#05 『チェット・ベイカー/ライヴ・イン・ジャパン 1986 仙台』 岡本勝壽
1986年、電力ホールで行われたチェット・ベイカー仙台ライヴ盤。
『Chet Baker / Live In Japan 1986 仙台』
Timeless/Ultra-vybe
発売日 :Vol. 1 2024年12月25日
Vol. 2 2025年 1月22日
チェット・ベイカー(tp,vo)
ミシェル・グライユール(p)
リカルド・デル・フラ(b)
ジョン・エンゲルス(ds)
Vol.1:
1. イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー
2. ブロークン・ウィング
3. バット・ノット・フォー・ミー
4. ラウンド・ミッドナイト
1986年3月18日 仙台電力ホールで録音
Vol.2:
1. フォア
2. マイ・ファニー・ヴァレンタイン
3. レイズ・アイディア
4. 星影のステラ
5. ゼアール・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー
1986年3月18日 仙台電力ホールで録音
Album produced by Win Wigt
Directed by Hidetoshi Tanaka
Recorded live in Sendai @Denryoku Hall, Miyagi, Japan
Liner notes : Hidetoshi Tanaka
Cover Photo by K. Abe
音楽ディレクターの田中英俊氏から「1986年、チェットが電力ホールで演奏した時の音源が見つかり年内にもリリースされる予定です」とお聞ききしたのは、9月上旬のことだった。
「あれから38年。いや、38年も過ぎてしまったのか」という懐かしさと不意打ちを食ったような不思議な気持ちになった。|
それにしても電力ホールでの演奏が聴けるとは、夢にも思わなかったのだ。
「ジャズ批評」の原田和典編集人(当時)から取材いただき投稿していたチェット特集号(チェット・ベイカー2001年4月 No.107)を読み返した。
チェット・ベイカーの仙台公演が行われたのは、3月18日。
再起不能の噂が何度となく飛びかっていたチェットの初来日公演であり、仙台のジャズ・ファンの間でも話題になっていた。
「チェットが、仙台に来るんだってさ」「昔のような演奏ができるのだろうか?」「行ってみる価値はあると思うんだけど...」
そのような会話が交わされた。
かつて、絶大な人気を誇ったチェット・ベイカーが来仙するのだ。
ジャズ界のジェームズ・ディーン。トランペット、そして歌声も優しくて感動的で、たった一音で「ステージを支配してしまうスター・プレーヤー」であるチェズニー(チェット)・ベイカーの仙台公演。
今の時代ならチケットは、即日完売だろう。
正直なところ、当時は、何とも微妙な空気が漂っていた。
中性的で甘美な歌声と薬物中毒。麻薬のお金が払えず、マフィアに歯をへし折られた?歯を抜かれたってさ。56歳でようやく日本に来るのか?もう昔のようには吹けないのだろう。(1980年代は、プレーヤーのパフォーマンスを年齢で決めつけてしまうような風潮があったように思う。)
どうなんだろう。市内プレイガイト(森天祐堂)で1列目の座席を確保したが、チェット(ベイカー)のチケットをゲットした、と自慢できる雰囲気ではなかった。
電力ホールの入った電力ビルは、高度経済成長が始まる1960年8月に完成しており、ホールは、7階にある。
ビル・エヴァンス・トリオ(1974年)、日野皓正さよなら公演、ソニー・ロリンズ(1975年)、ケニー・バレル&鈴木勲、ジョニー・グリフィン4(1976年)、J.J.ジョンソン&ナット・アダレイ(1977年)など数多くのジャズ・ジャイアント達が演奏し、キース・ジャレット・スタンダード・トリオ絶頂期のパフォーマンスを捉えたと称される「KEITH JARRETT TRIO LIVE IN SENDAI 1986」(キースジャレット・ライブ・イン・仙台 1986)のライブの模様が録音、リリースされたホールとしても知られる。
移転が決まっている宮城県民会館と2030年に解体される予定の電力ホールは、「楽都仙台」の象徴的建物であり、仙台のカーネギー・ホールだと思っている。
ライブ当日、期待と不安とが入り混じった表情のジャズ・ファンの姿が目に付いた。
少し遅れてホールに入ると空席が目についた。私のすぐ後ろの席に一関「ベイシー」菅原正二マスターの姿があった。
〇田中英俊氏から送られたチェットのライブ音源
