#1392 「B→C REPRISE AND BEYOND」
東京科学大学リベラルアーツ研究教育院 2025年度 文化・芸術公開講座
text and photos by Toshio Tsunemi 常見登志夫
東京科学大学リベラルアーツ研究教育院 「B→C REPRISE AND BEYOND」
10月24日(木)東京・東京科学大学 湯島キャンパス “鈴木章夫記念講堂”
■Personnel
小暮浩史 徳永真一郎. 岡本拓也(g/出演順)
企画・司会:徳永伸一(東京科学大学ILA国府台 准教授/音楽ライター)
ゲストトーク:澤橋淳(東京オペラシティ文化財団 プロデューサー)
■Setlist
①J.S.バッハ作曲 BWV998よりプレリュード、フーガ(小暮浩史)
②久留智之作曲 タッピング・コナックル(小暮浩史)
③武満徹作曲「森のなかで:ギターのための3つの小品」より〈ミュアー・ウッズ〉
④坂田直樹作曲 Epact:ギターソロのための(2022年徳永真一郎委嘱作品)(徳永真一郎)
⑤西村朗作曲 パドマ〜紅蓮華(岡本拓也)
⑥シュテルツェル/J.S.バッハ作曲 あなたがそばにいてくださるならば BWV508(岡本拓也)
⑦武満徹作曲 不良少年(Encore)(小暮浩史,徳永真一郎,岡本拓也)
JazzTokyo編集部より案内のあった、東京科学大学リベラルアーツ研究教育院(旧東京医科歯科大学教養部)が主催する2025年度の文化・芸術公開講座「B→C REPRISE AND BEYOND」を受講する機会を得た。
大学の公開講座なので、受講料は同大学の学生・教職員は無料、一般も2,000円と格安に設定されていた。
(一橋大学、東京外国語大学、お茶の水女子大学、東京藝術大学の学生・教職員も無料)
講座は同大学の徳永伸一准教授(音楽ライターでもある)の企画で2014年より毎年開催されている。東京工業大学と東京医科歯科大学が統合した2024年度の公開講座では現代ジャズを取り上げ、林正樹氏(p)、須川崇志氏(b)が登壇(出演)している。
タイトルの“B→C”(ビー・トゥ・シー)にある通り、今年度は東京オペラシティ文化財団のリサイタルシリーズ、「B→C(バッハからコンテンポラリーへ)」に出演した気鋭の若手ギタリスト3人を招き、それぞれの「B→C」のプログラムで取り上げた曲目を抜粋、出演アーチストやゲストによる解説・トークとともに演奏を楽しむ講座となっている。
「B→C」は、東京オペラシティのリサイタルホールを舞台に1989年から25年以上も続いている好評シリーズで、バッハの作品と現代作品を軸として、出演するアーチスト(主に若手)が自由にプログラムを組んで、年10回開催している。取り上げる現代作品は多くの場合、新曲を他の作家に委嘱しており、すでに250曲もの現代音楽作品が世に送り出されていることになる。バラエティに富んだ楽器も取り上げていることも特徴の一つで、近年はリサイタルホールだけでなく、その場所も全国主要都市に広げている。
https://www.operacity.jp/concert/toccf_concert/?category=2

この講座を企画し、司会進行を務めた徳永伸一准教授も述べていたが、ギターの生演奏が充実しているだけでなく、曲や奏法の解説も詳しく、教養講座として非常に中身の濃い2時間であった。

冒頭で本講座での曲やアーチストを監修した東京オペラシティ文化財団のプロデューサー、澤橋淳氏が登壇し、「B→C」シリーズの特徴や意義等を解説した。特にギターを取り上げたプログラムについては、現代作品においては、ギターが有するポテンシャル(独奏曲が多いこと、音色が小さく音階も限られているナイーブな楽器であることなど)を、現代奏法を用いたりしてどこまで高められるかは、「B→C」の非常に大切なテーマの一つであると強調した。
続いてギタリスト3名が登場、演奏曲もそれぞれが出演した回(第239回:徳永真一郎,第246回:小暮浩史,第269回:岡本拓也)から2曲ずつを取り上げた。
(「B→C」に出演した演奏家を講座に招いたのは今回が3回目)
徳永真一郎 http://shinichirotokunaga.com/
小暮浩史 https://hiroshi-kogure.com/
岡本拓也 https://www.takuyaokamoto.site/

