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Concerts/Live ShowsNo. 245

#1026 大野えり Live Recording !  2DAYS

text by Masahiko Yuh 悠雅彦
photos by Tak Tokiwa 常盤武彦

2018年8月13日 19:30  新宿ピットイン

大野えり vocal
石田衛 piano
米木康志 bass
原大力 drums

ゲスト・ソロイスト:
類家心平 trumpet
太田朱美 flute
川嶋哲郎 tenor sax

1st Set:
1 .   Just in Time
2.   Throw it Away
3.   Confirmation
4 .    I’ m Glad There Is You
5 .   The Best Is Yet to Come
6 .    La La La You Are Mine
7 .   Lotus Blossom

2nd Set:
1 .    Jelly Fish Blues
2 .    This Can’ t Be Love
3 .    In Time of the Silver Rain
4 .    Lush Life
5 .    Sharing the Night with the Blues
6 .    We Were Meant to Be
7 .    Love You Madly
Enc . Feeling Good


今年のベスト・コンサートに間違いないと確信した<山下洋輔スペシャル・ビッグバンド(7月13日 サントリーホール)>のコンサートからちょうど1ヶ月経ったこの夜、またもや私はノックアウトされた。KOはKOでもこういうKOなら大歓迎、とはいってもこうも予想外の一頭抜きん出た出来栄えの演奏や舞台作品に出会うと、嬉しさを通り越してもしかしたら何か思わぬ異変が起こる前兆ではないかと胸騒ぎさえ覚えかねない。そのくらい数え切れないほどの人々が詰めかけた。8月13日月曜日の新宿ピットイン。

ステージが開幕する8時前には立ち見客で身動きが取れぬほど多くの人でごった返した。かくも人、人、人で賑わうピットインの熱気を浴びた経験は、私にとっては一昔前の歴史の1ページを繰るような出来事、例えば生前のエルヴィン・ジョーンズがウィントン・マルサリスらと演奏した「至上の愛」セッションとかほんの幾つかを思い出すだけだが、私の脳裏に思い浮かぶどのセッションよりもこの夜は数えきれぬファンで身動きすら儘ならぬ混雑ぶりだった。その主こそ、1979年に佐藤允彦のプロデュースで吹込デビューした大野えりだ。そのデビュー作『Touch My Mind』(日本コロムビア)を聴いて、日本にもやっと英米のシンガーに対抗できるジャズ・シンガーが現れたといささかエキサイトしたことが今でも頭の隅にある。ところが、その直後に彼女は、当時ハンク・ジョーンズが率いていたグレイト・ジャズ・トリオをバックにして歌ったアルバムを発表して評判を呼んだものの、私自身はなぜか彼女を聴く機会をあまり持てなくなってしまった。なぜそうなったのか分からない。当時私はWHYNOTという自主レーベルの活動を展開しており、藤原清登やケニー・ギャレットとのレコーディングを考えていたころで、他のミュージシャンやグループとの接触や関係がおろそかになっていたからかもしれない。

そんなわけで、私が大野えりのステージを生で聴くのは20数年ぶり。ひょっとすると30年ぶりかもしれず、しばらくぶりに聴く彼女の歌声に、私自身がどんな反応を表すだろうかとひと事みたいに思ったりしてなぜか落ち着かなかった。もっとも、彼女のように真に実力のある正真正銘のジャズ・シンガーが、もし私の想像通りに歌手としての能力とセンスを全開させたらと思うと興奮がひそかに高まるのはむしろ当たり前であったろう。

そんな彼女が「Just in Time」でこの夜のステージの船出を飾った瞬間、私の想像に寸分の狂いもなかったことになんとも言えぬ安堵感を感じた。あゝ彼女は私が一昔前によく聴いていたころの ”大野えり” の味わいを少しも失っていない! ”ちょうどいいときに私はあなたを見つけた” 。ジュール・スタインのシンプルに跳躍するメロディーが、まるで彼女の言葉(歌詞)を介して私に話しかけているみたいだ。

