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From the Editor’s Desk 稲岡邦彌No. 313

From the Editor’s Desk #18 ざわつくSACDの周辺

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

最近、気になるSACDがリリースされたこともあり、SACDを聴く機会が増えている。
SACDは、Super Audio CDの略。「高精細CD」と言ったら良いのか、あるいは「CDの高品位ヴァージョン」と言ったら良いのか。しかし、共通するのはCD(光ディスク)という名の容器だけであり、両者は似て非なるものと言っても良いだろう。
CD(コンパクト・ディスク)は、日本のソニーとオランダのフィリップスが1970年代から共同開発、1982年10月1日、ソニーから世界初のCDプレイヤー、CBSソニーから世界初のCDソフトが50タイトル発売された。CDの音楽収録時間は74~80分だが、これは当時CBSソニーの社長だった大賀典雄がベートーヴェンの『第九交響曲』を1枚のCDに収録できる容量、として決めたというのはよく知られた事実。それまで『第九』はLP2枚組、四面に分けて収録されていた。
僕が初めてCDに手で触れたのは1982年、拙著『新版 ECMの真実』にも詳細を記した通り、ECMのプロデューサー、マンフレート・アイヒャーから手渡されたキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』(ECM1064/65) のテスト・プレスだった。何より嬉しかったのは Part 2、レコードでは3面に分かれて収録されていた40分弱の演奏がコンサートと同じように切れ目なく通して聴けること。レコードではフェイド・アウト、フェイド・インをそれぞれ2回ずつ繰り返す必要があり、感興を削がれること甚しかった。さらには、ソニーのCDウォークマンが発売され、ヘッドフォンを使えば外出中、いつでもどこでも聴けるようになったこと。僕はCDのメリットをこの2点に見ていた。音質の問題はさておいたとしても。
一方、SACDは1999年3月に同じくソニーとフィリップスで規格化され、同年5月にプレイヤーとコンテンツが発売に至る。
仕様的にみると、CDはオーディオフォーマットとしてPCM方式を採用しているのに対してSACDはDSD (Direct Stream Digital) 方式を採用、結果的に、CDのサンプリング周波数44.1kHzに対しSACDは2.822MHz(約45倍以上)、データ容量は780MB:4.7GBだから(約6倍以上。2chステレオで74分:109分)、再生周波数は5~20kHz:0~100kHz(人間の可聴域は20Hz~20kHzと言われているが)、ダイナミック・レンジはCD96db以上に対しSACD120db以上。このように数値的に見てもCDに対しSACDは圧倒的優位性を見せている。
通常のCDとSACDを1枚のディスクに2層(ダブル・レイヤー。表面側にSACDレイヤー、下にCDレイヤー)仕立てにしたディスクを「ハイブリッド」と称し、通常SACDと称して販売されているディスクはほとんどがこの「ハイブリッド」仕様。通常のCDプレイヤーではCDレイヤーのみを再生し、SACDの再生にはCD+SACDハイブリッド仕様のCDプレイヤーを使う。このハイブリッド仕様のCDプレイヤー (CD/DVDプレイヤーとも称されている)でハイブリッドCDのCDとSACDを再生、聴き比べてみるとSACDの優位性が一聴瞭然。サンプリング周波数の優位性から結果する音の木理(きめ)の細かさ、再生周波数とダイナミック・レンジの優位性に起因する音場の豊かさと臨場感、もちろん、マスターテープと再生装置のクオリティに依存はするが、SACDの音に「耳が洗われた気がした」とまで表現するリスナーがいるのも事実である。(注:上掲チャートは、PhileWeb掲載、林正儀のオーディオ講座 「第19回:CD/SACDの仕組み」2008年 03月 5日 :水曜日掲載から転載)

最近気になった例では、オーディオ・エンジニアのオノセイゲンがコンパイルとマスタリングを担当した『ジャズ、ボサ&リフレクションズ Vol.1』(Universal)。オーディオのリファレンス用にも使えると謳われている通り、古い録音ながら音のキレの良さと表情の豊かさは群を抜いている。名手の名曲、名演が25曲収録されているがハイブリッド仕立てで25曲中、8曲はSACDのみに収録されている。これは、CDの収録時間を超えた分をSACDに収録したものと考えるべきで、SACDの特性を活用した例といえよう。
SACDの発売に積極的なディーラーがタワーレコード。自社のオリジナル企画として2021年3月からECMの名盤のSACD化に取り組み、現在までに30タイトルをリリース。タワレコの熱意に押し切られた形でECMがマスタリングを管理するという条件でリリースに同意したという。結果は上々で、なかには追加生産に及んだタイトルもあるという。元々、音のクオリティには定評のあるECM、マスターに近い音の再現とあればCDを所有しているリスナーも思わずSACDに手が出てしまうのだろう。ECMのSACDシリーズ成功の余勢を駆って、タワレコでは「AdLib」創刊50周年記念と銘打ち、70年代フュージョンの名盤15タイトルを昨年12月3回にわたってリリース。シリーズには一世を風靡した渡辺貞夫の『カリフォルニア・シャワー』や『マイ・ディア・ライフ』も含まれ、オーディオマニアと化したかつてのフュージョン・ファンに受けているようだ。
直近では、ディスクユニオンからリリースされた韓国の女性ジャズ・ディーヴァMOONとピアノの山本剛の『ミッドナイト・サン』。まず、4月にCDをリリース、6月にSACD(シングル・レイヤー)とアナログで追いかけるという。さすが、機を見るに敏だが、”一粒で二度おいしい” といったところか。
はたしてSACDはハイレゾ配信に対するフィジカルの救世主になり得るのだろうか、大いに関心のあるところだ。

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Interview オノセイゲン
https://jazztokyo.org/interviews/post-97070/

♪ SACDとは(SACD普及委員会)

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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