#1022 山下洋輔スペシャル・ビッグバンド・コンサート 2018
text by Masahiko Yuh 悠 雅彦
photo by Akihiko Sonoda 園田昭彦
2018年7月13日 金曜日 19 : 00 サントリーホール
第1部
1.ノッキン・キャッツ Knockin’ Cats (山下洋輔/編曲:狭間美帆)
2.極東組曲 Far East Suite より(デューク・エリントン/編曲:松本治)
イ.Tourist Point of View トゥーリスト・ポイント・オヴ・ヴュー
ロ.Isfahan イスファハン
ハ.Blue Pepper ブルー・ペッパー
3.ボレロ Bolero(モーリス・ラヴェル/編曲:松本治)
第2部
組曲 山下洋輔トリオ Suite “ Yosuke Yamashita Trio “(山下洋輔/編曲:松本治)
第1楽章 クレイ Clay
第2楽章 ロイハニ ROIHANI~ミナのセカンドテーマ Mina’ s 2nd Theme
第3楽章 キアズマ Chiasma
第4楽章 クレイ Clay – piano solo ~寿限無 JUGEMU
第5楽章 クレイ Clay – piano TACET
第6楽章 グガン GUGAN
山下洋輔 p/進行
松本治 tb/編曲/指揮
金子健 bass 高橋信之介 drums
エリック宮城 佐々木史郎 小幡光邦 高瀬龍一 ~trumpet
中川英二郎 今込治 山城純子 ~ trombone
池田篤 米田裕也~ alto saxophone 川島哲郎 竹野昌邦~tenor saxophone
小池修~baritone saxophone
今月の巻頭文は、55年の歳月を経て初めて明らかになったジャズ史上最強のジョン・コルトレーン・クヮルテットによる未発表スタジオ録音について書くことがすでに決まっていた。編集長からも念押しされてもいた。もしコルトレーンの奇跡の発掘盤を前回のJAZZTOKYO紙で書いていたら、今回の巻頭文には間違いなくさる7月13日にサントリー大ホールで催されたこの山下洋輔スペシャル・ビッグバンドを取り上げたであろうことはまず間違いない。それほど予想だにしなかった、素晴らしいとしか言いようがないコンサートで、普段ならコンサートが終わればさっさと席を立って家路を急ぐはずの私が、ようとして席から立てないほど感動に身を震わせるのがやっとだった。
これは何とかして新聞に書かなければ、とある種の使命感に後押しされるように、現在私がジャズ関係のステージ評をたまに書いている朝日新聞のかつての芸能記者に打ち明けたところ、不運にも担当記者が私の知らない人に代わっていた。駄目なら駄目で、それが明快になった時点で考え直すことにして、いざという場合に備えて原稿だけは書いておくことにしようとまとめあげた。
<数年に1度あるかないかというコンサートに巡り会い、終わった後もしばらくその余韻に浸った。正直に言えば、興奮が冷めず席を立てなかったのだ。かくも予想だにしない感激と興奮が待っていようとは、演奏が始まるまでは夢にも思わなかった>
以上は、新聞のステージ評を想定して書いた出だしの数行だ。次の数行でこのコンサートのあらましを簡潔に書いた。
<山下洋輔が2年に1度だけ、考えうる最高最良のメンバーを集めて催すスペシャル・ビッグバンド・コンサート。主(あるじ)はむろん山下洋輔だが、聴衆の耳目を奪ったのは今日の日本の音楽(ジャズ)界を代表するトップ・ミュージシャン総勢16人の猛者達のアンサンブル技術と高度な演奏能力、およびビッグバンドのために価値ある全編曲作業をまっとうしたアレンジャー、松本治とのコンビネーションである>
殊勲甲は何と言っても全編曲を担った松本治であり、この譜面を的確に演奏してアンサンブルの妙味を発揮し尽くした16人の超一流ミュジシャンからなるビッグバンド、まさにスペシャル・ビッグバンドの面々だ。
