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Concerts/Live Showsヒロ・ホンシュクの楽曲解説No. 323

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #112 Kendrick Lamar<Not Like Us>

“40 acres and a mule, this is bigger than the music.”

「40エイカーズとラバ1頭、音楽なんていうちっぽけな問題じゃあないんだ。」(注:40エイカーズとラバ1頭とは、奴隷解放に際しアメリカがなし崩しにした黒人に対する1865年の補償案)

“They tried to rig the game, but you can’t fake influence.”

「奴らは八百長に徹した。だがみんな真相を知ってるぜ。」

今回はちょっと趣向を変えてKendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)のスーパーボウル・ハーフタイム・ショーを取り上げた。使用した画像は全てスクリーンショットだということをご理解頂きたい。アメリカン・フットボールに全く興味のない筆者だが、毎年このハーフタイム・ショーだけは楽しみにしている。ラマーは去る2月2日にグラミー賞5部門総ナメという偉業をなしとげこともあってか、今年のハーフタイム・ショーは記録の1億3,350万という視聴率を得、それまでの記録を1,000万強上回った。

“The revolution is about to be televised. You picked the right time but the wrong guy.”

「革命がテレビに流れるぜ。(見てるかい)タイミングよかったな。だが、あんたらは間違った奴を選んだんだ。」

明らかにトランプ批判だ。しかもトランプは歴代大統領初のスーパーボウル観戦者として来場していた。日本ではトランプを支持するような意見もあるようだが、アメリカに住んでる非白人としてはとてもトランプを支持する気にはなれない。筆者は公の場、特にソシアルメディアなどで政治的意見をするのを嫌う。特にアメリカの政治は新興宗教と酷似している。サイコパス(善悪の区別が付かない者)であるトランプは優秀な教祖だ。嘘の情報を流して信じさせる天才なのだ。昔ならスキャンダルがあれば政治家は終わるだろうが、トランプはスキャンダルだらけで国民は麻痺してしまっている。彼は有罪判決を受けた犯罪者だということを忘れてはならない。警備員などに死傷者を出したホワイト・ハウス襲撃事件の暴動者たち1,600人を恩赦にしたトランプを止められない、これがアメリカの現状で非白人は毎日怯えて暮らす日々だ。2018年にラップ界で初のピューリッツァー賞を受賞したラマーは、このハーフタイム・ショーで必ず現在の不穏なアメリカに切り込むだろうと予想されていた。そしてラマーは期待を裏切らなかったどころか、とてつもないステージを披露した。トランプ傘下のFoxニュース以外全てのニュースが「このショーはこの先何年も語り継がれるだろう」と報道した。

ちなみに、”The revolution is about to be televised”のリファレンスは、Gil Scott-Heron(ギル・スコット・ヘロン)の1971年に発表された詩、“The Revolution Will Not Be Televised(革命はメディアに取り上げられない)”だ。ラマーは実に奥が深い。筆者は以前にもラマーを取り上げた。『To Pimp a Butterfly』に収録されていた<How Much A Dollar Cost>だ。是非ご覧下さい。→

Kendrick Lamar’s Super Bowl Halftime Show

セットリスト

  1. “GNX” teaser [GNX (2024)]
  2. “Squabble Up” [GNX]
  3. “Humble.” [DAMN. (2017)]
  4. “DNA.” [DAMN.]
  5. “Euphoria” [シングル (2024)]
  6. “Man at the Garden” [GNX]
  7. “Peekaboo” [GNX]
  8. “Luther” フィーチャリング SZA [GNX]
  9. “All the Stars” フィーチャリング SZA [シングル (2018)]
  10. “Not Like Us” [シングル (2024)]
  11. “tv off” [GNX]

