Interview #271 『パリの空の下ジャズは流れる』宇田川悟インタヴュー
interviewer: Maki Nakano 仲野麻紀
photo:仲野麻紀(著者)宇田川 悟(パリ風景)
2023年10月13日(金)東京都・宇田川悟 邸にて
『パリの空の下ジャズは流れる』
宇田川悟 著
四六判上製 624頁
定価:3,960円(本体3,600円)
978-4-7949-7369-6 C0095 〔2023年7月〕
すでに50冊以上の単著、共著、そして訳書を上梓されている宇田川悟さん。
長らくフランス・パリを生活の拠点とし、食文化を中心に、社会、文化芸術などを日本へ向けて発信し続け、20年以上を経て日本へ帰国した。
そして今年2023年、『パリの空の下ジャズは流れる』という本を晶文社から発表。
ご著書の内容そしてご本人にフランスとジャズの蜜月話を伺った。
-今回の『パリの空の下ジャズは流れる』という本を書かれた経緯をまず伺いたいと思います。
「人生の30代~50代、いわゆる成熟期を過ごしてきたのがパリなんですね。しかしそのパリから日本に戻り、何か未消化のままのものが残りました。わたしは音楽の専門家でも研究者でもありませんし、ジャズの歴史的な流れを知っているわけでもありません。
またマイルス、コルトレーンなどを専門的に聴いてきたわけではありません。
ただ、一貫して流れているのは、音楽が好きということです。
本にも綴っているのですが、思えば高校時代に聴いたジャズという存在が大きかった。
前述した‟未消化”であるとは何か、それは自分の人生をまとめる何かであり、そのことを書くにあたって軸となったのが、ジャズなんですね。
もちろん今まで職業として書いてきた政治、経済、文化、ガストロノミーはあるのですが、総括としてジャズを軸にして書いてみようと思ったのです」
-お生れも育ちも東京ですか?
「そうです。実家は商売をしていましたから、フランスへの憧れは多大にあるものの、結局、仏文科ではなく、政治経済学部に進みました」
-フランスへはいつ発ったのですか?
「1970年代後半からパリへ行くようになりました。当時エール・フランスは西側として初めて中国航路を始めました。羽田から北京、そしてニューデリー、カラチ、ローマ、いわゆる南回りでパリへと24時間かけてたどり着くのです。70年代、わたしの周りにはまったく中国の情報がなかったので、ある実体験としてこの航路を選びました。北京までの飛行機に乗客は3人しかいませんでしたよ(笑)」
-フリーランスのライターとしてのキャリアで、本当にたくさんの方々をインタビューされてきたと思います。
「ジャズライフ」誌に80年代に1~2年ペンネームで連載していましたね。
パリでマイルス・デイヴィス、ビル・エヴァンス、キース・ジャレット、アーチー・シェップなど、また南仏のジャズ・フェスティヴァルではチャールズ・ミンガス、ジョン・ルイスなど大勢のミュージシャンを聴きました。
パリのインタビューで印象に残っているのは、96年のオーネット・コールマン、翌年はパット・メセニーをホテル・ルテティアで行いました」
-ご著書の中にもその時の内容が書かれていますが、来日してのインタビューではなく、パリで行われたインタビューだからこその、一種の空気感が読み取れます。
宇田川さんがいらした頃のパリのジャズはどういったものでしたでしょうか?
「この本ではアメリカのジャズ、あるいはアメリカに連れて来られた奴隷といった人類の歴史からジャズを語ることはしていません。あくまでも、パリのジャズを語ったのです。だからどうしても、アメリカからジャズの種が撒かれた狂乱の時代と言われる1920年代が重視されます。その後1959年にジャズの啓蒙・普及に貢献したボリス・ヴィアンが亡くなってから、いわゆるパリのジャズは一旦ピリオドを打つことになると思います。 戦後の実存主義、ヌーヴェル・ヴァーグを経て経済的にフランスは成長をしていくのですが、それ以降ジャズがフランス文化の原動力になっている印象はもちません。むしろワールドミュージックと呼ばれる方向へ移行していったのではないでしょうか。また、日本の読者が期待しているのは、おそらく戦後のジャズの在り方ではないでしょうか」
-私感になるのですが、前半部分の人類学的見地からみてとれるフランスのジャズの創成期に非常に興味があります。シュルレアリスムの寵児であったジャック・プレヴェール、彼は後にマイルスが演奏する「枯葉」の作詞をしています。またマン・レイがエラ・フェッツジェラルドのファンであったことや、ジャン・コクトーのジャズ狂いぶり、そしてミシェル・レリスに岡本太郎、アポリネールにサティ,,,フランスの文化に興味がある方にはたまらない内容ですね。
