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ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報Jazz Right NowNo. 233

連載第25回 ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報

text by ジーン・ランダース(Jeanne Landers)and ジョン・モリソン(John Morrison)

translated by 齊藤聡 (Akira Saito)

I. ジェイミー・ブランチ『Fly or Die』

2017年5月にリリースされたジェイミー・ブランチ Jaimie Branchの『Fly or Die』を、この数時間聴いていた(いまもパソコンのキーボードを叩く音とともに、筆者の前のスピーカーから聴こえる)。冒頭曲が始まるやいなや、色が攻めてきた。主メンバーは、ブランチ(トランペット)、トメカ・リード Tomeka Reid(チェロ)、ジェイソン・アジェミアン Jason Ajemian(ベース)、チャド・テイラー Chad Taylor(ドラムス)であり、さらにベン・ラマー・ゲイ Ben Lamar Gayとジョシュ・バーマン Josh Berman(コルネット)、マット・シュナイダー Matt Schneider(ギター)が加わっている。テイラーは、ブランチのトランペットの動きや発展に、活力あるバックドロップを与えている。「Theme 002」は鮮やかな色彩とともに始まり、弦の音が続く。トランペットの音の幅は高低ともに実に広い。ブランチは新しいサウンドに挑み、私たちの想定できない何ものかを創りだそうとしているようだ。トランペットとともに、生々しい色彩が爆発している。

ブランチのサウンドは、塗料を投げつけて表面を塗りつぶすかのように飛び散る。目を閉じてただ聴いていると、バーントオレンジ(濃いオレンジ)と深紅のイメージが立ちのぼり、トランペットに暖かく包み込まれる。それは広がり、彼女が選んだ空間を満たしてゆく。このアルバムを通じて、筆者は、彼女の激しい「絵画」を視た。私たちは彼女とともに一歩下がってみなければならない。コバルトと、鮮やかなブルース。彼女の創作を幻視していると、トランペットの短い息遣いが集中を乱してくる。この経験は、ブランチが自身の芸術にどれだけのものを注入しているのかを感じたということでもあった。筆者は、「Theme 002」と「Meanwhile」がほとんど溶け合っていることに気づいた。時間の表示を見るまでは、冒頭曲がどこで終わり2曲目がどこで始まるのか気付かなかった。アルバム全体を通して聴いても、曲と曲とがシームレスにつながっており、ある種の連続性がある。アルバムの進行と微妙な間は、提示されつつも、流動的でもある。「Leaves of Glass」の最初の数音は、曲が重くて不吉なものになるまで繰り返される。浮力は反復しながら崩れてゆき、爆発する。ここで音が散り散りになり、それぞれの楽器が曲の中に創り出す場所が反発しあう。曲の最後では断片化が感じられる。音が立ち上がり、倒れ、なお地面に横たわり、壊れてしまったようだ。ホイットマンの『草の葉』へのオマージュだとみることも可能かもしれない。自分自身と大きな世界とのつながりを持つ詩と、このアルバムの活力とは、驚くほどパラレルだ。どちらも生命力を持ち、周りの人生を知覚している。ホイットマンの文章のように、本盤には熱気と神聖さとがある。

「The Storm」は題名通りだ。顕著な騒乱状態にあり、怒りや重さもあり、トランペットが対抗して演奏する。これは、ひどい暴風雨の後のようにエネルギーが落ち着くまで、混乱の環境を創り出している。依然として嵐の圧力を感じつつも、最後には一時的な平穏がある。次の曲は「Waltzer」であり、2分15秒以降に発生する音の動きに最も惹かれる。サウンドが溢れるたびに曲の方向が少し変えられ、トランペットが再び壊れるまで音を放つ。次のタイトル曲は、暴力と情熱に彩られている。1分にも満たない頃、「Theme Nothing」に続き、活力と強さをもたらす。最後の曲「Back at the Ranch」はヴォイスで始まり、聴く者の上をなめらかに漂い、官能的に終わりを迎える。弦がスペインのギターに似たサウンドを生み出し、「Fly or Die」は熱い音で締めくくられる。眼前で何かが始まって終わり、その後も、私たちは大気にそれが充満していることを感じ続ける。

