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Monthly EditorialEinen Moment bitte! 横井一江No. 329

#52 アルバート・マンゲルスドルフ賞はローレン・ニュートンへ

 

text & photo by Kazue Yokoi  横井一江

 

Lauren Newton  @JAZZ ART Sengawa 2018

9月1日付でドイツのジャズ界に貢献した音楽家に贈られるアルバート・マンゲルスドルフ賞の受賞者が発表された。今回の受賞者はローレン・ニュートン。何度も来日しているヴォイス・パフォーマーでもあるので、この話題を取り上げよう。

アルバート・マンゲルスドルフ賞は、1994年にドイツ・ジャズ・ユニオンによって設立され、継続的な音楽的業績と重要な役割を果たした傑出した音楽家へ2年に一度贈られる。ヨーロッパ各国ではジャズ関連の賞が色々あるが、とりわけドイツはその数が多い。コロナ禍の2021年に当時の文化大臣モニカ・グリュッタースが立ち上げたドイツジャズ賞 Deutscher Jazzpreises をはじめ近年増加している。その中でも歴史のあるアルバート・マンゲルスドルフ賞は、ドイツジャズ賞のような派手な授賞式はないが、ドイツの数ある賞の中でも特別な意味合いを持っている。

第一回の受賞者はアレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ。それ以降の顔ぶれをみても1960年代以降に先駆的な活動で音楽シーンを牽引し、足跡を残したミュージシャンが多い。ペーター・コヴァルトやペーター・ブロッツマン、ギュンター・ハンペル、また旧東ドイツで生まれたエルンスト・ルートヴィッヒ・ペトロフスキーにしても、フリージャズの時代を通過したミュージシャン達だ。その音楽性において、アメリカのジャズから脱皮して、独自性を見出した者達である。真の功労者たちといえよう。2010年代に入ってからは、世代交代の意味もあってか、ニルス・ヴォグラム 、アキム・カウフマン 、アンゲリカ・ニーシャーが選ばれているが、いずれも秀でたミュージシャンだ。また、2021年にはベルリン在住の高瀬アキが受賞している。

昨今ドイツに限らずヨーロッパでは、例えばフェスティヴァルの出演者選定に当たってジェンダーバランスを考慮する傾向があるように思う。今回は女性だが、この賞の過去16人の受賞者のうち、女性は3名のみだ。21世紀に入ってからは女性もジャズ・シーンで数多く活躍するようになったとはいえ、それ以前を振り返れば圧倒的に男性ミュージシャンが多かったことを考えれば、男性の受賞者が多いのは当たり前といえば当たり前である。だから、女性が受賞したことについてジェンダー的視点を持ち込んでもあまり意味がないだろう。

今回、注目すべきは初めてボーカリスト/ボイス・パフォーマーが受賞したことにある。しかも、所謂歌手ではなく、長年に亘って声を用いた表現を探求してきた音楽家だ。これには、やっと声の表現に評価が追いつたという感を受ける。受賞理由につて審査員団はこのようなコメントを記していた。

アルバート・マンゲルスドルフ賞2025は、誰も歩んだことのない芸術的な道を驚くほど徹底して追求し、その揺るぎない姿勢によって数多くの音楽家を鼓舞し、勇気づけてきた芸術家に贈られます。ローレン・ニュートンは即興音楽の揺るぎない星であり、作曲家であり演奏家、創造者であり即興者、歌手であり声を楽器とする演奏家でもあります。使い古されたクリシェを徹底的に打ち壊し、音と深い人間的コミュニケーションから成る新しい世界を築き上げる創造者です。

また、GEMA財団専務理事 モニカ・シュタウト博士はこのように述べている。

ローレン・ニュートンは、その独自の音楽言語によって、ジャズにおける実験的フリー・ヴォーカルの中心的な存在として確固たる地位を築いています。アルバート・マンゲルスドルフ賞は、ジャズ界に先駆的な刺激を与えてきた人物を顕彰するものです。彼女の革新的な創造活動は、この賞の理念をまさに体現するものといえるでしょう。

オレゴン州に生まれたローレン・ニュートンは、シュトゥットガルト音楽大学に留学し、クラシック/現代音楽を学び、その後ヴォーカリストとしての活動を始めた。マティアス・リュエグと知遇を得たことから、1977年、ウィーン・アート・オーケストラを立ち上げた時にメンバーとなる。また1983年のメールス・フェスティヴァルで注目された「ヴォーカル・サミット」に参加。1990年にウィーン・アート・オーケストラ退団以降は、ヴォーカル・カルテット「タンブル」を結成、またアンソニー・ブラクストン、フリッツ・ハウザー、ジョエル・レアンドル、フィル・ミントン、バール・フィリップスを始めとする多くのミュージシャンやダンサー、詩人、アーティストとコラボレーションを行ってきた。1982年のパンムジーク・フェスティヴァルで初来日して以来、何度か日本に来ており、佐藤允彦、巻上公一、沢井和恵、齋藤徹などと共演している。

また、スイスのルツェルン音楽大学で教鞭をとり、後進の指導に当たってきた。2022年には『VOCAL Adventures, Free Improvisation in Sound, Space, Spirit and Song』が Wolke Verlag から出版された。

フリージャズの時代以降、1960年代から70年代にかけて起こった一種のムーヴメントの後、独自の即興表現を追求する様々な演奏家が出てきた。その中で楽器奏法や表現方法も開拓される。だが、声の表現においてのそれが顕在化したのは1980年代に入ってからだろう。それは多分野で起こり、例えば現代音楽のメレディス・モンクやデモーニッシュな表現で注目を浴びたディアマンダ・ギャラスなどがいた。ローレン・ニュートンもそのような一人であり、即興パフォーマンスにおいて、その身体を楽器とすることで声をサウンドとし、時に言語も用いて、その表現を追求してきた。彼女に特徴的なのは、音楽家のみならず、詩人やダンサー、視覚芸術家とのコラボレーションを重ね、独自の世界を築いてきたことだ。現在、声の表現者は数多くいるが、ローレン・ニュートンはその端緒を開いたひとりといえ、その革新性が今日の多くのヴォイス・パフォーマーのひとつの礎になったといえる。

授賞式および記念コンサートは、11月1日にベルリン・ジャズ祭の一環として行われる。ニュートンはジョエル・レアンドルとのデュオで演奏する予定。

心からお祝い申し上げます!


Lauren Newton & Heiri Känzig  @JAZZ ART Sengawa 2018


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横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記念本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 https://kazueyokoi.jimdofree.com

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