このあと大野えりは、アビー・リンカーンの2.「スロウ・イット・アウェイ」、パーカーの3.「コンファメーション」と歌ってペースに乗った。アビーの曲を歌うシンガーなんて大野の他にはいないだろう。彼女にとって幸運だったのは元岡一英というピアニストのもとで歌い始めたことかもしれないが、その話に触れたあと「コンファメーション」での彼女のスキャットが予想に違わず素晴らしかった。この日のゲスト・プレイヤーがみな颯爽としたソロを披露したことも特筆しなくてはならないが、2.での類家心平、3.での太田朱美、とりわけスキャットとソロで大野と太田が応酬しあったやり取りはスリリングだった。加えて、4.での川嶋哲郎の味のあるテナー・プレイが光った。山下洋輔スペシャル・ビッグバンドでのフルートによるアヴァンギャルドなプレイも素晴らしかったが、この成熟しきった演奏は彼がいまサックス奏者として脂の乗り切った時を迎えていることの証左だろう。そして、カーメン・マクレーの名唱が忘れがたい5.、大野自身の曲6.と続いたが、興味深かったのは6.だ。

類家心平と太田朱美がソロイストで加わり、白熱的なソロのバトルを披露した熱気横溢する演奏で会場も大いに盛り上がった。この曲では後半、大野のリードと合図で会場のファンが声を合わせる場面がある。「ラ・ラ・ラ・ユー・アー・マイン」という曲を知っているえりのファンがこんなにもいるとは。会場の合唱でひとしきり盛り上がったこの光景に出くわして驚いたことは言うまでもない。彼女が自作のこの曲を加えた理由がよく分かった。

そして前半の締めくくりはビリー・ストレイホーンの名曲7.「ロータス・ブロッサム」。デューク・エリントンも賛美したこの美しいバラッドを、大野はみずから訳詞した言葉で「睡蓮」の美を愛でる至上の1曲として歌い綴った。川嶋哲郎のテナーがリリカルに、寄り添うように歌い、それが泥沼に咲く蓮の美しさをたたえて印象深かった。

バッファロー・ドーターの98年作品「ジェリー・フィッシュ・ブルース」で始まった後半の第2部は、いっそうリラックスした雰囲気の、いかにもライヴらしいステージとなった。これに続いてN.K.コールのほかシナトラの好唱もある「ジス・キャント・ビー・ラヴ」、ラングストン・ヒューズの詩が美しい「イン・タイム・オヴ・ザ・シルヴァー・レイン」、そしてビリー・ストレイホーンの不朽の名曲「ラッシュ・ライフ」、大野が大好きなシャーリー・ホーンが歌った1曲「シェアリング・ザ・ナイト・ウィズ・ザ・ブルース」、自身のオリジナル曲「ウィ・ワー・メント・トゥ・ビー」等々。後半の彼女は観客のノリを巧みに自身のノリに引き込み、第1部の後半でも見せた聴衆と一体となったステージングで盛り上げた。

こうして聴く限り、彼女が60を超えたとはとても思えない。例えば「We Were Meant to Be」での手拍子を求めながら、最後は三管のアンサンブルでスマートに決めるなど、目配りをおろそかにせず締めるところは締めてステージがどさくさ化することを巧みに回避した、その味わい深さ。ゲスト・ソロイストに加えて、後半はレギュラー・トリオの米木廉志や原大力にもソロの場を与え、チームが一つになって、いわばショーとしてファンを心底楽しませた点にも感心した。とりわけ歌のバックに少しの乱れもなく、大野の思惑通りにステージが展開した点では、音楽監督でもあるトリオのピアニスト石田衛の目配りの利いた演出を讃えたい。後半の各演奏に触れるスペースが尽きてしまった。どれか1曲となれば、やはり「ラッシュ・ライフ」か。ヴァースから歌い始め、歌詞の主語を「He」にするなど大野の気の入れようがいい。川嶋のソロも泣かせた。

最後は、デューク・エリントンに倣って「Love You Madly」(エリントンは演奏の最後にかならず “ We Love You Madly “といって締めくくったものだった)。石田衛、類家心平、川嶋哲郎らが屈託のないソロを取り、大野が得意のスキャットで張り合った。そして、アンコール曲の「Feeling Good]。まさに久しぶりに聴く大野えりのヴォーカルに満喫した一夜であった(なお、この夜のライヴはプロデューサーの三田晴夫氏の下でライヴ・レコーディングされた。発売を楽しみに待ちたい)。(2018年8月29日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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