JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 ...

CD/DVD DisksNo. 327

#2391 『Junko Moriya Orchestra / Moving Onward』
『守屋純子オーケストラ/ムーヴィング・オンワード』

Spiral  SPIR-01 ¥3,000(税込)

守屋純子 (p,arr) 安カ川大樹 (b) 加納樹麻 (ds) 岡部洋一 (per)
近藤和彦 (as) 緑川英徳 (as) 岡崎正典 (ts) 吉本章紘 (ts) Andy Wulf (bs)
佐野聡 (tb) 東條あづさ (tb) 駒野逸美(tb) 山城純子 (b-tb)
Joe Motter (tp) 奥村晶 (tp) Mike Zachernuk (tp) 岡崎好朗 (tp)

01.Soulful Mr. Morgan (Junko Moriya)
02.A New Step (Junko Moriya)
03.Moving Onward (Junko Moriya)
04.Michel (Junko Moriya)
05.Golliwog’s Cakewalk (Claude Debussy)
06.Anjin, the Pilot (Junko Moriya)
07.Future & Hope (Junko Moriya)
08.Moon River (Henry Mancini)
09.For Kyoko (Junko Moriya)
10.Blues For Hayabusa2 (Junko Moriya)
11.Embraceable You (George Gershwin) ―Bonus Track (CDのみに収録)

Recorded at : Sound City, A Studio, Tokyo  2025.3.26&3.27 by Kiyoshi Okabe


かつてジャズのビッグバンドが重用された時代があった。1920年代以降、ミュージカルを上演する劇場の常設のバンドとして、また大衆の社交場であったダンス会場のバックバンドとして、多くのビッグバンドが誕生し、隆盛を誇った。音楽で身を立てようとする若者たちはこうしたバンドに参加して腕を磨く。アンサンブル要員として楽譜を読む力や楽器のテクニックを磨き、力のある者たちは独立して自分のグループを持つようになる。しかしこうしたプロミュージシャン醸成装置としてのビッグバンドが機能したのはせいぜいスイング・ジャズ全盛期までではなかったか。ビッグバンドの“制約”から解放されようとして生まれたビバップ・ムーヴメントにより、ジャズは踊る音楽から聴く音楽へと遷移するようになると、ビッグバンドの活躍の場は次第に乏しくなる。D・エリントン楽団、C・ベイシー楽団のような超一流は国内外のコンサート・ツアーで収益を上げることは可能だったかもしれないが、多くのビッグバンドはブラス+リード楽器のホーン・セクションとリズム・セクションを合わせた総勢10数名の楽団員の雇用を維持することは経営的に難しかった。それでもそれらの楽団員がハリウッド全盛期やTV番組などのスタジオ・ミュージシャンとして糊口をしのぐことが出来た1950年代~60年代はまだ良かった筈。録音技術の飛躍的向上とデジタル化とよって“生バンド”の需要が無くなった昨今はTVの音楽番組でビッグバンドが登場することはなくなったと言って良い。日本を代表する名門「原信夫とシャープス&フラッツ」ですら、2010年に解散を余儀なくされている。

ビッグバンドにとっての冬の時代となって久しい昨今、多くのビッグバンドは必要な時だけバンマスが声を掛けてメンバーを招集する準リハーサル・バンドとして存続するのが常。
守屋純子が27年の長きに渡って、準リハーサル・バンドとして自己のビッグバンドを維持し、これまでに6枚のビッグバンドのアルバムをリリースしてきたことは奇跡と言っても良いのではないか。かつてのビッグバンドは水を遣り肥料を遣って苗木を育てるように楽団員を育成したのだろうが、現代のビッグバンドの場合は、個々人がそれぞれのグループで力をつけ、バンマスにビッグバンドの一員としてスカウトされて参加するケースが多い。そのためそれぞれの個性的なプレイがバンドのクォリティを左右するだけにバンマスの統率力や作編曲に対する各人の音楽的共感が団員同士を取り結ぶ“ブリッジ”として重要となっている。

