#943 THE RESIDENTS ザ・レジデンツ – In Between Dreams –
Reported by 剛田武 Takeshi Goda
Photos by グレート・ザ・歌舞伎町 Great The Kabukicho
2017年3月23日(木)Open5:30pm Start6:30pm Blue Note TOKYO ブルーノート東京
Set List
1. JELLY JACK
2. LOSER = WEED / PICNIC IN THE JUNGLE
3. GOD’S MAGIC FINGER
4. BABY SISTER
5. INSTRUMENTAL
6. THE BLACK BEHIND
7. THE MAN IN THE DARK SEDAN
8. FROM THE PLAINS TO MEXICO
9. THE MONKEY MAN
10. TEDDY
11. MAN’S WORLD
12. TRAIN VS ELEPHANT
13. RUSHING LIKE A BANSHEE
14. SIX MORE MILES
EC1. INSTRUMENTAL
EC2. DIE! DIE! DIE!
何処にもない世界を擬音化する誰でもない住人の営み
世に出て以来40年以上に亘り正体を明らかにする事なく活動を続ける希有の音楽集団ザ・レジデンツ。1979年高校2年生の頃にパンク/ニューウェイヴ系の音楽誌で「異様で珍奇な雰囲気は取っ付きにくく、一般には理解困難」と紹介された記事に興味を惹かれ、ヨーロッパ旅行で訪れたパリでレコードを手に入れた。当時話題になっていたディーヴォやフライング・リザーズなどのポスト・パンクに似ても似つかぬ謎に満ちた不可思議なサウンドに夢中になった。ロック、ジャズ、クラシック、民族音楽、ムードミュージック、電子音楽、アヴァンギャルドなど様々な要素が無作為に分解・変調・縫合されたアマルガム状の音楽性は、あたかも安部公房の小説『人間そっくり』の主人公のように、狂っているのがレコードなのか自分の耳なのか分からなくなる。敢えて言うなら「錯乱した夢の世界のサウンドトラック」。彼らが提唱する「Theory of Obscurity(曖昧性理論)」に従ってサンフランシスコの霧のように曖昧模糊とした音像は、何度聴いても展開が把握できず、聴く度に新たな発見のある万華鏡的聴取体験を与えてくれた。
79年の6thアルバム『エスキモー』のジャケットでシルクハットとタキシードを着たアイボール(目玉)スタイルを披露し、万人に認知される「顔」を手に入れたレジデンツは、サブカル系文化人の心を掴み、六本木WAVEを中心とする80年代ポストモダニズムの人気者となり、1985年10月に渋谷パルコ劇場他で来日公演が実現した。大学4年で就活中の筆者も参戦し、演奏内容は全く覚えていないが、シルクハットの目玉が蠢くステージは、異世界の見世物小屋の猥雑で楽しい光景だったと記憶している。生のライヴステージを観て気が済んだと言う訳ではないが、就職して人生の現実に直面した筆者は、文字通り夢から醒めたかのように、レジデンツの錯乱した夢の世界を追う事はなくなった。90年代以降、マルチメディアやヴィジュアルアートに積極的に取り組み、幅広いエンターテインメント/テクノロジーアートの世界で名を馳せたことは風の便りに聴く程度だった。
それ以来レコードやCDを聴く事はおろか、思い出す事も殆どなかったレジデンツが35年ぶりに来日公演を果たした。会場はブルーノート東京。サン・ラ・アーケストラやジェームズ・チャンスなど異端の音楽家を時折気が触れたように招聘するが、よりによってレジデンツとは、最初は呆気に取られたが、実際にステージを観て、決してミスマッチではない事が分かった。目玉マークの垂れ幕をバックスクリーンに張り、左手に設置された大きな球体の他は、キーボード、ギターアンプ、電子ドラムがセットされただけの簡素なステージは、音楽ライヴというよりスタンダップコメディやミニ演劇の赴きがあり、ライヴハウスであると同時にシアター(劇場)的な要素のあるブルーノート東京によく似合う。
ステージに登場したのは角の生えた牛のコスチュームを纏い、付け鼻とサングラスをかけたシンガーと、嘴の長い鳥の面を被ったギター、ベース、キーボードのカルテット。告知フライヤーのアイボールではなく、会場入り口に飾られたアーティスト写真の扮装である。意外な事に演奏は3人のバンドの生演奏が殆どで、テープの使用は最小限。ロックバンド編成だが、何処か螺子が外れた演奏は、異世界人(鳥)が「人間そっくり」に真似しているように聴こえる。ヴォーカルはエフェクトを通しているが、生声を聴けば愛好家には一発で分かる通り、レジデンツ・サウンドの要である幼児性と野獣性を兼ね供えた変質的ヴォイスを持つオリジナル・メンバーに違いない。
『In Between Dreams』(夢と夢の間に)と名付けられたプログラムは、「The Cowboy Dream」(カウボーイの夢)、「The Train Wreck Dream」(列車事故の夢)、「The Ballerina Dream」(バレリーナの夢)という3つのパートからなり、各パートの冒頭でステージ上の球体にジョン・ウェインなどアメリカ文化の象徴的キャラクターの映像が投射され、奇怪に変調された声で悲劇の夢物語を語る。新旧取り混ぜた演奏曲目も各テーマに沿った一続きのストーリーを描き出していた。
レジデンツの描く世界は当初から諧謔性に満ちていた。ビートルズの写真に落書きした『ミート・ザ・レジデンツ』(74)、ナチスのラジオ放送を模してオールディーズを解体・再構築した『サード・ライヒン・ロール』(76)、近代化で失われるエスキモーの伝統文化を電子的に箱庭化した『エスキモー』(79)、ラジオCMで使えるように40編の1分間ソングをパッケージした『コマーシャル・アルバム』(80)。マルチメディア時代以降に発表した作品も宗教や歴史的事件をテーマに映像・音楽で再現したものが多い。そこに流れているのはパロディー(風刺)精神だけではなく、失われていく時間への郷愁と、それを自らの手で再構成することで永遠の命を授けようとする愛情である。しかしながら「そっくり」にしようとすればするほど、似ても似つかないものに変幻(メタモルフォーゼ)してしまうのが、何処にもない世界の誰でもない住人の宿命なのだ。
中年太りの出っ腹で牛のタイツに身を包み、奇矯な身振りで歌い叫ぶサングラスの奥の瞳は慈愛と哀しみで潤んでいるように見えた。『レジデンツ』とはステージ上の特定の誰かを指すのではなく、この時間を共有し錯乱した夢物語に参画するすべての人々が醸し出す集団的無意識の擬人化なのかもしれない。
(剛田武 2017年3月30日記)