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Concerts/Live ShowsNo. 219

#899 〜80歳を目指して〜舘野泉 3つのピアノ協奏曲初演

2016年6月18日(土)第一生命ホール
Reported by Kayo Fushiya 伏谷佳代

出演
舘野泉(ピアノ)
ヤンネ舘野(ヴァイオリン)
坂入健司郎 (指揮)
東京ユヴェントス・フィルハーモニー

《プログラム》

ルネ・シュタール:ファンタスティック・ダンス
★舘野 泉に捧ぐ (世界初演)

ヒンデミット:左手のためのピアノ協奏曲 作品29 (日本初演)

平野一郎:二重協奏曲 <星巡ノ夜 ほしめぐりのよる>
~ピアノ(左手)、ヴァイオリンと小オーケストラの為の~
宮澤賢治ノ心象ノ木霊 (みやざわけんじのこころのこだま)
★舘野 泉&ヤンネ舘野に捧ぐ (東京初演)

第1楽章:天路ノ汽笛
挿楽:春ー磐船星
カデンツァα:ジョヴァンニの肖像(ヴァイオリン独奏)
挿楽:夏ー棚機星
第2楽章:銀河ノ舟歌Э カデンツァβ:カムパネルラとの対話(ピアノ&ヴァイオリン)
挿楽:秋ー海鳴星
カデンツァγ:ブルカニロ博士の告白(ピアノ独奏)
挿楽:御統星
第3楽章:際涯ノ星祭

★「舘野 泉左手の文庫」助成作品

*アンコール
谷川賢作:『スケッチ・オブ・ジャズⅡ』より「オールド・グランパス・シンプル・ジョーク」
カッチーニ(吉松隆編曲):アヴェ・マリア


巨匠・舘野泉による、傘寿を目前とした記念プロジェクト。この日演奏された3曲の協奏曲は、それぞれ世界・日本・東京において初演となる。「左手」のための作品が極端にすくない現状に対処すべく設立された「舘野泉左手の文庫」。彼の才能と人徳のなせる技でもあろうが、世界中の気鋭の作曲家たちの手による献呈・委嘱作品はかなりの数にのぼる。あまつさえそのスケールの大きさでファンを魅了しつづけてきた舘野泉の音楽は、「左手のピアニスト」となって十余年、その突き抜けるような鼓動と生命力であらゆる垣根を取りはらいつつある。今後「左手」と注記する必要はないと思うほど、音楽の普遍性が湧き出ているのだ。

「誰が為の音楽か」—-この問いにすぐさま応えられる演奏は少ない。現代にあってはジャンルは細分化し、嗜好・評価もさまざま。一般受け、玄人受け、一部の好事家受け、と色々あるだろう。とりわけメカニックの精巧さをまず前提条件とするのがクラシック音楽だ。だが、舘野泉の音楽はもっと直球であり、芸術の原点からブレない。「居合わせた人すべての為にある音楽」を肌で実感するのだ。一音へと集約される怒涛のようなエネルギー、感情と決して乖離しないタイム感覚、音色に息づく豊かな愛情、音楽することの歓び…。会場には涙する人の姿が多く見受けられた。

かつてヘルシンキで舘野のもとでピアノを学んだというルネ・シュタールによる「ファンタスティック・ダンス」からスタート。タイトルが示すように舞曲の要素が万華鏡のように組み合わされた、リズミックな作品だ。自身がすぐれたヴァイオリン奏者であるシュタールらしく、細かな擦弦機能を駆使した楽曲構成だが、ここは若者中心のオーケストラならでは、フレッシュな推進力をみせる。続いてヒンデミットの「管弦楽付きピアノ作品」。シンプルな二拍子をメロディアスに浮き上がらせ、音間の叙情性を増幅してゆく舘野の手腕はやはり貫禄のひと言。切り詰めた楽曲構成のなかに最大限のパッションが封じ込められる。こうしたミニマルな作品は個々の奏者の実力を露わにしてしまうものだが、金管やパーカッションなど、実に堂に入った好演であった。ヒンデミットが古典に思えるほどのスムースで衒いのない音楽の提示力は、指揮者の坂入建司郎や団員たちの若い感性が功を奏した格好の例であろう(それにしても、この曲がこれまで日本で演奏されなかったとは、にわかに信じがたい)。

さて、この日出色の出来映えであったのが、平野一郎「二重協奏曲〈星巡ノ夜〉〜ピアノ(左手)、ヴァイオリンと小オーケストラの為の〜宮澤賢治ノ心象ノ木霊」であろう(賢治ゆかりの東北農民管弦楽団により2月14日に仙台で初演。この日は東京初演)。各地をフィールドワークし、日本の風土・伝承に根ざした傑出した作風で知られる平野一郎。プログラムにも「ほんとうの賢治の生き様の根は、無用者の疾しさを肚(はら)に抱えながら貫いた奥深い風土との直の交わりにある」とあるとおり、西洋贔屓の視点で語られがちな賢治を一旦棚上げし、土着的なアプローチで掘り下げた傑作。しかしながら、洋の違いを凌駕した、壮大な抒情詩であり叙景詩が実現されている。日本が世界に誇れる作品がまたひとつ誕生したことをまず喜びたい。ピアノの同音連打による律動で楽曲がスタートするや否や、聴き手は茫洋たる大自然のなかへ有無をいわさず放り込まれる。視覚的喚起力、時空の超越、そのスピードにまず幻惑される。不穏な響きの狭間をぬって記憶の襞(ひだ)を絡めとる、泥臭くもノスタルジックなテーマ、楽器を材質感へと、ひいては大地のたわみへと還元してしまうタッピングやピッツィカート、力強い低音楽器の呻吟。全音域を駆け巡る、ニュアンス豊かなピアノの粒立ちは、楽章間の挿楽のタイトルとしてちりばめられた「星」のイメージとリンクする。凛冽でありながら、濁流のような力強さを併せ持つ音楽は、なるほど舘野泉の演奏家人生そのままである。思えば、オーケストラとは生々しい共生の体験であり、一体感を増すほどに個々の表情も際立つ。瞬間が濃厚にたちのぼる。これだけコンサートが溢れる現代でも、それは稀有な体験なのだ。(伏谷佳代)

《links》
http://www.izumi-tateno.com/
https://www.japanarts.co.jp/artist/JanneTATENO
http://tokyojuventus.com/

http://www.staar.at/index.php/
http://hiranoichiro.jimdo.com/
舘野泉左手の文庫

《Review link》
https://jazztokyo.org/reviews/live-report/post-4600/

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。欧州に長期居住し(ポルトガル・ドイツ・イタリア)各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評(月刊誌/Web媒体)、演奏会プログラムやライナーノーツの執筆・翻訳など多数。

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