天空の杉田誠一さんへ by sara(.es)
杉田さんと実際にお会いしたのは4回、だと思います。その4回とも、彼が主宰していた「Bitches Brew」へのライブ出演という形で。それだけなら幾多の音楽家と変わらない、さして深くもないご縁なのですが、2021年を境に、忘れ得ぬ人となりました。
「さして深くもないご縁」から強い印象へと変わったことは、多少なりとも、彼にとっての自分もそうだったのではないかと思います。杉田さんは2014年のBitches Brew初出演以降、ライブの度にSNSで演奏への印象を書いてくれました。2021年以前は.es(ドットエス:橋本孝之&sara)について。相方だった橋本孝之さんが2021年5月に旅立って以降、杉田さんは「saraはsara(.es)として旅立った」と記しています(ジャズ批評225号コラムにて)。さらに同誌にて「.esというユニットは橋本孝之×saraではなく、実験工房としてのギャラリーノマルの林聡との三位一体のユニット」ともー。
数回のライブ出演時、そんなに長く語らったわけではないのですが、私たちの演奏や背景や考えを、彼なりに読み取ってくれているのは感じていました。
そんな杉田さんから突然のお電話をいただいたのは2023年の秋、しかも夜半でした。旅立たれる約1年前ということになります。開口一番「あなたのアルバム(ソロになってからの私のアルバムを杉田さんへ送っていました)からは橋本が聴こえてくる。それでは橋本孝之を超えられない」と。少々乱暴な口調で、酔っておられるのかと思いました。しかも、さして深くもないご縁です。最初は動揺しましたが、何故か、きちんと話をしないといけないと直感的に思い、言い分をよく聞いた上で、自分の演奏に対する考えや、彼が誤解している点について出来るだけゆっくり、穏やかに伝えました。
一時間くらいは話していたと思うのですが、最初はやや興奮気味に思われた彼の口調が次第に穏やかに変化して、最後は「ようやく分かりました。あなたの演奏を聴きに、僕はギャラリーノマル(私たちのホームグラウンド)へ行きますよ」と。電話の後「誠の衝動を持って、期待しています」とメッセージが届きました。
電話中、杉田さんは本筋から離れて、若い時にNYへ渡った頃のこと、日本人として初めてジャズ界の巨星たちと出会ったことなどを話してくれました。それは誰に対しても話していた内容だと思いますが、何かを伝えたい、残したいという思いがあるのではないかと感じながらただ聞いていました。その電話を機に、杉田さんはさらに自分の中に強い印象を残しました。いかにも人間的で、個性的で、複雑な生き方ではあったでしょうが、すべて含めて粋な人だった、と思うのです。
2024年に入院されてからも、しばらくはSNSに病院食や見舞い客の様子などをアップされていましたが、それも途絶えたある日、また突然、電話をいただきました。「実はね、もう歩けなくなっちゃったんですよ…落ち込んじゃっててね」。「大丈夫ですよ!車椅子があれば、どこにだって行けますから。杉田さん、どうぞ気持ちお元気でいてください!」。「あなたと話してると、何だか元気が出てきたよ、ありがとう。そうだね」と、最後は笑い声も出てきて、何か安堵したのはさらに大きな手術の直前だったかもしれません。それが杉田さんと話した最後になりました。
その後、自分の身辺にも色々なことが起こりましたが、時折、杉田さんの心へ念のような祈りのような励ましのメッセージを送りました。でももうその頃には旅立たれていたことを昨日知りました。
SNSで杉田さんが書いてくれたことは、もうネットの海の中に埋もれてしまっていますが、2022年の「ジャズ批評」コラム「JAZZ meets 杉田誠一 vol.15 Sara Dotes」に残してくれた文章は、自分には大切な宝物となりました。杉田さん、人名や事実関係、間違いありますよ。でもいいんです、そんなことは。誌面で彼が選んでくれた2ショット(2021年のBitches Brew出演時)を、ここに載せます。そして、彼がコラムの最後に記してくれた美しい詩のような、大好きな文章をここに残したいと思います。
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sara(.es)が舞うピアノの音どもは、星ふるごとく天空から降りてくる雪の結晶として、ぼくの脳裏に、しんしんと降りつもっていく。その結晶は、限りなく正三角形であらんとする。
実際に、ふってくる雪に、音楽を聴かせると結晶は、六角形から多様に変容するときく。
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杉田さんがジャズ界で切り拓き、残した多くのことを、いまだに私はよく知りません。でも、忘れ去られてはいけない人であることは知っています。私は生涯、杉田さんを忘れないです。晩年に杉田さんがあえかなご縁の中で私に残した色々には、感謝しかありません。ありがとうございます。そちらでも、音楽と美食と花々を楽しんでー粋なままでいてください。
2025年3月5日
photo キャプション:
1. 口絵:2021年10月8日「Bitches Brew」出演時
2. 2021年10月8日 杉田誠一さん撮影。ピアノの調律をして迎えていただいた。
sara (.es) – サラ・ドットエス piano, percussion
2009年「Gallery Nomart (ギャラリーノマル) 」をホームに橋本孝之 (alto sax, guitar, harmonica) 、アート・ディレクター林聡と共に.es (ドットエス) 結成。領域を縦横無尽に横断する音楽家として独自の存在感を放つ。 “音”と“音楽”の間 (ま) で交錯する感覚を表現。2022年秋、宇都宮泰との出会いを機に「Utsunomia MIX」プロジェクトを始動。 2021年5月橋本孝之永眠、2024年11月林聡永眠後も「音に限定しない表現」「アートへ向かう」という意志を「.es」名で承継。さらに表現領域を交差させた水路を拓く。
橋本孝之、杉田誠一、Bitches Brew、林聡、ギャラリーノマル、sara(.es)