守屋純子がビッグバンドに拘るのは当Jazz Tokyoの稲岡編集長が行った彼女へのインタビュー記事#289に明らかなようにデューク・エリントンへの敬愛とビッグバンドの可能性を信じているゆえだろう。
日本には穐吉敏子という女流ビッグバンド・マスターの大先達がいるし、最近は挟間美帆という現代ビッグバンド・マスターのトップランナーの活躍も目覚しい。守屋は丁度その中間に位置する存在で、この三者は正にジャパン・ジャズの三連星のように輝いている。
守屋純子は1965年東京都生れ。幼少期からクラシック・ピアノを習得、早稲田大学在学中に友人に連れられて行ったジャズ喫茶でジャズに開眼。早稲田大学“ハイソサエティーオーケストラ”でジャズを演奏し始め、その後N.Y.のマンハッタン音楽大学修士課程を修了して欧米各地で演奏活動を展開。2005年にはセロニアス・モンク・コンペティション作曲部門で、東洋人としてまた女性として初優勝の栄誉に輝いている。ピアニストとしての実力は勿論のことながら、守屋の才能はビッグバンドでの作編曲にあると言っても過言ではない。

そんな守屋にとってビッグバンドの第7作となる本作品「Moving Onward」は特別な意味を持ったものに違いない。それは“Tribute”をテーマにした彼女のオリジナル曲が収録されていることがその証左である。筆者は、いわゆるトリビュート作品とは対象がミュージシャンならば単にその楽曲を列挙することに止まらず、その音楽性への深い共感=シンパシーは当然のこととして、それをオリジナル楽曲として具現化する創造行為の高みこそがトリビュートの意義であると考えている。その本質は仮にトリビュートの相手が音楽家や芸術家はない場合でも、その人物(物)への敬意や共感性が譜面へと落されてゆく過程で昇華されたメロディ、ハーモニーとして立ち上がる。守屋のトリビュートにはそうした気配が濃厚なのだ。

01.<Soulful Mr. Morgan>。稀代の名トランペッター、リー・モーガンに捧げたこの曲は守屋自身が “令和のthe Sidewinder” だと自認するお気に入りの1曲。60年代ジャズロックのテイストを現代に蘇らせたというステレオタイプの表現には止まらない。ラテン・パーカッションを交えた、うねるようなリズムに乗せてトランペット、アルトサックスとソロが続き、後半のバリトンサックスがリードするアンサンブルの分厚いハーモニーがゴージャスだ。ライヴで人気を博しているのが納得の爽快感溢れるサウンドシャワーが心地良い。

02.<A New Step>は守屋のピアノのイントロに続くリード群~ホーン群の重層的なアンサンブルが開放的なサウンドで実に魅力的。そこから守屋のリリカルなセンスに満ちたピアノソロに至るアレンジが流麗で、守屋の類稀なる作編曲センスを感じさせる。

アルバムタイトル曲03.<Moving Onward>はホーン・セクションとブラス・セクションによるノンリズムのイントロ~テーマが大空への開放感を感じさせた後、スケール雄大なアンサンブルが豪気だ。ソリッドなドラムをバックにソロとアンサンブルがスリリングに絡む展開がビッグバンドの醍醐味をたっぷりと聴かせる。個々人のソロのセンスが素晴らしいのも守屋純子オーケストラならではのクォリティに違いない。

04.<Michel>はフランスの生んだ不世出のピアニスト、ミシェル・ペトルチアーニに捧げたナンバー。筆者はあまり熱心なペトルチアーニの聴き手とは言えないのだが、この楽曲にはフランスのエスプリの香りが感じられる。各人のソロにも洗練されたsomethingが宿っているようだ。

そしてさり気なく挟まれるのが C・ドビッシー作の05.<Golliwog’s Cakewalk>というのも守屋ならではChange of Paceのセンスに違いない。こんなドビッシーは聴いたことがない。この曲での守屋のコケティッシュなアレンジには作曲者自身もさぞ仰天していることだろう。