オープニングでいきなり名優、Samuel L. Jackson(サミュエル・L・ジャクソン)扮するアンクル・サム(USの頭文字を重複させている)が登場し、「敬礼ええええ!」と叫んだ。アンクル・サムとは19世紀に登場したアメリカを象徴するキャラクターだ。税金を収めることを「アンクル・サムに払う」などと言ったりする人もいる。だが、そのイメージが最も根付いたのは第一次世界大戦の時に作られた陸軍勧誘のポスターだろう。このイメージは泥沼になったベトナム戦争中にも使われた。暴力を嫌う者たちにとっては歓迎できないイメージだ。

サミュエル・L・ジャクソン扮するアンクル・サム
サミュエル・L・ジャクソン扮するアンクル・サム

Fワードのスラングで有名な黒人俳優がアンクル・サムを演じることで頭っからケンカを売ってると聴衆はすぐに気付く。そう、ここで演じられているのはアンクル・サムではなく、アンクル・トムなのだ。1852年に発表されたHarriet Beecher Stowe(ストウ夫人)の小説『Uncle Tom’s Cabin (アンクル・トムの小屋)』とは、短絡的に言うと白人に日和った黒人の悲劇を描いたものだ。また、サミュエル・L・ジャクソンが主演した2012年の映画、『Django Unchained (邦題「ジャンゴ 繋がれざる者」)』の主人公はアンクル・トムをイメージしたキャラクターだと聞いている。血がドバドバ出る映画を好まない筆者は観ていないので確かなことは言えないが、このハーフタイム・ショーとサミュエル・L・ジャクソンと『Django Unchained』を関連付けているニュース記事もあった。

1:<GNX> teaser

『GNX (2024)』
『GNX (2024)』

サミュエル・L・ジャクソンのオープニングを遮るようにラマーのラップが始まる。この曲は昨年11月22日に発表されたラマーの新譜、『GNX』が公開されると同時に消滅したアルバムの予告作品だ。まさかアルバムに含まれていないとは思ってもみなかった。例によってスラングの多いラップは何を言っているのか分かりずらいのだが、彼の最初の言葉は”Reincarnated with Love”だった。これは初っ端から問題作である<Not Like Us>をこの場で披露することを宣言していると筆者には感じられた。<Not Like Us>の冒頭が”I am reincarnated”だったからだ。これに関してはどこのニュースも触れていなかったので、筆者の思い違いかも知れない。ちなみにこのハーフタイム・ショー・バージョンのこの曲は公開バージョンより長いが、最後に叫び声で止まるところは同じだった。この曲の未公開だった後半、聞き取れた単語から想像するに、恐らくトランプ政権非難を縫い込んでいたのだと思う。

ちなみに、このセットリストには『GNX』からの選曲が多かった。新譜の宣伝かも知れない。「GNX」とはラマーの愛車、1987年製ビュイック・グランド・ナショナル・エクスペリメンタルのことで、自分の父親の愛車と同モデルだそうだ。オープニングでラマーがボンネットの上でラップを始めたシーンで登場したのがこの車だ。

2:<Squabble Up>

最初にご紹介した「あんたらは間違った奴を選んだんだ」と言って始まった<Squabble Up>(ケンカだケンカだ)も冒頭に”Reincarnated”(生まれ変わる)という言葉がある。これも<Not Like Us>に向けた仕掛けだろうか。この曲も『GNX』からだ。アメリカに喧嘩を売っているのだろうか、と色々と想像していると、サミュエル・L・ジャクソン扮するアンクル・サムが叫ぶ。

「やめろやめろ!騒音だ!過激すぎる!まるでゲットーだ!ミスター・ラマー!この社会でどうやっていかなくてはいけないか、わかってるのか?ちゃんとやってくれ!』

3:<Humble.>

『DAMN.』
『DAMN.』

この曲は、ヒップホップで初のピューリッツァー賞を受賞した『DAMN.』(2017) からの1曲で、どんなに成功しても謙虚さを忘れてはいけないことを示唆している。歌詞的にはラマーが一貫して発信しているメッセージであるところの「自分がどういう信念を持っている人間か見てくれ」、つまり誇りある人間とはどういう者かということを提示し、国民不在で自分の富と名誉しか考えないトランプを真っ向から批判していると受け取れた。

