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Concerts/Live ShowsNo. 321

#1339 香港映画×ジャズ
パトリック・ルイ&京都コンポーザーズ・ジャズ・オーケストラ

text & photo: Toshio Tsunemi 常見登志夫


香港映画×ジャズ@横浜・鶴見“鶴見区民文化センター サルビアホール”
12月4日(水)

■Personnel
Patrick Lui(雷柏熹)(p,comp,arr),
Kyoto Composers Jazz Orchestra:
[谷口知巳(ldr,tb),髙田将利,小松悠人,岡崎好郎,鈴木雄太郎(tp),和田充弘,青木タイセイ,服部陽介(tb),加納奈実(as,fl,cl),古野光晴(as),萩原優(ts,fl),橋爪亮督(ts,cl,fl),宮木謙介(bs),杉山慧(g),梶山伊織(b),谷昭利(ds)]Shiho(vo),Salty Jua(rap)

■Setlist
①(映画「裏街の聖者」より」)Mack The Knife 
②  Crazy(Shiho(vo)) 
③(映画「ドラゴン怒りの鉄拳」より)Fist of Fury(Shiho(vo), Jua(rap)) 
④(映画「ドラゴンへの道」より)The Way of the Dragon(Shiho(vo), Jua(rap)) 
⑤(映画「燃えよドラゴン)」より)Enter The Dragon(Jua(rap)) 
⑥(Patrick’s Original)Remembrance of a Voice ⑦La Donna Romantica(Ennio Morricone) 
⑧  夢二のテーマ(梅林茂)


 香港を中心に活動するジャズ・ピアニスト、作曲家、編曲家、プロデューサーであるパトリック・ルイ(Patrick Lui  雷柏熹)が来日し、トロンボーン奏者である谷口知巳率いる京都コンポーザーズ・ジャズ・オーケストラ(京都コンポ)と共演した。香港映画のサウンドトラックをテーマにした、クロスジャンルのコンサート。ボーカルのShihoとラップ/ボーカリストのSalty Juaも出演。
鶴見駅に隣接するサルビアホールはアクセスも良く、客席数は少ないものの、音響的にもとてもいいホールである。

 パトリック・ルイの経歴を簡単に紹介すると、バークリー音楽大学を卒業後は香港を中心に活動。マーヴィン・ハムリッシュ国際音楽賞(ジャズ作曲部門)や、台中ジャズ・フェスティバル・ピアノ・コンクールで優勝。自らの名前を冠した“Patrick Lui Jazz Orchestra”を主宰し、米国のジャズ教育ネットワーク(JEN)から年次会議での演奏に招待され、フリースペース・ジャズ・フェスティバルのヘッドライナーとして5年連続で出演している。香港を代表する歌手、イーソン・チャン(陳奕迅)が世界ツアーをする際のピアニストでもある。

 個人としても頻繁に来日しており、谷口との交流は古く、谷口が率いるビッグ・バンドの京都コンポーザーズ・ジャズ・オーケストラとはこれまでも何度も共演、日本各地で演奏活動を行っている。谷口は名門、アロー・ジャズ・オーケストラのトロンボーン奏者でもある。

 事前に調べた京都コンポのメンバーを見ると、自分が知っているのは谷口と藤井美智(tp)くらい(藤井は今回不参加)。実際にリハーサルを覗いてみると、ステージ上のビッグバンドのメンバーは、日ごろジャズ・クラブやコンサート等でよく見かける顔ばかり。その点を谷口に質すと、東京までメンバーを連れてくると交通費だけでもかなり高額になってしまうため、東京近郊の知り合いのミュージシャンに声をかけた、と教えてくれた。上記の出演者一覧を見れば、現代ジャズシーンの第一線で活躍している一流ミュージシャンが揃っているのが分かると思う。

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 今回の「香港×ジャズ」は、2019年に香港で開催された「ル・フレンチ・メイ(Le French
May)」で批評的にも商業的にも大きな成功を収めた彼のプロジェクト「Jazz in French
Films」からインスピレーションを得たものだ。選曲はジャズ・スタンダードやカントリーなどバラエティに富んでいるが、いずれも香港映画のサウンドトラックから取り上げたものである。