最初に登場したギタリストは小暮浩史氏。ギターによるバッハ作品としてポピュラーな〈BWV998よりプレリュード、フーガ〉は、氏の曲解説によれば、ギターの原型であるリュートのために書かれた作品ではなく、リュート鍵盤(鍵盤楽器ではあるが、中にガット弦が張ってあり、リュートの音がする)のために書かれた曲であったと知り、知識としても楽しめた(実際に楽譜には、「リュートまたはチェンバロのための」と書かれている)。
〈BWV998〉は、「B→C」に出演した他のギタリストもバッハの作品としては最も多く取り上げていて、徳永伸一氏が集計した結果でもダントツの1位、だったそう。荘厳さを湛えつつ、とてもかわいらしい小品である。
現代作品として取り上げた〈タッピング・コナックル〉は、タイトルが示す通り、弦を叩く(タッピング)奏法に加え、“コナックル”という南インドに伝わる口承音楽(独特なリズムが特徴)にインスパイアされた曲で、その両方をギターで体現した作品。
ギターの(音の高い)1,2弦を全音下げた変則調弦を用いたエキゾチックな響きの面白さや、リズムを口ずさみながらギターのボディを叩いたり、ハーモニクス、チョーキングを多用したりと、曲そのものもかなりユニークではあるが、小暮氏の解説がとても分かりやすく、現代作品へのハードルが下がった思いがした。小暮氏は、クラシックギターを始める前はアコースティックギターを演奏しており、押尾コータローのタッピング・ハーモニクスに、ビジュアルとしてのかっこよさに惹かれていたそうだ。
同様に、バロック音楽の譜面に書かれていない部分で、演奏家がそれぞれの装飾音や即興を工夫する(=個性)などの解説が興味深かったのは、目の前で高い演奏水準に触れているからこそである。

2番目に登場した徳永真一郎氏は、ギター作品も多い武満徹の〈ミュアー・ウッズ〉。武満はハーモニクス(倍音)奏法の響きの美しさを大切にしてきた作曲家(司会の徳永伸一氏)。現代作品の〈Epact〉は、徳永真一郎氏が友人でもある作曲家、坂田直樹氏に委嘱した曲(第239回「B→C」で初演)で、これも変則調弦(6弦を半音、3弦を全音下げている)となっている。日本の琵琶や三味線に近い表現もある。
曲を依頼した時の様子も語ってくれた。コロナ禍だったので、東京(徳永氏)とパリ(坂田氏)とで譜面をメールでやり取りしたり、動画を非公開のYouTubeにアップし、それをフィードバックする作業を続けてきた、という。徳永真一郎氏によれば、坂田氏自身が楽器(ギター)を深く研究する作曲家。第246回の「B→C」で小暮氏が坂田氏に作品を委嘱した時(〈海峡の耳〉)には、すでにギターという楽器そのものを研究し尽くしていた(小暮氏)。

岡本拓也氏が演奏する〈パドマ〜紅蓮華〉は福田進一(g)が作曲家・西村朗に曲を委嘱した、長尺の2019年作品(サンスクリット語で真っ赤な蓮の花は救済を意味する)。もう一つのバッハ作品は〈あなたがそばにいてくださるならば BWV508〉。実際にはシュテルツェルが作曲し、バッハは編曲したといわれている(岡本氏)。
3人のギタリストのアンコール曲として用意されたのは、映画「不良少年」(羽仁進監督。1961年)のタイトル曲。武満徹がギターの三重奏用に書いた曲だが、実際にギタリスト3人で演奏される機会はなかなかないため取り上げたという。
余談だが、意外にも東京科学大学の鈴木章夫記念講堂(500人収容)の音響の良さは特筆ものであった。
本来、講義や学術会議用に作られているのかもしれないが、そのアクセスの良さも含めて、今回の公開講座などのように、学外にその活用をアピールできたら、と思う。
■Setlist
①J.S.バッハ作曲 BWV998よりプレリュード、フーガ(小暮浩史)
②久留智之作曲 タッピング・コナックル(小暮浩史)
③武満徹作曲「森のなかで:ギターのための3つの小品」より〈ミュアー・ウッズ〉
④坂田直樹作曲 Epact:ギターソロのための(2022年徳永真一郎委嘱作品)(徳永真一郎)
⑤西村朗作曲 パドマ〜紅蓮華(岡本拓也)
⑥シュテルツェル/J.S.バッハ作曲 あなたがそばにいてくださるならば BWV508(岡本拓也)
⑦武満徹作曲 不良少年(Encore)(小暮浩史,徳永真一郎,岡本拓也)


