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Concerts/Live ShowsNo. 244

#1020 第20回ビッグバンド・フェスティバル

BIG BAND FESTIVAL  2018  (Vol. 20)~第20回ビッグバンド・フェスティバル
2018年7月7日 土曜日 15:00  文京シビックホール  大ホール

text by Masahiko Yuh  悠 雅彦

 

1)角田健一ビッグバンド w. シルビア・グラブ

1.Take the A Train
2.  My Blue Heaven
3.   Fly Me to the Moon (歌)
4.   It Don’t Mean a Thing(歌)
5.   New York, New York (歌)
6.Moonlight Serenade
7.   Apple Honey

2)見砂和照と東京キューバンボーイズ

1.Granada グラナダ
2.Quien Sera  キエンセラ
3.Pus Pus (あびる竜太)
4.城ヶ島の雨(梁田貞)
5.Bésame Mucho ベサメ・ムーチョ
6.El Manisero ピーナツ・ヴェンダー 南京豆売り

3)森寿男とブルーコーツ

1.Blues in Hoss’ Flat(カウント・ベイシー)
2.Stardust
3.Cute(カウント・ベイシー)
4.Sing Sing Sing(歌)
5.Anvil Chorus (ヴェルディ)
6.One O’ Clock Jump(カウント・ベイシー)

4)3バンド合同演奏  w. 前田憲男(編曲&指揮)

◯   Caravan (ファン・ティゾール~デューク・エリントン)

 

一昔前、シャープス&フラッツ、宮間利之とニューハード、高橋達也と東京ユニオンらが活躍していたころは、これらのバンドが単独でコンサートを催し、贔屓のビッグバンド・ファンを熱狂させていたものだった。そんな往時を振り返って、そのころの熱気に満ちたビッグバンド黄金期を懐かしむ愛好家は決して少なくない。その証拠といってもよいか、1802人のキャパシティーを持つホールの客席が、この日を楽しみにしていた人々でみるみる埋まっていく。青春時代を取り戻すべく会場(文京シビック大ホール)に集まったそんな人々の、今にも喜びが弾け飛びそうな顔、顔、顔。ざっと見渡して学生はおろか若いファンはほとんど見かけない。なかには車椅子で駆けつけた人もいれば、身内の助けがなければ席にさえ座れない人もいる。それでも彼らの顔から笑顔が消えない……何という素敵なショット!

今回、これだけの観客が来場したのは、恒例のこのビッグバンド・フェスティバルがついに20回を迎えたことと無関係ではないだろうし、今回はそれを祝って日本のジャズ/ポピュラー音楽界を代表する編曲者(アレンジャー)の前田憲男をゲストに招き、何と出演した3つのビッグバンドを最後に合同演奏させるという、そのための演奏曲のアレンジを披露する場を設けたアイディアに、人々の期待が集まったことはむろん間違いはないだろう。客席にはかつてシャープス&フラッツを率いて八面六臂の活躍を展開した原信夫(91歳)さんやジャズ評論の分野で今なお健筆を振るう瀬川昌久(93歳)さんをはじめ、当時のジャズ界隈でその名を知られた大御所たちの元気な顔もうかがえた。司会の森口博子が原さんを紹介すると、原さんが90を越えた年齢とは思えぬ血色のいい元気さで観客の万雷の拍手に笑顔で応え、会場の盛り上げに一役買ってみせた。

幕開きに登場した角田健一ビッグバンドがオープニングのデューク・エリントン楽団のテーマ曲「A 列車で行こう」から、間にシルビア・グラブの歌を挟んで、最後の「アップル・ハニー」(ウディ・ハーマン楽団)まで、現代日本のビッグバンド界において東のトップにのぼり詰めた実力のほどを示したのはさすがだった。このバンドは2年後の2020年には結成30年を迎える。傑出したトロンボーン奏者の宗清洋が率いる西のアロー・ジャズ・オーケストラと張り合って、ビッグバンド黄金時代の再来を担うことを期待したい。

