#1572『堅いトリオ / 堅 KEN』
text by Keita Konda 根田恵多
Fulldesign Records / FDR-2034
片山広明 – tenor saxophone
関島岳郎 – tuba
藤掛正隆 – drums
recorded at Yellow Vision, Asagaya Tokyo
recorded by Terabe Takanori
edited & mixed by Fujikake Masataka
titled by Katayama Hiroaki
1. 堅
2. 仁
3. 義
4. 礼
5. 智
6. 忠
7. 信
8. 孝
9. 悌
「幻のトリオ」になってしまった。
2018年11月13日、サックス奏者・片山広明が亡くなった。大病を患っているという話は以前から耳にしていた。肝臓をやられて入院と復活を何度も繰り返していたようで、「レバーゾンビーズ」なんて名前のバンドもやっていた。しかし、まさかこんなに早く亡くなるなんて、思ってもいなかった。それは、最近の片山の演奏が往年のパワーを取り戻しているように感じていたからだ。
片山広明(tenor saxophone)、関島岳郎(tuba)、藤掛正隆(drums)からなる「堅いトリオ」は、2018年6月に阿佐ヶ谷Yellow Visionで初ライブを行い、同年10月に藤掛の主宰するレーベル Fulldesign Records から本作『堅 KEN』をリリースした。全9曲54分25秒。レーベルの紹介文には「揺るぎない三人による断固とした即興極楽音世界」とある。片山が好んで演奏したYou Belong To My Heart (Solamente Una Vez)などの断片も含みながら、多彩かつ一貫した即興演奏が繰り広げられている。
片山のサックスには、「豪快」という言葉がよく似合う。片山の音楽を愛する者なら誰でも、あの特徴的なぶっとい音を瞬時に脳内再生できるだろう。しかし、近年は、度重なる病気のせいなのか、加齢のせいなのか、はたまた単に酔っぱらっていただけなのか、ライブや音源で耳にする片山の演奏が「衰えた」と感じることも少なからずあった。「あの片山広明がこんなにパッとしないソロを吹くのか…」と哀しい気持ちでライブ会場を後にした日もあった。
そんなファンの嘆きを軽々と吹き飛ばしたのが、2017年9月にリリースされた藤掛とのデュオ『INSIDE or OUTSIDE』(Fulldesign Records)だった。藤掛の重量級のドラムに正面からぶつかり、テナーサックスの吹き伸ばし一発で「あの片山広明」が帰ってきたと思わせてくれた。即興の中に時折顔を出すMy One And Only LoveやMack The Knife(Moritat)は、片山広明が優れたインプロヴァイザーであると同時に、実によく「歌う」サックス奏者であることを思い出させてくれた。
『堅 KEN』は、そんな片山と藤掛のデュオに関島のチューバが加わることで、さらなるサウンドの発展を見せている。チューバ奏者の東方洸介が、柳樂光隆によるインタビューの中で「チューバってアバンギャルド系の人からの需要がある楽器なんですよね」と発言しているように、フリージャズや即興演奏とチューバの組み合わせ自体は珍しくない。たとえばサム・リヴァースやトニー・マラビーなどが、堅いトリオとまったく同じテナー×チューバ×ドラムの編成で演奏している。
しかし、この『堅 KEN』での関島の活躍ぶりは、特筆に値するものがある。ベースやリズム楽器の役割を果たすだけでなく、空気を震わせる重低音の反復によって強烈なインパクトを与えたかと思うと、どこか長閑さを感じるフレーズと柔らかい音色でサウンドに彩りを添えてくる。このチューバの存在が、全体に漂う自由な雰囲気を大いに後押ししている。
堅いトリオは揺るがない。確固たる3人による、確固たる音楽である。だが、これは硬直してしまった古臭い音楽では決してない。このトリオの「その先」を見ることができなくなってしまったことが、本当に悔しくてならない。