毎日馬鹿げた大統領行使命令を連発させているトランプは昨日2月24日に「大金持ちの移民だったらアメリカの国民権を与える」(実際の内容は永住権を500万ドル、日本円で約7億9,950万円相当で売る)という、またしても呆れ返る行使命令を発令した。大統領選挙の公約で「犯罪者の移民を追放する」と公約して白人の支持を得たトランプは、就任と同時に軍まで起動して街を歩いている非白人移民を無差別に逮捕して強制送還し続けている。亡命や永住権を申請している者たちまでもだ。その時トランプは「不法滞在者は全て犯罪者だ」と公表した。それなのに大金持ちはOKとはどういうことだ。不法滞在移民で大金持ちなのはドラッグ・カルテルやギャングのボス以外考えられないだろう。ちなみにボストンとマサチューセッツ州の多くの街は2014年からサンクション・シティ(移民を受け入れる街)であることを州の法律として認めている。大統領は州の法律に関与できないはずなのに、現在ボストン潰しの脅しがトランプ側から発信されている。筆者の住む街でも、どこどこで移民狩りが始まったから気をつけろなどという情報がソシアル・メディアで流れて来る。自分は王であるというポスターを公開し、ヒットラーのような独裁者を目指すと公言し、大統領は法を犯して構わない、自分が法律だ、と言って違法に値する大統領行使命令を連発するトランプを止められない政府。これがアメリカの現状だ。

さて、この曲が始まると驚くべき演出がステージ上で始まった。青、赤、白の服装で星条旗を形作るダンサーたちが左右に別れ、その真ん中でラマーがラップを始めた。これはまさに現代の割れたアメリカの象徴だ。「自分のサポーター以外は全部敵だ」と公表し、ホワイト・ハウス襲撃を先導した罪を上告した司法官たちを解雇し、自分を支持しない政府高官などのボディーガードを解雇するなどの露骨な報復を続けるトランプに対する抗議だ。

4:<DNA.>

『DAMN.』に収録されているこの曲が公開された時のミュージック・ビデオはショッキングだった。「ホテル・ルワンダ」やマーベル映画の数々で活躍する名優、Don Cheadle(ドン・チードル)が刑事役で登場し鎖に繋がれたラマーを尋問するという設定だが、ラップと映像の噛み合わせが見事だった (YouTube →)。「DNAの略を知ってるか?Dead Negro Assosiation(死んだ黒人の会)だよ」という台詞から始まるこの動画は、2013年にギャングと無関係のTrayvon Martin(トレイボン・マーティン)少年が帰宅路フロリダで準警官に殺害された事件から始まったBLM運動(ブラック・ライヴズ・マター)が活性化して来た時期に、ラマーが黒人に対する警官の不当な暴行に抗議する形でリリースされた。

このハーフタイム・ショーでこの曲が始まるとダンサーたちがステージいっぱいに広がる。すると、なんとステージは刑務所の中庭と化しているではないか。現在拘束された移民たちは、国外追放の前に一旦刑務所に入れられている。学校で授業中に拘束された移民の子供達までもだ。トランプが記者会見で「南米の移民はみな凶悪な犯罪者だ」と言った時、記者が「なぜそんなことが言い切れるのか」と質問すると、その答えは「自分は常識のある人間だからだ」と応えた。Fox以外のニュースが毎日このようなことを報道しているのに、誰も何もできないのがアメリカの現状だ。

ラマーがここで言っているDNAとは、黒人が築いたアメリカの文化などを提示し自分がそれを守ること、その反面誰のDNAにも性や金に対する欲望や殺人などの悪が潜んでいることへの警告を放っている。ちなみに、この曲は尋問シーンとその後のストリート・シーンの2部形式だが、このハーフタイム・ショーでは1部のみだった。ちなみにラマーが首から下げていた「a」のネックレスは、ancestry(祖先)を表しているのかも知れないと報道したニュースがあった。