次いで登場した東京キューバンボーイズ。見砂直照が率いて一時代を築いたこのバンドはキューバでその名が知られるほどキューバ音楽の神髄を彼らの演奏の中で体現、見砂直照はキューバから文化勲章を授与されるなどキューバへの愛情を音楽に託した偉大なリーダーであった。リーダーの見砂直照がが90年6月に病没した後、子息の和照氏が2005年に再結成。2015年に10周年を迎え、トランペットのルイス・ヴァジェやピアノのあびる竜太などの若いメンバーを軸にした新展開が期待できそう。当日はその昔、新宿の「ラ・セーヌ」で聴いた「キエン・セラ」や「ベサメ・ムーチョ」の再演に私自身も感激し、とりわけ「城ヶ島の雨」には思わず落涙した。私とは早稲田大学のハイソサエティ・オーケストラで同期だった納見義徳がいまだに現役打楽器奏者(ボンゴ)として元気に演奏している姿には胸打たれる(和照氏は常に彼を”人間国宝”と呼んでいる)が、若いメンバーが力をつけてきた現代キューバンボーイズにはさらに奮起することを願ってやまない。

ブルーコーツ(Blue Coats)を現在率いる森寿男は、芸大出でトランペットのリーダーとして活躍したあと3代目のリーダーとなった。10月には86歳を迎えることもあり、前2者と並ぶには年齢の点でやや心配。とはいえ、我が国のビッグバンドの歴史に輝かしい名を残している点では現在のピカイチ。何しろあの黛敏郎が在籍したバンドであり、ナンシー梅木、穐吉敏子、笈田敏夫ら日本のジャズ界で活躍した名士がこのバンドの出身者なのだ。残念ながら今日のブルーコーツには往年のBlue Coatsは望むべくもない。カウント・ベイシー楽団の演奏曲を中心に演奏したが、中では「キュート」におけるドラマーの阿野次男の洒脱なブラッシュ・ワークが光った。

そして休憩後、いよいよ待望の3バンドの登場。中央のブルーコーツを挟んで左に東京キューバンボーイズ、右に角田健一ビッグバンド。総勢60人近いプレーヤーが、よくステージに乗ったものだ。ステージの広い文京シビック大ホールならでは。そして、いよいよ前田憲男の登場となる。誕生日(12月6日)を迎えれば84歳になる前田だが、ステージでは元気いっぱい。現在83だが、無論老け込む歳ではない。それより私がさすが前田憲男と感じ入ったのは、合同演奏の楽曲にデューク・エリントン楽団の演奏で世に出た「キャラヴァン」を選んだことだ。曲はエリントン楽団のトロンボーン奏者だったファン・ティゾールとエリントンが共作して1935年に吹き込んだもので、以後アフロ・キューバン・ジャズなる呼称の中核とも言える作品。エリントンのもとにいたアーヴィング・ミルズが作詞して以後名だたるシンガーもこぞって歌うようになった。中ではナット・キング・コールやボビー・ダーリンが有名。

個人的には、前田さんが選ぶとすれば、「キャラヴァン」か「ビギン・ザ・ビギン」だろうと目星をつけていた。当日の3バンドにはラテン・ビッグバンドの東京キューバンボーイズが名を連ねており、ジャズのスイング曲や単なるスタンダード曲では分が悪い。「キャラヴァン」だったら3バンドにとって不足はないはずだ。前田さんは頭の中でそんな計算を働かせたのではないか。ビッグバンドが3つも並んだからといって、大音響で勝負するわけではない。 そこがわが国を代表するアレンジャー、前田憲男の腕の見せどころ。東京キューバンボーイズが最初のパートを提示し、前田の指揮で次のパートがブルーコーツにバトンタッチされ、そして角田健一ビッグバンドにリレーされるという形でテーマ提示が終わったあと、前田憲男ならではの書法による変化に富んだアンサンブル・パッセージが次々にリレーされる、まさに息を飲むような大アンサンブルの妙味と迫力に聴衆はまさしく酔わされたのではないか。あたかも大輪が開花するかのような最高にカラフルで、かつビッグバンドの最も高度なスイング性やアフロ・キューバンならではのエキゾチックなサウンド美を巧みに3つのバンドのアンサンブルを通して表出させることに意を尽くした前田憲男のアイディア豊かな編曲に、聴衆ともども感服させられた。この人独特のユーモラスな語り口がスコアからも、また指揮ぶりからも窺えて、彼の健在ぶりを祝福する聴衆の爆発するような拍手と歓声には、さすがのひょうきんな前田憲男もグッときたのではなかったろうか。3ビッグバンドの合同演奏というと、いかにも客寄せ的な主催者側の発想を連想させるが、そんなマイナス面も含めて全てを救った前田憲男の存在感を讃えたい。(2018年7月9日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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