10月初め、田中氏から「クリアランスも取れて年内の発売を目指していよいよ動き出しました。まだスタジオ作業をしていないため録音したままの状態の音源ですが、ご自宅にCDRに焼いてお送りしますので、お聴きください。」というメールが届いた。そして、CDRが届けられた。私も一役買うことになっていたから一枚送っていただいたのだ。
ワクワクしながら1曲目の演奏曲「If Should Lose You」を聴いた。「ラブ・ソング」を軽快なアップ・テンポのリズムにのせて演奏するチェットをミシェル・グライユール(p)、リカルド・デル・フラ(b)、ジョン・エンゲルス(ds)が、軽快なビートでサポートする。ピアノのグライエールは、フランス生れ。日本ではあまり馴染みがない演奏家だが、来日時点でリーダーとなる6枚のLPを録音しており、最も優秀なジャズ・ミュージシャンに贈られるジャンゴ・ラインハルト賞を受賞し、数々の名プレーヤーと共演歴がある。ベースのデル・フラは、イタリア生れ。イタリアを訪れたカイ・ウィンディング、アート・ファーマーのバック・ミュージシャンとしてプレイを重ね、79年にチェットと出会い、レコーディングしている。ドラムスのエンゲルスは、オランダ生れ。オランダの人気プレーヤーでオランダ版グラミー賞にあたる「エジソン賞」を数回受賞し、著名ジャズ・ミュージシャンとの共演歴が多数と紹介されていた。1曲目が演奏された時に「おおっ!」と囁いた菅原さんをしっかり記憶している。チェット・ベイカーの持ち味である表現力豊かな音色と力強さがホールを支配した。
2曲目は「Broken Wing」。チェットお気に入りの曲だ。パリのジャズ・クラブにおける演奏で知られている楽曲だが、ここでは、ミシェル・グライユールのピアノ、リカルド・デル・フラのベース・プレイに乗ってリラックスした中にも哀愁を感じさせるチェットの演奏を堪能することができる。
3曲目の「But Not For Me」では、アップ・テンポによるチェットのヴォーカルとトランペットが楽しめる。聴衆も思わずスキャットしてみたくなるような、そしてスピード感のあるプレイ。チェットを目当てに来場したジャズ・ファンの心配を払拭する演奏を聴くことができる。ドラムスのエンゲルスは、全てにおいて出しゃばることがなくソロのパートでは、持ち味を十分発揮している。
4曲目は、マイルス・ディヴィスの演奏でも知られるセロニアス・モンク作曲の「Round Midnight」。グライユールのピアノ・ソロに続いて、さわり部分を歌心ある音色で奏でるチェットに思わず拍手を送ろうか、じっくりと演奏を堪能しようとするかという聴衆の様子が捉えられている。
全編を通じていえることだが、少ない音符だけで力強く、そしてリラックスした中に歌心があふれる、前評判を覆すチェットの演奏を楽しむことができた。
田中さんに録音データについて問い合わせると、「当日の演奏曲目順に収録されています。」とのこと。ダイレクトに当日の感動が伝わる編集内容だ。
2024年12月、天国のチェットからジャズ・ファンへ贈るクリスマスプレゼントなのだと思った。1月発売予定の第2集は、少し遅れてのお年玉だろう。
全曲を聴き終え、先日亡くなられた中平穂積マスターが「ライヴは楽しい。僕は、ライヴ盤が大好きなんだよ。」と言われていたことを思い出した。
岡本勝壽(おかもとかつじゅ)
東京大田区生れ。仙台育ち。幼少時にエノケン(榎本健一)、ジャズ三人娘(美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみ)や彼女たちをバックで鼓舞するジャズ・バンドの演奏に魅かれる。
楽都仙台をベースに半世紀余り「ジャズ巨人達」の生演奏に触れる。
宮城芸術文化館理事(気仙沼市)。近代仙台研究会会員。
オーディオ仲間とレコード鑑賞会とジャズ・ライヴを企画・開催(仙台良音俱楽部)。
(展示企画)「楽都仙台と日本のジャズ史展(2019ー2024)」実行委員会委員長
(映像作品)ドキュメンタリー「楽都仙台と日本のジャズ史」2022年
〃「楽都仙台と日本のジャズ史(特別編)」2024年
楽都仙台と日本のジャズ史制作委員会委員長
(寄稿)
・ドキュメンタリー「楽都仙台と日本のジャズ史(藤崎)」DVD作品ライナー
・ジャズ批評誌(Vol.107)「チェット・ベイカー特集号」寄稿
(近著)
・「仙台ジャズ物語 楽都仙台と日本のジャズ史」(金港堂)2023年3月31日初版
・「仙台ジャズ物語 楽都仙台と日本のジャズ史」(金港堂)2023年4月12日第2刷
(出版協力)
・「Memory’s Jazz concert 60 years 石塚孝夫著」 2019年8月11日刊行