5:<Euphoria>

ここでファンファーレ風のキャッチーなリフが始まる。このリフを聞いただけで観客は何が始まるのか即座に理解し、わっと歓声が上がった。

これはカナダのラッパー、Drake(ドレイク)に対するディス・ソングだ。こういう中傷合戦を「feud (フュード)」といい、その意味は長期に亘る不和だ。アーティスト・フュードは昔からある。例えばJohn Lennon(ジョン・レノン)とPaul McCartney(ポール・マッカートニー)、Prince(プリンス)とMichael Jackson(マイケル・ジャクソン)、Madonna(マドンナ)とElton John(エルトン・ジョン)、Mariah Carey(マライア・ケリー)とJennifer Lopez(ジェニファー・ロペス)などのフュードは知れていたが、それがトレンドになることはなかった。Taylor Swift(テイラー・スウィフト)とKanye West(カニエ・ウエスト)のフュードは多少違っていた。それはカニエがラッパーだからだった。これに関しては本誌No.311、楽曲解説#100でご紹介したのでお立ち寄り下さい。

つまり、ラッパーの世界ではフュードがディスに発展する。ラップで相手を中傷するからだ。カニエはラップでテイラーをディスしたが、ラッパーではないテイラーはカニエ・ディスの曲など作ることはしなかった。ところで、今までで最大のフュードは90年代のTupac(2パック)とThe Notorious B.I.G.(ノトーリアス・B.I.G.)だろう。お互いにディス合戦し、両者とも悲劇的な死を遂げている。だが、ヒップホップ界ではディス合戦が貢献するという考えもある。昨年2024年に発展したラマーとドレイクのフュードは、矢継ぎ早にリリースされるディス曲の応酬でファンを喜ばせた。その時の最初の大ヒット曲がこの曲だったらしい。

突然Eminem(エミネム)の2002年映画、『8 Mile』を思い出した。70年代にNYCのブロック・パーティー(道を1ブロック閉鎖してのパーティー)のDJによって生まれたヒップホップは即興の詩で戦うスポーツのようなアート・フォームなのだ。ギャング的な物騒な脅し文句は採点基準になる必須事項なのかも知れない。RZA(リッザ)が「ラマーとドレイクのフュードは健全な競技だ」と言っていたのを思い出した。

ちなみにハーフタイム・ショーでのこの曲は、ヴァースの最初が演奏されたところで止まり「これがK・DOTだ(ラマーの別称)。プンッ!」と吐き捨てるように言ったと同時にパイロが一瞬吹き上がって終わった。これがまあなんとかっこよかったこと。

6:<Man at the Garden>

ステージは若者たちがたむろする街灯の元に変わり、ラマーがラップし始める。この曲のキャッチフ・レーズである「I deserve it all」で始まるので、かろうじてこの曲だとわかったが、キャッチーなリズム・トラックもリフレインも使われていないアレンジであるばかりか、歌詞もかなり短縮されているので意表をつかれた。「Man at the Garden」とは聖書創世記に登場するエデンの園のアダムだ。「俺を正当に評価しろ。俺はそれに相応しい」と主張するこの曲は、不当に扱われる黒人を正当に評価しろと訴えている、と各ニュース・メディアは報道した。

ここで再びサミュエル・L・ジャクソン扮するアンクル・サムが登場する。

「お〜い!地元の友達を連れて来るのはズルだろう。採点官!命がひとつ消えたと記録してくれ。」

ここでの「消えた命」はゲームの中での駒がひとつ消えたという意味と、黒人の若者がまたひとり殺されたという二重の意味になっていると解説したニュース記事があった。

7:<Peekaboo>

あちらこちらの解説記事を読み漁ったが、この曲は相当受け取り方がまちまちらしい。スラングの解釈に支障をきたしている筆者の印象は、この曲はかなり高度な言葉遊びの曲だと思う。その中で自分以外のラッパーの程度の低さや自分が逆境を乗り越えながら育ったことなどを織り込み、自分に向かって来るものは倒すと警告を発しているのだと思う。「Peekaboo」とは「いないいないばあ」のことだが、むしろ奇襲に対応する準備はいつでも出来ていると警告しているように筆者には聞こえるのだ。