text by ジーン・ランダース Jeanne Landers

II. Hear in Now『Not Living in Fear』

アメリカ人のマッツ・スウィフト Mazz Swift(ヴァイオリン)とトメカ・リード Tomeka Reid(チェロ)、イタリア人のシルヴィア・ボロニェージ Silvia Bolognesi(ベース)からなる現代の弦楽器トリオ「Hear in Now」は、クラシックの様式と、ジャズの感覚とを融合したものである。これまでに、アンソニー・ブラクストン Anthony Braxton、ホイットニー・ヒューストン Whitney Houston、ディアンジェロ D’ Angelo、ロスコー・ミッチェル Roscoe Mitchell、カニエ・ウェスト Kanye West、ジェイ・Z Jay-Z、ブッチ・モリス Butch Morris、ウィリアム・パーカー William Parkerらと共演し、また3人のみによる作品も残している。最新のプロジェクト「Not Living in Fear」は、アイデア、感情、地域性、スタイル、過去と現在の間に独特な橋を架けている。

冒頭の「Impro 3」において、スウィフトのヴァイオリンはすすり泣くようでもリリカルでもあり、ボロニェージの自由に模索するようなベース、リードの力強くアブストラクトな対位旋律に対峙して、全方位に飛翔する。独房の扉が閉められ鎖ががちゃりと鳴る音から始まり、音の力が強くなってゆき、ひりひりした雰囲気となる。何しろ、かつてのアメリカ南部におけるホラー映画の音楽といってもおかしくはない。そんな雰囲気を探っているような曲だ。「Leaving Livorno」は短く厳粛な曲であり、そのまま、甘く楽天的に弦が弾きしっちゃかにパーカッションが叩く「Transti」につながる。最初は遊んでいるようなのだが、やがて、外に拡張し、それまでよりも不吉感があり挑むような音をみせてゆく。「Requiem for Charlie Haden」は高名なジャズの作曲家・ベーシスト(チャーリー・ヘイデン)に捧げられた曲であり、ボロニェージは豊かに轟くような音色をもって楽器を自在に操ってみせる。

『Not Living in Fear』は、「伝統的」でポピュラーな形のメロディに根差しつつ、即興音楽の本質を突く作曲を提示しおおせていることが独創的だ。「Circle」が、その考え抜かれた両要素のミクスチャーの白眉である。ベースが繊細に主旋律を弾きつつ重く前進する中、スウィフトが、曲のメロディに対位するよう甘くも苦くもあるヴァイオリンを弾く。曲の主題がみえてきたら、ボロニェージが、機敏で味わい深いソロを取る。ここには多くのフリージャズのベーシストの影響を見出すことができる。

アルバムのタイトル曲が、このプロジェクトの中心である。美しくシンプルなヴォーカルが、円環するベースラインと微妙なピチカートの周りを旋回する。AACM (Association for the Advancement of Creative Musicians) のメンバーとしても名高いディー・アレクサンダー Dee Alexanderは、力強く甘い歌声で入ってきて、直接的で示唆的な人生の教訓を提示する。「怖がって恐怖のなかで生きていかないで。人生はいつだって変化球」と。この光のかけらは、ダークで傷ついたようなアルバムの雰囲気の中で、鋭くたち現れる。それは、押しと引き、光と影、恐怖と愛情といった反対方向のダイナミクスの間で揺れ動き、豊潤でバランスの取れた成果を創り出している。

text by ジョン・モリソン John Morrison

フィラデルフィア在住のライター、DJ、プロデューサー。ソロ・アーティストとしても、デビュー作となるヒップホップのアルバム『SWP: Southwest Psychedelphia』(Deadverse Recordings)をリリースした。ツイッターとインスタグラムは@John_Liberatorをフォローされたい。


【翻訳】齊藤聡 Akira Saito

環境・エネルギー問題と海外事業のコンサルタント。著書に『新しい排出権』など。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley

ブルックリンのプラット・インスティテュートで教鞭(文化史)をとる傍ら、2013年にウェブサイト「Jazz Right Now」を立ち上げた。同サイトには、現在までに30以上のアーティストのバイオグラフィー、ディスコグラフィー、200以上のバンドのプロフィール、500以上のライヴのデータベースを備える。ブルックリン・シーンの興隆についての書籍を執筆中。http://jazzrightnow.com/

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