「フランスのジャズを紹介する方はたくさんいらっしゃいます。そこで語られるのは、いつもジョセフィン・ベーカー、ジャンゴ・ラインハルト、ボリス・ヴィアン、この三人だけです。しかも彼らはいつも切り離されている。彼らの存在だけがフランスのジャズとしてあるのではなくて、彼らは時間軸の中で繋がりをもっているわけです。時代を作り、時代を生き、文化という遺産になる。1944年のパリ解放を経て、アメリカとフランスの交流という面では1949年にパーカーがパリのジャズ・フェスティヴァルで演奏したことは象徴的ですね。その先見性と先駆性。ニューポート・ジャズフェスティヴァルのスタートは1954年ですからね。一般にフランス人の特性として、新しいものへの好奇心、並びに戦略的な思考が見て取れます。 ガストロノミーの世界でも新しいものへの好奇心はダントツにありますね。一人娘がパリの学校に行っていたのですが、子どもたちがサン・ミシェル広場(パリの中心地)の家によく遊びにきました。ドイツ人やイギリス人の子どもと違ってフランス人の子どもたちは、醤油だろうがなんだろうが、必ず味見をしていましたね(笑)」
-ご著書の中には音楽だけでなく、宇田川さんの専門でもあるガストロノミーの部分も登場します。ロマ(ジプシー)のミュージシャンと食べ物の話、名料理人のエスコフィエの名称がでてくるジャズに関する本は今までに読んだことがありません。
「パリという土地は、個々人の経済的な部分の厚みがないと見えないものがありますね。わたしは幸運なことに様々な面で余裕があったため、おそらく一般的には体験できないフランス文化を経験しました。その体験が今回の本の射程距離となっているかもしれません」
-そのフランスでの生活から得たお話を伺いたいです。
「フランスという国がもっているヒューマニズム、寛容と連帯、そして芸術的な才能に対してのレスペクトは、フランスという国を語る上で重要な部分です。 特にパリの1920年代というのはヨーロッパの文化人が集結していたという、本当に奇跡の瞬間だったと思います。そして、ジャズがあの時代の知識階級に与えた衝撃です。西洋音楽の素養をもちながら、しかし第一次世界大戦を経て19世紀的な価値観への懐疑から来る転換期に、ジャズという革新的な音楽が彼らにもたらしたものは測りがたいものでした」
-その時代にいた日本人の存在というのも面白いですね。それに目次にでてくる名前、例えば永井荷風、薩摩治郎八、大杉栄、林芙美子、中上健次、武満徹、大江健三郎...を目にするだけでも興奮します。
「フランスという国は、階級や地位それらを超えてアーティストを諸手を挙げて歓迎する傾向があると思います。本書に登場するピアフ、モンタン、あるいは毀誉褒貶あるコクトーにしても、彼らの出自とその後のアーティストとしての存在は、フランスという国があってこそ成り立つのではないでしょうか」
620ページ二段組に及ぶご著書はご本人が「フランス文化やジャズに興味のある方に読んでいただきたい」とおっしゃる通り、文化のメインストリームを歩んだジャズがフランス文化の全体像の中で縦横無尽に駆け巡る大作だ。 個人的な感想を言えば、わたしがジャズを求めフランスに渡った理由が、この本には詰まっている。文化のアーカイブ、そして人類の好奇心がジャズを求めた足跡が読み取れるからだ。
『パリの空の下ジャズは流れる』(晶文社)の出版を記念して名門ジャズ喫茶「いーぐる」でトークショーを開催。
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●宇田川悟著『パリの空の下ジャズは流れる』(晶文社)刊行記念トーク
「ジャズはフランスに何をもたらしたか」・・・
パリに20年暮らし、フランスの社会、文化、ガストロノミーに詳しく、フランスの音楽について取材、雑誌を中心に日本のメディアで発表してきた作家、宇田川悟氏の著書『パリの空の下ジャズは流れる』は、20世紀初頭にアメリカからパリに種子を撒かれた革命的なジャズ音楽がフランスの知識階層に衝撃を与え、そして芸術のメインストリームを歩みながら、両大戦、政治、思想、文学、クラシック音楽、演劇、映画、写真、モードなどと交錯・格闘し、いかに普及していったかを辿った作品です。その刊行を記念して、ジャズの歴史を研究する音楽評論家村井康司氏と宇田川氏が、フランスにまつわるジャズの音源を紹介しつつ対談します。
会場:ジャズ喫茶いーぐる
JR中央線、東京メトロ丸ノ内線・南北線【四ツ谷駅】徒歩3分
📞03-3357-9857
日時:12月9日(土)午後3時30分開演
会費:5,500円(『パリの空の下ジャズは流れる』1冊を含む。書籍の価格は3960円)+オーダー
宇田川 悟(うだがわ・さとる)
一九四七年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。作家。
二〇年にわたるパリ生活より、フランス社会事情、文化、ガストロノミーに詳しく、フランスの音楽について取材、雑誌を中心に日本のメディアで発表してきた。二〇一〇年フランス農事功労章シュヴァリエ受章。主な著書に、『食はフランスに在り』(小学館ライブラリー)、『パリの調理場は戦場だった』(朝日新聞社)、『書斎探訪』(河出書房新社)、『フレンチの達人たち』(幻冬舎文庫)、『フランス料理は進化する』(文春新書)、『ホテルオークラ総料理長小野正吉』(柴田書店)、『覚悟のすき焼き』(晶文社)、『VANストーリーズ』(集英社新書)、『欧州メディアの興亡』(リベルタ出版)など多数。訳書に二〇一四年にノーベル文学賞を受賞したパトリック・モディアノ著『カトリーヌとパパ』(ジャン=ジャック・サンペ絵、講談社)など。
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