続く06.<Anjin, the Pilot>は何と三浦按針こと英国人William Adamsへのトリビュート。16世紀の大航海時代に日本に漂着して、徳川家康の臣下となり江戸時代初期の外交顧問、通訳として欧州人で最初のサムライとなった人物。その波乱に満ちた生涯を描写しようと試みたのがこの楽曲。守屋は按針のフロンティア・スピリットへの敬意を込めたのではないだろうか。ナチュラルで明朗なハーモニーが絶妙なバラッドだ。ここでは安カ川のベースソロがフィーチャーされる。

07.<Future & Hope>には守屋のビッグバンド・ジャズに対する『新しい良い曲を書いて、世界中の多くのビッグバンドの方に演奏していただき、ビッグバンドの隆盛に微力ながら貢献していきたい』という願望が込められているのではないか。フルートのソリで始まる清涼なテーマからバックの産み出す軽快なリズムに至るまで明るく希望に溢れたポジティヴなメロディラインのノリが楽しい。ビッグバンド・ジャズは決して難しくないのだと実感させられる。

08.<Moon River>は音楽ファンなら誰でも知っているH・マンシーニ作。守屋のソロによる芳醇なピアノの音色をたっぷり披露したテーマの後、インテンポとなって快調にピアノによるメロディ~ソロとアンサンブルの交錯が演奏をエモーショナルに盛り立てる。美しいメロディは崩さず美しいままストレートアヘッドに唄い上げることの爽快さをこのグルーヴィーな演奏は示している。

南青山の名門ジャズ・クラブ「 BODY&SOUL」の京子ママに捧げた09.<For Kyoko>。柔らかなアルトサックス~トロンボーンにより繰り返されるテーマの美しさ、豊かなアンサンブルと守屋によるリリカルなピアノソロが醸し出す。こんな曲を贈られたらジャズ・クラブを経営することの苦労もふっ飛んだことだろう。ラスト近くに挿入されるハンド・クラッシュにも泣かされる。

10.<Blues For Hayabusa2>は言うまでもなくJAXAの惑星探査機「はやぶさ2」を讃えたナンバー。小惑星リュウグウの岩石サンプルを採取して地球に持ち帰り、今もなお次の小惑星探査のために太陽系の涯を飛行し続けている「はやぶさ2」に守屋は単なる宇宙のロマンを超えた“健気さ”を感じたのではないだろうか。それがブルースとして結実したと筆者はみる。バリトンサックスやバス・トロンボーンという低音楽器を多用した効果も目覚しく、暗黒空間を飛び続ける「はやぶさ2」への遥かなる応援歌として聴きたい。

掉尾を飾るのはG・ガーシュインの傑作11.<Embraceable You>。CD用のボーナストラックながら、テンダーなアンサンブル・ハーモニーとアルトソロの美しさに心が洗われる。筆者はこの曲の最高峰はDial盤のC・パーカーと信じて疑わないのだが、この守屋オーケストラの演奏を聴くとこんなアレンジがあるからビッグバンドは面白いのだとつくづく思う。

本作品、筆者の手元資料には各曲のソロイストの記載がないので個々人のプレイへのコメントはできないが、どのソロを聴いても守屋の作編曲への絶対的な信頼と彼女の音楽への共感が基底にあるためか、守屋が構築する音楽的ベクトルを逸脱することなく、各人の持てる技倆を見事に発揮している。普段はあまりビッグバンド・ジャズに近づかない筆者だが、本作品に聴かれる守屋純子オーケストラの創造するストレートアヘッドなジャズ・スピリットには脱帽するばかり。

 

 

高橋正廣

高橋正廣 Masahiro Takahashi 仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務めるなど俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ http://blog.livedoor.jp/dolphy_0629/ 」を連日更新することを日課とする日々。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください