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Concerts/Live ShowsNo. 316

#1316 瀬川昌久さん生誕100年記念コンサート

text & photo: Toshio Tsunemi 常見登志夫

6月29日(土)@町屋“ムーブ町屋ホール”

2021年12月29日に97歳で亡くなったジャズ評論家、瀬川昌久氏の生誕100年を祝うコンサート。6月18日は瀬川氏の誕生日で、存命であれば今年満100歳を迎える。瀬川氏と学生時代から交流のあった加藤総夫、村井康司、仲澤信明、山内毅の4氏らが企画し、開催が実現した。4氏はいずれも大学ビッグバンドのOBで、学生ビッグバンドを愛した瀬川氏とは40年以上の付き合いになる。会場のムーブ町屋ホールはご年配の方から学生らしき若い人たちまで、本当に幅広い世代の人でにぎわった。

コンサートは瀬川氏が献身的に愛した(=司会を務めた村井氏の言葉)ビッグバンドによる3部構成。第1部がMondaynight Jazz Orchestra、第2部がSegawa School Bigband、第3部がSegawa Memorial Jazz
Orchestraが出演した。

第1部に登場したMondaynight Jazz Orchestraは、毎週月曜日の夜に練習しているという、今年結成50年目になる社会人ビッグバンドの雄である。アマチュアとはいえ、数枚のアルバムをリリースし、定期演奏会にはプロのシンガーを招いている。同バンドは結成当時から瀬川氏が支援しており、アルバムのライナーノーツやコンサートのパンフレットでは瀬川氏が筆を執っている。今年の11月9日には中本マリ(vo)を招き、50周年の記念リサイタルを予定している(中野ゼロホール)。

カウント・ベイシーのナンバーを中心に4曲。コンサートのオープニングにふさわしく、〈This Could Be the Start of Something Big〉でスタートした。曲のエンディングに向け、ぐんぐんと盛り上がっていく、素敵なナンバーだ。2人の粋なテナー・ソロで上り詰めていく。

バンドマスターでもある長島輝雄(b)がMCを務める。歴史のあるバンドにふさわしく、重みのあり、かつ洒脱なMCで和ませた。

スロー・バラードの〈Blue and Sentimental〉は、口ずさめるような愛らしいテーマとそれに続くカップミュートのトランペット・ソロ(高橋守之氏)がいい。イントロの軽快なピアノ(町田尚隆氏)も良かった。〈Swingin’ Night〉はトランぺッター、岡野伸二氏のオリジナル。さすがプロの譜面であり、ノリのいいテーマや中盤からのダイナミックな展開、重厚なアンサンブルなど、ビッグバンド・サウンドのお手本のような曲。同バンドの専属のような存在だ。ソロはバリトン・サックスの高橋仁氏(マイクを倒した)。アップテンポの〈Down for Double〉で完璧なベイシー・サウンドでステージを締めくくった。歴史を積み重ねたメンバーの技術の高さとMCの巧さもあり、終始笑いの絶えない聴きごたえのあるステージを披露した。

ステージ転換の間、司会・村井康司氏と仲澤信明氏のトークがあった。村井氏は上智大学のビッグバンド、New Swing Jazz Orchestra(NSJO)のOB(ギター担当)、仲澤氏は立教大学(New Swingin’ Herd)のOB(トロンボーン&コンサートマスター。山野BBCで優勝)であり、学生時代に上智・青山学院(Royal Sounds Jazz Orchestra)・立教の3大学(JAR)が合同で開催するコンサートの司会を瀬川氏に依頼するため、瀬川氏が秘書室長を勤めていた富士銀行本店を訪問したエピソードや、瀬川氏の自宅で夜遅くまで語り合った思い出を語った。ギル・エバンスや穐吉敏子との共演もセッティングしてくれたりと、学生ビッグバンドに深い愛情を注いでくれていた。仲澤氏は今やノブ仲澤の名前でアルバムを出しているプロのボーカリストでもある。3大学に東京大学Jazz Junk Workshop(JJW)を加えた4大学JARTの定期演奏会は今でも続いているそうだ。

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第2部はSegawa School Bigband。このコンサートのために結成されたビッグバンドで、上記JARTのOBによる選抜メンバー(世代も幅広いようだ)。立教NSHの橋口氏が組んだとのこと。もちろん学校(School)の実態があったわけではなく、瀬川氏の自宅の地下室に学生らが集まり、瀬川氏から有形無形の教えを受けた、その誇りをもって名付けたそうだ。JARTの定期演奏会には瀬川氏が司会を長年(無償で)務めてくれていた。

〈Boplicity〉は(楽器は違うが)ほぼオリジナル。各セクションとも、曲調に合わせたソロとブラスのハーモニーで、今演奏してもとても楽しいものだと思える。複雑な和音が絡み合う、ギルのアレンジが最も美しい曲に結実した、同バンドがオープニングに選んだナンバーである。繊細なメロディが温和だった瀬川氏を彷彿とさせる。サド・メルの〈My
Centennial〉はもちろん、瀬川氏の生誕100年を祝っての選曲。サド・メルも瀬川氏の愛したバンドの一つ。流れるような、草原を浮遊するようなメロディとハーモニーは聴いていてとても心地いい。トロンボーン~トランペット~テナー~テナー~ドラムスと展開する各ソロもバンマスの橋口氏が述べるようにご機嫌なソロだったと思う。プロのアーチストも数名いるようで、分厚いサウンドが素晴らしかった。一夜限りの贅沢なステージである。

クロード・ソーンヒルの名曲〈Snowfall〉の新しいアレンジを、この日のために加藤氏が用意した(ピアノも担当)。続く〈Let’s Call It A Day〉と同じく、瀬川氏が最も愛した曲でもあり、生前、「この曲を聴きながらこの世と別れたい」と言っていた(=仲澤氏)そうだ。実際に瀬川氏の告別式には雪が舞っていたエピソードも。ソーンヒルの気品のある世界感を大切にした、重厚なアレンジだ。
〈Let’s Call It A Day〉も短いが、ロマンチックな空気に包まれた、艶のあるサウンドが心地良かった。

ステージ転換の間の村井氏と加藤氏のトークは、生前の瀬川氏の精力的な行動力が垣間見えてとても興味深い(加藤氏は東大JJWのOB)。JARTのコンサートにギルを出演させるために、瀬川氏がその場で(アメリカの)ギル・エバンス本人に電話したり、加藤氏がNYを訪れた際、ギルの自宅(仕事場)に加藤氏が訪問できるよう頼んでくれた話など、いずれも瀬川氏のスピード感あふれる行動力に驚いたそうだ。加藤氏がギルの自宅を訪問すると、ギルが編曲の真っ最中だったとか、飾られているチャーリー・パーカーの大きな写真に、パーカーに対する尊敬の念を強く感じたそうだ。
トークでは「瀬川氏的教育」にも触れた。「瀬川先生は、“この新作、いいだろう?”とか言うだけ。後は自分たちで聴く耳を育てなさい、と」。加藤氏が研究者の道を選んだ際には、「学会発表や講演等で世界中を周る際には、その場の生のジャズを聴きなさい」とのアドバイスをされ、加藤氏はそれを実践。瀬川スクールでの教えは、その後の人生に深く刻まれているようだ。

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第3部はSegawa Memorial Jazz Orchestra。この日のために結成された、守屋純子と池本茂貴による双頭バンド(オーケストラ)。守屋純子オーケストラと池本茂貴ラージアンサンブルISLESの精鋭メンバーにより構成されている。池本は慶應義塾大学ライト・ミュージック・ソサエティでコンマス(トロンボーン)を担当。3年連続でYAMANO BIG BAND JAZZ CONTESTの最優秀賞に導いた、若手のホープ。昨年には全曲を書き下ろしたデビューアルバム『Oath』をリリースしている。守屋も学生(早稲田大学ハイソサエティ・ジャズ・オーケストラ)時代から瀬川氏の自宅を訪問し、氏からアドバイスを受けるなど、薫陶を受けた筆頭である。

曲は6曲(アンコール除く)。池本のオリジナル〈ジャングル・ラン〉は、タイトル通り、すさまじいほどの疾走感溢れるリズムと口ずさめるようなメロディが魅力のアップテンポのナンバー。池本のトロンボーンに続いて、デビッド・ネグレテ(as)のソロが良く歌う。客席の多くが身を乗り出して体でリズムを取っていた。