ここでラマーと女性4人のダンサーグループとの寸劇が挿入される。

「Peakaboo」(注:この場合ダンサーたちがラマーに「こっちを向いて」と呼びかけている)
「お嬢さんたち、ちょっとあれを演ろうかと思ってるぜ」
「どの曲?」
「お気に入りのあの曲だよ。例の訴えられるやつだよ」
音4つが流れる

この音4つだけでラマーは<Not Like Us>を演る気だと表明し、会場がわっと湧く。
「(えっ)あの曲?」と言って顔をしかめる。
「ちょっと考えてみるか」
「やめた方がいいわよ」
ラマーはあたかも耳に入っているモニターに通信が入ったような仕草をして「(気を沈めて)やっぱやめた方がいいか」

8:<Luther>

ここでいきなり全く趣向の違ったラブ・ソングが始まり、妹分であるSZA(シザー、日本ではシザ)とのデュエットが始まる。「Luther」とは80年代、90年代に活躍したLuther Vandross(ルーサー・ヴァンドロス)のことで、一家団欒で聴く音楽の象徴のような意味を持つ。但し、ラマーの詩はギャングから恋人を守るなどの内容で相変わらず物騒だ。「この世の中が自分の思い通りになるならば」というフレーズがテーマになっており、ラマーの作詞の素晴らしさを堪能できる曲だ。ちなみに2パックの<The Rose That Grew from Concrete>を思わせるように「花はコンクリートの裂け目からも咲く」とSZAに歌わせ、2パックへの敬意を払っていた。

9:<All the Stars>

ご存知の方も多いと思うが、これは大ヒットした2018年のマーベル映画、『Black Panther (ブラックパンサー)』の主題歌だ。43歳でがんに倒れた大名優、Chadwick Boseman(チャドウィック・ボーズマン)主演で、スーパー・ヒーローもので初めてアカデミー賞にノミネートされた作品だった。製作陣から俳優まで黒人が主体になり、スーパー・ヒーローもの映画で史上最高の興行成績を挙げた映画としても歴史に残る作品だった。だからこの主題歌はヒップホップ・ファンでなくても、誰でもが知っている曲だ。筆者もこの映画はDVDを購入して何度も観ている。

ここで再びサミュエル・L・ジャクソン扮するアンクル・サムが登場する。

「そうそう、これこれ!アメリカが求めているのはこういう奴だよ。ナイスで落ち着いた奴だよ!終わりまであとちょっとなんだからその調子でやってくれ。」

アンクル・サムが言い終わる前に<Not Like Us>の最初の音がサンプルで4回反復される。前述の女性ダンサー4人組が「オー・ノー」というと、冒頭で紹介したラマーのこのハーフタイム・ショーに対するメイン・テーマが始まる。

“It’s a cultural divide”「これは文化的分断だ」
“I’mma get it on the floor”「本気でやるぜ」
女性ダンサー達 “You really about to do it?”「ほんとに演るの?」
“40 acres and a mule, this is bigger than the music.”「40エイカーズとラバ1頭、音楽なんていうちっぽけな問題じゃあないんだ。」
女性ダンサー達 “You really about to do it?”「ほんとに演るの?」
“They tried to rig the game, but you can’t fake influence.”「奴らは八百長に徹した。だがみんな真相を知ってるぜ。」

まあそのかっこいいこと。

10:<Not Like Us>

今回はこの曲を取り上げたので、解説は後述する。

11:<tv off>

フィナーレに相応しいガンガンにグルーヴするこの曲では、アルバムでこのトラックを制作したDJ Mustard(DJマスタード)がフットボールを持って参加し、ラマーの「マスターーーーーード!」という呼び声えで踊った。

この曲は『DNX』に収録されているトラックの後半部分だ。なぜ彼の芸名がマスタードかと言うと、彼の本名がDijon(ディジョン)だからだ。この「テレビを消せ!」という曲の意味は、「メディアに踊らされるな!」ということらしいが、ラマーのメッセージは常に「他人がどう言おうが自分は信念で生きている」といったところだ。このハーフタイム・ショーでは演奏されなかったこの曲の前半のテーマは「it’s not enough」で、これだけやって来たがまだまだだ、と宣言する。

