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音質マイスター萩原光男のサウンドチェックNo. 320

音質マイスター萩原光男の聴きどころチェック
#5『キース・ジャレット/ジ・  オールド・カントリー〜モア・フロム・ザ・ディア・ヘッド・イン』

text by Mitsuo Hagiwara 萩原光男

ECM/Universal Music  UCCE-1212 ¥3,300(税込)

『Keith Jarrett / The Old Country~More From the Dear Head Inn』

  1. Everything I Love
  2. I Fall In Love Too Easily
  3. Straight No Chaser
  4. All Of You
  5. Someday My Prince Will Come
  6. The Old Country
  7. Golden Earrings
  8. How Long Has This Been Going On

Keith Jarrett キース・ジャレット (piano)
Gary Peacock ゲイリー・ピーコック (double bass)
Paul Motian ポール・モチアン (drums)

1992年9月16日 米ペンシルヴェニア州アレンタウンのthe Deer Head Inn(ザ・ディア・ヘッド・イン)でのライヴ録音


「言わば、ホームタウンでの凱旋コンサート!」 

概要:
このアルバムは、キース・ジャレットをピアニストとして育ててくれた故郷のジャズクラブ「ディア・ヘッド・イン」での30年ぶりのコンサート・ライブ、1992年9月の演奏です。 
それだけ書けば、このアルバムでの演奏がどんなものだったかを容易に想像できます。 
キース・ジャレットは、今回発売のアルバムに先立ち1994年に発表されたそのライブ録音のアルバム『アット・ザ・ディア・ヘッド・イン』に下記のように記しています。 
「この演奏は、昔の仲間との再会とジャム・セッションとが同時に起きたみたいになった。(中略)店の中はたくさんの人で埋まり、入りきれない人たちは外で網戸ごしに聴いていた」 
控えめに書かれているこのキース・ジャレットのコメントですが、彼の心は、多くの故郷のジャズ・ファンに囲まれ、人々への感謝とリスペクトに溢れた演奏だったのでしょう。 
そんな豊かなマインドでの演奏が素晴らしくないことはありません。 
今回のアルバムのライナーノートにはこう書かれています。「このトリオでの演奏の輝きは多くのファンから支持され愛されてきた。セールスの記録もよかったのかもしれない。このディア・ヘッド・インでの演奏はキース・ジャレット・トリオの最高傑作と呼ぶ人も多い。」今回の続編をリリースするにあたり「キース以上に(ECMの)アイヒャーのこだわりが原動力になっている」とあります。 
 
この記事を書くにあたって、私はキース・ジャレットの何枚かのトリオやカルテットのアルバムを聴きましたが、他に比べてこのアルバムはひとつひとつの曲が心のこもった特別の演奏で、私の心にも残るものでした。 
 
キース・ジャレットの今 :
キース・ジャレットの音楽への道のりと現在の状況をまとめました。 
幼児期からクラシック音楽を学んだキース・ジャレットは、高校生から突然ジャズに目覚め、その後バークリー音楽大学へ進学しバントを結成してジャズ・ピアニストになります。 
1975年にリリースされた2枚組のアルバム『ケルン・コンサート』で450万枚の売り上げを記録して、創立間もないECMに貢献するとともに、ECMともども一躍脚光を浴びることになりました。1980年代にはクラシック音楽に寄った演奏活動を行い、バッハのゴールドベルク変奏曲やモーツァルトのピアノ協奏曲をECMから発売し、ECMのクラシック部門への取り組みの第一歩となりました。 
かつて、慢性疲労症候群から立ち直った1999年に自宅スタジオで録音した『メロディー・アット・ナイト・ウィズ・ユー』をリリースしましたが、 その後、2018年に2度の脳卒中を煩い、左半身麻痺の後遺症で右手だけでピアノを弾く日々が続いているということです。
 
2、キース・ジャレット、音と音楽 
彼のジャズを聴くにあたりそのポイントは、まずひとつにはクラシック音楽の素養があり、次にソロ・コンサートの音と音楽に着目すべきだ、と思います。 
今回のCDはトリオですが、彼の音楽を語るに欠かせない、ピアノ・ソロについてまず、考えていきましょう。 
 
◎キース・ジャレットのソロ・コンサートの音作りは彼の聴覚生理からくるもの 
彼のソロ・コンサートにまつわるエピソードでこんなものがあります。 
大阪のフェスティバルホールで行なわれた2014年5月3日のコンサートで、観客の咳などによって演奏が何度か中断し、ついにそのまま退場したのです。咳などによって集中力が削がれてしまったとのことです。このような、コンサートでの中断や退場は他にもあったようで、ここから彼の音楽に対する取り組みがわかります。 
 