2部構成をとったコンサートの第1部は、山下の曲を狭間美帆が編曲した「ノッキン・キャッツ」で始まった。現在、作編曲家として飛ぶ鳥を落とす勢いの狭間らしいシャープなアレンジ。バンドの面々がトランペット、トロンボーン、サックスの順で名刺がわりにソロを取り、最後に山下がソロをとって締めくくる。
私が唸ったのは次の作品、かのデューク・エリントンが1964年に日本を含む極東(Far East)を旅したときの印象をビッグバンド演奏用にまとめたもの。64年に初来日した折りエリントンは「極東組曲」とは別に日本の琴に触発された「アドリブ・オン・ニッポン」という曲を作っている。日本からインドや中東を回ったエリントンのこの旅行はケネディ暗殺事件のため中東から急遽帰国せざるを得なかったが、この直後にビリー・ストレイホーンが死去したため「極東組曲」がエリントンとストレイホーンによる最後の作品となった。この曲集から松本は「ツーリスト・ポイント・オヴ・ビュー」、「イスファハン」、「ブルー・ペッパー」の3曲を選び、独自のオーケストレーションを施している。中では「イスファハン」が飛び抜けてよく知られるが、この3つの曲に対する松本の並ならぬ深い愛情がアンサンブルのここかしこから滲み出てくるかのような暖かい空気感が私には格別に印象的だった。「イスファハン」のソロをとったのは池田篤。なんて美しい曲だと感心した人も多いのではなかったか。「ブルー・ペッパー」はブルースだが、山下が抑え気味のいいソロをとった。ステージの左右にはうず高くセットされたスピーカーから見事に制御されたサウンドが心地よい響きを放出し、「極東組曲」のサウンドの流れに貢献している点が強く印象に残った。
前半の最後は「ボレロ」。ここで松本が指揮に専念して自らアレンジした「ボレロ」のビッグバンド版を披露した。川島哲郎がフルートでテーマを導き、池田敦と小池修でテーマを導く。山下洋輔の演奏を聴いた作家の筒井康隆が ”脱臼したボレロ” と評したというが、この評を山下が大変気に入ったことを勘定に入れた松本のやや調子外れのアレンジが山下ボレロの面白さを表出して愉快だった。
後半の第2部がまた面白かった。ここでは60年代末から70年代にかけて中村誠一、森山威男、その後の坂田明らを擁して暴れまわった山下洋輔トリオの代表的な楽曲を6楽章構成にして並べ、上記のプログラムに見られるような一種の大曲構成にした山下自身のアイディアと松本治の編曲およびオーケストレーションによる、実に壮大にして愉快な作品に再構成(そのために全6楽章は続けて演奏された)した演奏が新鮮な感興を生んだ。これはまさにアイディアの勝利と言っていいだろう。アンサンブルは言わずもがなだが、第1楽章から小池修、第2楽章の山下、川島哲郎のフルート、第3楽章の竹野昌邦と山下、第4楽章の「寿限無」では山下が台詞を披露したあと、中川英二郎、池田篤、高橋信之介らが傑出したソロをとって場内を沸かした。第5楽章はアンサンブルだけで聴衆を魅了し、最後の第6楽章では松本までがトロンボーンのソロを披露したほか、山下が無伴奏で「グガン」の無伴奏ソロをとって健在ぶりを示し、締めくくった。いつもとやや異なった印象を受けたのは、山下が普段のように大騒ぎをせず、むしろ常以上にメンバーをたて、みずからは出しゃばらないように抑えてアンサンブルをたてていたことで、ここがすこぶる印象深かった。
アンコールは「A 列車で行こう Take the A Train 」(デューク・エリントン)。各アンサンブルがセクションごとに合奏し、高橋信之介とベースの金子健がソロを披露。最後を山下洋輔が単独ソロで締めくくった。
本当に、予想もしなかった、スペシャルの名にふさわしい、素晴らしいビッグバンド・コンサートであった。気が早いと怒られそうだが、本年のベスト・コンサートはこれで決まりだ。(2018年7月21日記)