守屋は、瀬川氏が学徒出陣されたこと、戦後の約1年間、引き上げ船(残留した兵士を連れて帰る)で南方に赴いたときに人間の本質を見たこと。そして音楽を楽しむには絶対に平和でないといけないと常々話していたと語った。
守屋の〈Thousand Cranes(千羽鶴)〉も平和を願って書いた曲(守屋敦子著『ドゥ・ユー・ノウ・サダコ?』に詳しい。守屋敦子は守屋純子の叔母である)。降り注ぐ太陽のような明るいピアノのイントロが美しい。心洗われるような優しいメロディ、近藤のソプラノ・ソロと、瀬川氏の人柄と重なるものがある。

〈ウェル、ユー・ニードント〉は、瀬川氏が「守屋さんにはセロニアス・モンクがいいのでは?」と守屋に編曲を勧めた曲。ダンサブルなアレンジで各ソロは和田充弘(tb)、岡崎好朗(tp)、宮木謙介(bs)。守屋作曲の〈Departure〉の繊細なアレンジと重厚なハーモニーは、瀬川氏が絶賛していたものである。

池本のオリジナル〈Hidamari (陽だまり)〉は、タイトル通りの温かなメロディが横溢している曲。彼の周辺でも結婚や出産など、友人との厚い交友関係を意識することが多く、感謝や祝福の思いを意識的に込めたと語った。内省的ではあるが優しく、温かく包み込むような西口明宏(ts)のテナーが応える。ラストの〈Comet(彗星)〉も冒頭の〈ジャングル・ラン〉同様、疾走感に溢れるナンバー。演奏するアーチストはもちろん、客席も同様に突っ走る快感に酔いしれているようだった。ソロは岡崎正典(ts)、耳をつんざくようなハイノートのモッター(tp)、加納樹麻(ds)。曲は短いが演奏する楽しさが横溢していた。

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アンコールは本当に用意していなかったようだ。一人ステージに戻った守屋は少し考えながら、ピアノ・ソロで〈In a Sentimental Mood〉を弾き出した。瀬川氏が愛したエリントン・ナンバーである。

終演後もロビーでは多くの人が瀬川氏の思い出を語っていたようだ。

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■Setlist
第1部
Mondaynight Jazz Orchestra
①This Could Be the Start of Something Big ②Blue and Sentimental ③Swingin’ Night ④Down for Double

トーク:村井康司~仲澤信明(ノブ仲澤)

第2部
Segawa School Bigband
①Boplicity ②My Centennial ③Snowfall ④Let’s Call It A Day

トーク:村井康司~加藤総夫

第3部
Segawa Memorial Jazz Orchestra lead by 守屋純子&池本茂貴
①Jungle Run ②Thousand Cranes(千羽鶴)③Well,You Needn’t④Departure ⑤Hidamari(陽だまり) ⑥Comet(彗星)⑦In a Sentimental Mood(Encore)

■Personel
(第1部)Mondaynight Jazz Orchestra:
松坂純一、高橋守之、羽鳥隆弘、照木信久(tp) 小林正家、坂本博人、中里悠、高尾敏明、市浦靖(tb)
鈴木成章、牧松美(as)、井関弘、佐々木信(ts) 高橋仁(bs) 町田尚隆(p) 青木文尚(g) 長島輝雄(b) 菊池優太(ds)

(第2部)Segawa School Bigband:
加藤亙貴、平林真依、小枝克寿、橋口英雄(tp) 原島智之、山田克成、鈴木匡、新井重行(tb) 船越哲(as) 成田由美(ss) 煙上裕人 加藤高弘(ts) 岡舞衣子(bs) 安田陽貴(p) 嵯峨協(b) 伊藤文人(ds)
ゲスト:牧田幸三(tp) 梅沢幸之助(tb) 仲澤信明(tb) 加藤総夫(p,arr)

(第3部)Segawa Memorial Jazz Orchestra lead by 守屋純子&池本茂貴:
Joe Motter、岡崎好朗、鈴木雄太郎、三上貴大(tp) 池本茂貴、駒野逸美、和田充弘 笹栗良太(btb) 近藤和彦, David Negrete(as) 岡崎正典、西口明宏(ts) 宮木謙介(bs) 守屋純子(p) 小川晋平(b) 加納樹麻(ds)

司会進行:村井康司 トークゲスト:仲澤信明(ノブ仲澤)

 

常見登志夫 

常見登志夫 Toshio Tsunemi 東京生まれ。法政大学卒業後、時事通信社、スイングジャーナル編集部を経てフリー。音楽誌・CD等に寄稿、写真を提供している。当誌にフォト・エッセイ「私の撮った1枚」を寄稿。

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