キース・ジャレットの音と音楽はどう作られてるか。 
それは多分、彼が感じる環境からの生理的反応から始まるのです。 
咳払いを含め、環境の音や会場の隅々から届く反射音、リアクションを受け取り楽曲に反映させているのです。 
そこに合った音、融合する音を確認して鍵盤に触れるのです。 
そして、あらかじめそこに存在する暗騒音、彼の打鍵からの反射音などを確認してそれらと符牒を合わせて音楽が作られてゆくのです。 
 
『ケルン・コンサート』を最初に聴いた時からですが、会場のアコースティックに合わせるなど、環境を利用して音作り・曲作りをしているのが印象的でした。 
私はオーディオの音作りをしてきた人間ですが、音作りと言っても、実は楽器の出す一次的な音ではなく、反射音やそのほか音楽に関係ないかに見える環境の音に着目することは音の完成度の面で重要なことだ、と考えています。 
『ケルン・コンサート』の曲中では、反射音の到達のタイミングが音楽の節になり、反射音自体が曲の中の重要な構成要素になっているのがわかります。 
 
3、このCDの音 
①ソロ・コンサート的な曲運びを2曲目にみる  
このアルバム収録曲でのおすすめのひとつは、2曲目です。 
 
<アイ・フォール・イン・ラブ・トゥー・イージリー>というこの曲は、チェット・ベイカーなども歌うお馴染みの曲です。 
まず、ソロ・コンサート的にキース・ジャレットのソロで始まるイントロは、他のアーチストの歌よりもスローで、聴きごたえのあるモノローグです。 
2分ほどそれが続くとベースとドラムが静かに入ってきて、ピアノは彼らをリスペクトして静かに語りかけ、ベースとドラムがそれに応える、というダイアログは、このアルバム全体を通しても、心にグッとくる演奏です。 
ライブ空間をうまく捉えて、心豊かに、静かに広がる楽器の音は、とても楽しめました。 
 
②スタンダード・ナンバーの聴き方 
収録曲はほとんどがスタンダード・ナンバーです。 
スタンダード・ナンバーは、ファッションに例えれば、制服を着て細部におしゃれをするようなもので、奏者も聴く側も、大枠の曲の流れをわきまえていて曲の雰囲気に乗れるのは、オリジナル曲にはない魅力です。 
 
このアルバムの心に残るもう一曲は、私は6曲目<ジ・オールド・カントリー>でした。 
スタンダード・ナンバーからですが、私はこの曲は知りませんが、「ノリ」よく彼のハミングが聴こえれば、もう曲の仕上がりとしては完璧です。 
キース・ジャレットの聴きどころのひとつは、ハミングというか唸り声です。それが聴こえる演奏は自分の音世界に酔っている、良い演奏です。 
このCDでも、随所に聴けますが、それほどにホームタウンの人々に囲まれての、嬉しい演奏だったのです。 
 
③最後の仕上げはベースの再生 
ソロ・コンサートでは環境音との対話、と言えるくらい自分以外の音に意識があるキース・ジャレットの演奏ですから、今回のトリオのアルバムでは、他の楽器との掛け合いに注目するのは大きなポイントです。 
意識しなければ聴き逃してしまう聴きどころですが、特にベースとの絡み合いは、静かながら味があります。 
6曲目はそんな聴きどころにも聞き逃さないでほしいところです。 
しっかりしたベース・ラインが聴けると味わいが違ってきます。 
私はこの部分をJBL4320とマッキントシュのアンプで再生して、豊かなベースとピアノのダイアログを楽しむことができました。 
蛇足ながら、このあたりの中低域の再生は、スピーカーの低域再生能力も重要ですが、パワーアンプの能力も重要です。 
ここでのパワーアンプのポイントは、パワーというより、パワーアンプの電源のドライブ能力のことで、どのくらい余裕があるか、なのです。 
 
*関連記事(アルバム・レヴュー)
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萩原光男

萩原 光男 1971年、国立長野工業高等専門学校を経て、トリオ株式会社(現・JVCケンウッド株式会社)入社。アンプ開発から、スピーカ、カーオーディオ、ホームオーディオと、一貫してオーディオの音作りを担い、後に「音質マイスター」としてホームオーディオの音質を立て直す。2010年、定年退職。2018年、柔道整復師の資格を得て整骨院開設、JBL D130をメインにフルレンジシステムをBGMに施術を行う。著書に『ビンテージ JBLのすべて』。

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