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Concerts/Live ShowsNo. 283

#1183 山田貴子-類家心平/デュオ・ライブ

text by Hiroaki Ichinose 市之瀬 浩盟

10月24日 松本 Storyhouse cafe & bar

約1年ぶりの再会。昨年叶わなかった京都でのレコーディングライブを含めた四夜連投ツアー。京都ライブの翌日、千秋楽打上げ公演とあいなった。

* * *

山田貴子 (piano)
類家心平 (trumpet)

【1st set】
Blue Midnight (P.Motian)
Stella by Starlight
The Ballad of the Sad Young Men (Tommy Wolf, Fran Landesman)
Spiral Dance (Keith Jarrett)

【2nd set】
Luiza (Jobim)
Alone Together
蓮 (山田貴子)
Country (K.Jarrett)

【encore】
I Love You Porgy

* * *

開演前、予定通り最前列正面に陣取り、ステージの壁に飾られている大きな世界地図をどうということなく眺めていた。

…メルカトル図法だったっけ…地図が四角く横長に収まるやつ。海が薄い青色にグレーの陸地、ヨーロッパが真ん中になってる。地球の表面の7割が海で覆われてるんだよな。広いね…
あっ2人がステージに上がったね。

山田のMCから始まる。前夜の京都のレコーディング・ライブも無事完了し、安堵と約1年ぶりの再会を喜ぶその笑顔が菩薩のようである。
甲府〜名古屋〜京都、そして今宵の松本と旅行会社のツアーだったらまずありえない強行軍にも関わらず、早くも殺気がみなぎるふたりである。

…これから船出。穏やかな海に筏で。
ゆっくり、外海に、急に潮の流れにもってかれるね。
はやいね。ぐいぐい、流れのリズムがいろいろで、でも大丈夫、ついていかれる。きもちいいね。

リラックスムード漂うスローナンバーを3曲…しかし手抜かりは全くない。類家の鋭く射抜くトランペットに山田のピアノがじわりじわりと絡んでいく。連戦の疲れなど全く感じさせない真剣勝負。1stセットはスローナンバーで押し通すのだろうか?すると2ndセットは急速調で大団円となるのだろうか?マイルスの『マイファニーヴァレンタイン』と『フォーアンドモア』みたいだな、などと3曲目の拍手をしながら勝手な推測をしていると山田のMCで前半最後の曲キース・ジャレットの<スパイラルダンス>が告げられる。
昨年の松本公演でも前半最後の曲だった。やった!またあの感動が蘇る!
だが冒頭から何か違う。ゆっくりとした流れでこの曲もスローで押し通すのだろうか?類家がテーマを少し入れてくる。だんだん山田があのリズムになる。私の身体も徐々に次に訪れる音を待ちながら揺れてくる。

…おい、さっまでの速さと違うね。だんだんと速く、えっ?ちょっとはやくね?すごいよ、きついよ。えっ?なにこれ

山田の表情がおかしい。何か初めて見る表情である。ゆらゆらと揺れながら頭もぐらぐらと、しかし両の目は一心に譜面とその先をみている。

…ほら先に渦巻があるぜぇ、でかいよ。吸い込まれるよ、抗えない
うわっ、もってかれた。
凄い遠心力!身体もつか?渦が渦が、ぐわっどんどん真ん中へ、中心に向かって凄い速さ!やべっ!俺、泳げね、怖いゃぁ

怖い、何かに取り憑かれているように…そう、取り憑かれている。なにに…
キースである。キースの魂に背中から取り憑かれ、山田自身は譜面とその先をしっかりと見据え一心不乱に弾いている。
弾いているのではない。キースに語りかけ、いや訴えかけている。
“もう一度ステージに立ってピアノを弾いて!”
“片手だけでもいいから”
“指一本でもいいから”
“また貴方の音を聴かせてください、奏でてください”
山田の前にはキースの幻影がある。類家がキースの背中にトランペットの音を叩きつける。息の長い音、ピストンをこれでもかと突き、超高速の音のパルスを。
キースは2人に挟まれ、支えられ、揺れる、踊る、螺旋の中で上昇と下降を繰り返す、止めることも止まることもできない。私達も一緒に。

-菩薩のような山田が夜鬼になった-

山田はキースのサインを財布の中に大事に仕舞い込んで毎日携帯しているそうだ。ジャズの道に導いてくれたキースに心からの敬意を込めて…

…おい、その先は滝だぜ。先が見えね、直角に、うわっ、落ちた。真っ逆さまに、一気に落とされる加速度が、えっ?すごい力で下から突き上げられて上昇してるんかも、なんだかわかんねぇけど気持ちいいな。

やがて終焉のテーマに導かれて3人の踊りが終わると演り終えた山田の表情は菩薩に戻っていた。類家もあのはにかんだ表情に戻った。つぎは私達の拍手が2人を刺し貫いた。

…あれ?波、静かになったね。どうなってたの?わかんね。でも凄かったね。渦の中速くて、夢中で、でも海の神様みえたね。ああ、みた。

後半の<アローン・トゥゲザー>もスリリングな演奏だった。これは京都ライブでは演らなかったそうだ。なのでCDには入らない。山田がそう語った。やった!会場にいた皆が得した気分になった。
最後は山田とキースの美しい2曲とアンコールは永遠のスタンダード。ともにテーマメロディがこの上なく美しい。2人の音の対話、特にキースの<カントリー>には私も思い出、思い入れがあるのでまた不覚にも嗚咽に近いものが湧き上がってしまったが、マスクがあったおかげで周囲には気づかれなかった。いや、このような演奏に出逢えれば何度でも嗚咽することだろう。
京都ライブ盤の発売が待ち遠しい限りである。またこの新譜を携えての凱旋ライブで更にパワーアップして極上のひとときを味わいたいものである。

…次から次へと潮の流れにもってかれ、渦ん中、滝ん中、遠心力や加速度、ハンパなかったよな。また来たいよな。何度でも。でも、人間の身体の6割が水分なんだってよ。身体もつかい?バラバラに弾けちゃうんじゃね?そのたんびに空気どんどん薄くなったし、息できたか?止まってたよね。

いつまで…?

ふたりの顔が演り切った安堵の笑顔に戻るまで…

市之瀬浩盟

長野県松本市生まれ、育ち。市之瀬ミシン商会三代目。松本市老舗ジャズ喫茶「エオンタ」OB。大人のヨーロッパ・ジャズを好む。ECMと福助にこだわるコレクションを続けている。1999年、ポール・ブレイによる松本市でのソロ・コンサートの際、ブレイを愛車BMWで会場からホテルまで送り届けた思い出がある。

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