのリハーサルをやっていました。音の響きはマンハッタンで一番という評価を受けているようです。

JT:今回の制作では、録音、ミックス、マスタリングをすべてジョセフ・ブランチフォルテ (Joseph Branciforte) が担当していますが、全面的に彼を起用した理由は?かなりメリハリを付けたミックスが際立っていますが、これは藤井さんが意図したことですか?

藤井:ホール録音をしてくれるニューヨークのエンジニアは知らなかったので多くの友人から紹介してもらいました。ジョーはその中で一番音楽性や価値観を共有できると思いお願いしました。ミックスはインターネットでアテンドする形で作ったのですが、その仕事ぶりも素晴らしく、信頼できると実感したのでマスタリングまでお願いしました。

JT: ライナーを執筆しているエド・ヘイゼルはNoBusinessでもお馴染みのNYダウンタウン系に強いライターですが、いつ頃からのお知り合いですか?

藤井:26年前のデビューアルバムから熱心に聴いていただき、またプレスリリースも書いていただいています。全幅の信頼を置いています。カレノライナーノートの執筆も100本目に近づいているそうです。

JT: ジャケットのアートワークは日本画の雰囲気ですが、写真家の名前がクレジットされています。デイヴ・ウェイドというのはどのような写真家ですか? この写真はどこで撮られたのでしょうか?

藤井:デイブはメイン州ポートランド在住の写真家です。ジャズのラジオ番組をやっているので知り合いましたが、日本に住んでいたこともあって日本文化への理解も造詣も深いです。彼の写真は空気を感じさせるもので、私は大好きです。今回のジャケットのカバーには彼の写真をとずっと考えていました。ポートランドの自然を撮り続けている写真家です。このカバーに使わせていただいた写真もメイン州のものだと思います。

JT: 最後に、このプロジェクトには Robert D. Bielecki Foundationのサポートがあって実現したと謝意が記されていますが、これはどのような基金でどのようなサポートがあったのでしょうか?

藤井:私もこの基金の存在は今回助成を受けるまで知りませんでした。主にクリエイティブな音楽の創造活動に助成しているプライベートな基金です。ご本人も大の音楽ファンで、私のニューヨークでのコンサートにもいらしていただいたり、CDも購入していただいたりしていたようです。

Part 2
「聴いたことのない美しい音楽」をいつか作ってみたい

Jazz Tokyo: (2022年)11月のヨーロッパ・ツアーでコロナに感染されたそうですが、どのような環境で?

藤井:正直、ツアー中どこで感染してもおかしくない環境だと思っていました。コンサートの前にはレストランで食事しますし、レストランではもちろん誰もマスクしていないし、リラックスして時間もかけて飲食しています。私もどこで感染したかの特定はできませんが、日数から考えるとスイスのチューリッヒかドイツで感染したのだと思います。

JT: ツアーの内容が変更になりましたか?

藤井:最後の4本のコンサートをキャンセルしました。帰国も感染がはっきりしたミュンヘンからの直行便にしました。

JT: ヨーロッパではほとんどマスクを着用していないようですが?

藤井:ドイツでは今でも電車内はマスク着用義務があり、車内に警察官がチェックに来るくらい厳格です。6月にヨーロッパに行った頃は、イタリアでのコンサートではお客さんもマスク着用していないと会場に入れない状態でしたが、10月末にはイタリアのコンサートでは誰もマスクをしていませんでした。

JT: 感染者は多いのですか?

藤井:報告されている新規感染者は随分と減っている印象でしたが、実はもうきちんと調べていないだけみたいです。

JT: 搭乗前と日本入国時の抗原検査はあるのですか?

藤井:日本の入国(帰国)は3回のワクチン接種証明書があれば、PCR検査は必要なくなりました。帰国便の搭乗前にも何の検査はありません。3回のワクチン接種証明書がない場合は帰国便に乗る前72時間以内のPCR検査での陰性証明が必要です。

JT: かつては欧米の演奏会場でCDがよく売れていたようですが、最近の状況はどうですか?

藤井:今回、3つのプロジェクトでのツアーでした。1つ目はフランス人2人と田村夏樹、私で10年以上やっているバンドKAZEにモリイクエさんが入ってのプロジェクト、2つ目は私のピアノトリオ、Tokyo Trio、3つ目は私とアメリカ人のベーシスト、ジョー・フォンダとのデュオ、それに今回は若手のオーストリアドラマーが加わったトリオでした。Tokyo Trioの2本のコンサートで、CDが売れまくって、3つ目のコンサートでは売り物CDがない状態でうれしい悲鳴でした。

JT: BandCampのようなダウンロードの状況はいかがですか?

藤井:実際のCD売り上げよりもデジタルでのダウンロード販売の方が最近は多いです。

JT: 今後どのように推移されると予測されますか?

藤井:2月に大友良英さんとのデュオアルバムがフランスのレーベル、Ayler Recordsからリリースされるのですが、その主宰者によればCD売り上げはまた少しづつ伸び始めているのを感じるということです。私自身はまだその実感はありませんが、今回の100枚目は注文が今までよりずっと多いです。

JT: CD 全体で構成されていた音楽が1曲ごとにバラ買いされることについてはどのように考えられますか?

藤井:私の音楽を買ってくださる方は100%アルバム買いをなさっています。バラ買いされる方はいないです。

JT: 藤井さん自身に関する客観的評価が欧米と日本では大きな隔たりがあると思われますが、どこに起因すると思われますか?

藤井:私が教えて欲しいです。

JT: とくにヨーロッパと日本で演奏されるフリージャズ/インプロには隔たりがあると思われますが、藤井さんはどのように捉えていますか?

藤井:私たちの音楽は基本的にはどこの国でも地域でも決してメジャーになるような商業音楽ではありません。それでも熱心な聴衆がいることは大きな励みです。そういった意味ではヨーロッパ、アメリカ、日本での隔たりは感じていません。日本のフリージャズ、インプロシーンは世界中から大きな注目を受けています。ノルウェーが大きな予算をつぎ込んで自国のミュージシャンを世界中に売り込んだその半分でも日本がこういった音楽に助成してくれれば、さらに大きな注目を受けると思います。

JT:神戸に転居された理由は?

藤井:今でも東京に小さなアパートをキープしています。ピアノを置くことを考えると東京は高すぎるし、神戸は山も海も街もあって、美味しいレストランもいっぱいというのも魅力です。東京にいるよりはリラックスできます。

JT: 藤井さんにとって田村夏樹さんはどのような存在ですか?

藤井:今でも、音楽の大先輩です。新しい曲を作るとまず彼に聴いてもらいます。音楽的にも最も信頼している同志です。

JT: 最後に、夢をお聞かせください。

藤井:20年以上前に亡くなった祖母が、亡くなる10年くらい前から聴力を失ってしまいました。耳が聞こえなくなってから聴いたことのない美しい音楽が耳の中で聞こえると話してくれたことがあります。祖母は音楽家ではなかったので、どんな音楽なのかの説明はできませんでした。「耳が聞こえなくなってから聞こえた美しい音楽」は結局どんな音楽だったのか分かりませんが、ずっと気になっています。そんな「聴いたことのない美しい音楽」をいつか作ってみたいという夢があります。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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