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CD/DVD DisksNo. 331

#2407 『鈴木雄太郎 / Beyond The Arctic』

text by Masahiro Takahashi 高橋正廣

ette Records ¥3,000 (税込)

鈴木雄太郎 (tp)
Aydin Esen (p)
Alistair Peel (b)
土岐洋祐 (ds)

  1. Birds of the air (Yutaro Suzuki)
  2. Reflections in D (Duke Ellington)
  3. I hear a rhapsody (George Fragos)
  4. Ballad-ette (Yutaro Suzuki)
  5. Stella by starlight (Victor Young)
  6. Hokago (Yosuke Doki)

Recorded by Johan Olsson on June 1st, 2025
at Loumi Records Recording Studio (Steinen, Germany)


先日「おーい、応為」という映画を観てきた。江戸時代を代表する浮世絵師・葛飾北斎の弟子であり娘でもあった葛飾応為の人生を、長澤まさみ主演で描いた作品だった。映画の出来は可もなし不可もなしというものだったが、サウンドトラックに大いに惹かれるものがあった。トランペットの類家心平が参加した大友良英(g)のグループによる演奏は類家の吹くミドル・レンジ主体のドライでディープなテイストのトランペットが印象的で、映画のサウンドトラックという概念を離れて筆者の音楽的興味を掻き立てたからに他ならない。淡々としたロードムービーのような作品だけに自己主張を抑えた中に個性的な音色で迫る類家心平のトランペットが今も耳底に残っている。

かつてのトランペット・スターと言えばディジー・ガレスピーやメイナード・ファーガソンのようなハイノート・ヒッターが持て囃されるのが常だっただけに筆者のような天邪鬼には中音域で勝負するトランペッターは好ましく映るのだ。中音域を得意とするタイプの代表格と言えばチェット・ベイカーを嚆矢とするのだろうか。続いてアート・ファーマー、ジョニー・コールズ辺りが思い浮かぶ。

1995年新潟県新潟市出身の鈴木雄太郎は音楽好きの家庭に生れたこともあり、中学校の吹奏楽部でトランペットを始め、本人によれば最初はフルバンドの花形であるハイノート・ヒッターに憧れたという。その後、父の勧めや師事したヒロ川島氏の影響もあってコンボジャズに目覚め、地元のジャズクラブに出入りして独学で即興演奏を身に付けたという。青山学院大学進学後は慶應義塾大学ライト・ミュージック・ソサイエティに所属してさらに腕を磨いた。現在30歳という若さながら正統派のバップ・スタイルからコンテンポラリーまで自在に吹きこなす才能を持っているジャパン・ジャズ気鋭の俊才。

本作品は鈴木が単身スイス・バーゼルへ渡航し、現地のミュージシャン達と2週間に渡ってセッションを重ねた結果、レコーディングに至ったアルバムで、サイドメンにはゲイリー・バートンやデイヴ・リーブマンらとの共演で知られるアイディン・エセン(p)、バーゼル音楽大学「Jazz Campus」の精鋭バンド“Focus Year”に在籍したアリステア・ピール(b)、そして、慶應義塾大学ライト・ミュージック・ソサイエティ時代からの盟友であり、クリス・チークやジェフ・バラードらからも高い評価を得る土岐洋祐(ds)という多国籍の3人が参加している。

各メンバーは本作品のレコーデンングのためにだけ集まったとはいえ2週間に渡りリハーサルを重ねてきただけに、4人が産み出す一期一会の邂逅に止まらない緻密な音空間は、鈴木のリーダーシップの下でリリカルさとビターな静謐さを見事に調和させつつ天空へと響き渡る典雅なサウンドとなって確かな存在感を示している。

01.< Birds of the air (Comp.:Yutaro Suzuki)> 石清水が零れるようなピアノのイントロにより曲のムードが定まり、おもむろに鈴木のペットが旋律を唄いだす。優雅なワルツ調のリズムは抑制が効いているせいか、軽快さとは無縁の神秘性を秘めているようだ。鈴木のソロは流麗ながら昂ぶりを抑えたストイックなものだ。冒頭を飾る曲がアルバム全体のテイストを決定づけるとすれば、この演奏は実に深みのあるプロローグに違いない。

02.<Reflections in D (Duke Ellington)> 隠れた名ピアニストでもあるデューク・エリントン作の美しいバラッドでA・ピールのベースのテンポ・ルバートが先導。鈴木のミュートが高尚なテーマ性を秘めた旋律を心穏やかな吹奏で表現してゆく、この快感。バックのピアノとベースのオブリガードが重層的なハーモニーとなって幻想的なムードを喚起している。A・エセンのソロも瑞々しく香り高いものだ。余韻たっぷりのエンディングにも惹かれる。

03.<I hear a rhapsody (George Fragos)> 1940年作のポップナンバーで翌年ダイナ・ショアが唄ってヒットを記録したこの曲、ジャズナンバーとしても多くのミュージシャンが手掛けている。こちらはピアノの呟くようなルバートで始まる。鈴木の切れ切れに吹き出すテーマに続く朗々たるトランペット・ソロは天空を飛翔するように大らか。それに対してエッジの利いたピアノ・ソロが対照的な緻密さで応じる。さらにベースのA・ピールのソロはさすがの運動量で4人の一体感と躍動的な演奏になっている。

04.<Ballad-ette (Yutaro Suzuki)> 鈴木の2曲目のオリジナルは低速低音のテーマながらメロディアスで緊迫感を失わない。トランペットの吹奏力ばかりか鈴木の卓越した作曲能力が窺えるナンバーで良い曲に巡り合うとミュージシャンのソロは活き活きとすることがバックのピアノ・ソロでも証明された。

05.<Stella by starlight (Victor Young)> この曲もジャズナンバーとして人気曲のひとつ。パーカー、マイルスを始めキース・ジャレット、チック・コリアには同名のアルバムもある。鈴木の聴かせる演奏はこの曲のイメージを拡張してバラッドの粋を尽くしており、鈴木の新境地を開いたといえるのではないか。

06.<Hokago (Yosuke Doki)> 鈴木が自ら盟友と認めるドラマー土岐洋祐作のラスト・チューンは知的浮遊感を感じさせる繊細で色彩感のある演奏が展開されている。鈴木の特徴である広がりのあるトランペットの音色が十二分に生かされた静謐な感動を聴き手に与えてエンディングへと向かう。

どんなミュージシャンもそうだろうが、その演奏スタイルには音楽観のみならず必ずや自己の人生観や持って生まれた性格のようなものが投影されるのではないか(と筆者は勝手に想像している)。トランペットでいえばハイノートを連発してファンを歓喜・高揚させることを身上とするタイプのミュージシャンは芸能的使命感のようなものを優先させているのではないだろうか。しかしライヴではなくスタジオ録音という環境もあるのだろうが、本作品における鈴木の演奏にはそうした気配が全く感じられず、筆者には大らかな人柄と共に自己の音楽生活を中心とした穏やかな日々を送っているであろうひとりの青年の姿が見えて来る。本作品の特徴である中低音を主体に中低速の演奏が並ぶ6曲には、じわじわと感動が聴き手へと浸み込んでいく美しい時間がそこに存在しただけなのだ。勝手な妄想だが、類家心平と鈴木雄太郎の共演盤が出来たらぜひ聴いてみたいものだと思う。

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高橋正廣

高橋正廣 Masahiro Takahashi 仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務めるなど俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ http://blog.livedoor.jp/dolphy_0629/ 」を連日更新することを日課とする日々。

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