〈マック・ザ・ナイフ〉と〈クレイジー〉はトニー・レオン主演の映画「裏街の聖者」(1995年。原作は日本のコミック『Dr.くまひげ』である)から。
〈マック~〉は、パトリックのエレピ(エレクトーンのような独特な響きがあった)にビッグバンドがハーモニーを付ける、洒落たオープニング。橋爪亮督、萩原優がテナーでソロを交換し、谷口知巳(tb)、岡崎好郎(tp)がソロを取る。
〈クレイジー〉でボーカリスト、Shihoが登場。〈クレイジー〉はもともとウィリー・ネルソン(カントリー歌手)の曲で、ビッグバンドは入れずにパトリックのピアノで歌った。

 ブルース・リーの「ドラゴン3部作」から3曲。〈ドラゴン怒りの鉄拳(Fist of Fury)〉〈ドラゴンへの道(The Way of
the Dragon)〉は香港の作曲家・ジョセフ・クー(Joseph
Koo)によるもの、〈燃えよドラゴン〉はラロ・シフリンの曲で、いずれもパトリックがラップ風にアレンジ、ラップ歌手のJua(vo)をフィーチャーした。
〈ドラゴン怒りの鉄拳〉では、Shihoがテーマを、パトリックのピアノ、萩原優のテナー、Juaのラップ・ソロ、杉山慧のギター・ソロが展開される。
〈ドラゴンへの道〉では、Shihoがテーマ、杉山慧のギター・ソロに続き、加納奈実のアルト・ソロ、目くるめくようなビッグバンドのアンサンブルが圧巻だった。
〈燃えよドラゴン〉でのパトリックのピアノ・ソロも素晴らしいが、全編を通してJuaのラップがテーマに乗る、面白いアレンジである。

〈Remembrance of a Voice〉のみ、パトリックのオリジナル曲。フルートを3管使った、天空を駆け抜けるような壮大なアレンジ。“ドラえもん”のフレーズが随所に聴けるとのことだったが全く分からなかった。

 映画監督ウォン・カー・ウェイの作品「Grandmaster」からエンニオ・モリコーネの〈La Donna Romantica〉、同じウォン・カー・ウェイ監督作品「花様年華」のBGM〈夢二のテーマ〉が演奏される。谷口の解説によれば、「ウォン・カー・ウェイは、ヘンリー・マンシーニやデイブ・グルーシンのように、映画全編の音楽を担当するのではなく、色んな所から(他の映画からも!)音楽をチョイスしている」とのこと。

〈La Donna Romantica〉はタイトル通り、とてもロマンティシズム溢れる曲で、清らかなピアノでのテーマが本当に美しかった。続いてアルコ(弓)で奏でられる芳醇なベースのテーマから広がっていくブラスのアンサンブルのすばらしさ。

〈夢二のテーマ〉は日本人作曲家、梅林茂によるもの。三拍子の、ちょっとノスタルジックな雰囲気のある曲だ。昔の映画の雰囲気を出そうとしているのかもしれない。
梅林はウォン・カー・ウェイ監督作品に曲を多く提供している。元々はギタリストだが、映画音楽の作曲をするようになったらしい。〈夢二のテーマ〉を調べたら、なんと別の映画(鈴木清順監督作品「夢二」)のタイトル曲である。

 緻密なアレンジや高度な演奏水準(パトリックとの共演を重ねてきた京都コンポーザーズ・ジャズ・オーケストラのメンバーでなく、トラが多かったこともあり、リハーサルも大変だったことが伺える)が、よりエンターテインメント溢れるステージにつながったことはもちろん、香港映画のサウンドトラックの多様さやすばらしさに改めて気づき、より深く知るきっかけにもなった貴重なコンサートである。

 事前の告知があまりなかったのか、集客が寂しいことだけが本当に残念であった。

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常見登志夫 

常見登志夫 Toshio Tsunemi 東京生まれ。法政大学卒業後、時事通信社、スイングジャーナル編集部を経てフリー。音楽誌・CD等に寄稿、写真を提供している。当誌にフォト・エッセイ「私の撮った1枚」を寄稿。

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