ちなみに、唯一のトランプ支持の全国ニュース、Foxのみが「この曲を最初にやってくれたら視聴者はテレビを消してこんなくだらないものを観ないで済んだ」と報道した。アルバムに収録されていたこの曲のアウトロの直前で急に止まり、ピィ、っと電源が切れたような音がしてステージが終了した時、ラマーが信じられないような笑顔を見せた。この顔には実にびっくりした。そうだ。元々ベイビー・フェイスだし、インタビューの時はニコニコしているラマーだった。いつもラップの内容が物騒だからつい忘れていた。

<Not Like Us>

貼り付けはブロックされているのでこちらのリンクでYouTubeに飛ぶ

さて、今年のグラミー5部門を総なめにしたこの曲が、このハーフタイム・ショーの目玉であったことは誰の目にも一目瞭然だった。また、このステージの演出も確実にこの曲への期待を盛り上がらせて行った。このハーフタイム・ショー5曲目に演奏されたドレイク・ディスの<Euphoria>が昨年2024年4月30日に発表され、その3日後の5月3日にドレイクが<Family Matters>でラマーをディスり返し、その翌日、5月4日にラマーがドレイクをディスり返したのがこの<Not Like Us>だった。この短期間にこれだけインパクトの強い曲を作ったということだ。ちなみに、この曲もDJマスタードのプロデュースだ。ディスり合戦に全く興味のない筆者はよく覚えていないのだが、ドレイクの<Family Matters>はラマーの家庭や子供をターゲットにした趣味の悪いものだったと思う。これに報復したラマーのこの曲は安っぽいものではなく、ラマーの天才性を明らかにしたものと騒がれた。インタビューで「この曲は自分の立ち位置を伝える曲だ。モラル、価値観、信念、目的」と言い、ドレイクをディスるとは言わない。余裕の立ち位置で、ドレイクのレベルまで自分を下げないとでも言っているようだった。

この曲でラマーがドレイクをペドフィリアと呼んだ。ペドフィリアをロリコンと混同する日本の記事を見たことがあるが、ペドフィリアは違法であり、重罪だ。16歳未満の異性に道で性的欲望を持って触れただけで逮捕され、性犯罪者リストに登録されてそれが公表されるのがアメリカだ。このアルバムのカバー・アートは、なんとGoogle Mapのドレイクの自宅の画像に赤い性犯罪者マークを散りばめたものだ。筆者はドレイクがペドフィリア的行為をしたのかどうか真実は知らないし、興味もないことをお断りしておく。実は筆者はこの一件は知っていた。なぜなら、そのドレイクが怪しいテキスト・メッセージを交わしていたと言われる相手は2018年当時14歳だったMillie Bobby Brown(ミリー・ボビー・ブラウン)で、彼女は筆者が大好きだったTV番組「Stranger Things」(邦題:『ストレンジャー・シングス 未知の世界』) の主役だったからだ。ちなみに、ミリーの活躍は半端なく、その後筆者がこれまた大好きなゴジラ映画などでも活躍している。

当然ドレイクはラマーを名誉既存で訴えた。だから「訴えられる曲」というわけだ。但し、このハーフタイム・ショーで「40エイカーズとラバ1頭、音楽なんていうちっぽけな問題じゃあないんだ。」と言ったことにより、この曲の目的が全く違うものになった。実際「ペドフィリア」の部分は割愛していた。蛇足だが、ミュージシャンお気に入りの一節は割愛されていなかった。

“Tryna strike a chord and it’s probably A-Minor”
「コードを弾こうとしてみると、きっと出てくるのはAマイナーだ」
このAマイナーがシャレで、「未成年者」と二重の意味になっている。

話を戻す。ラマーの目的はドレイク・ディスではなく、トランプ批判だ。これに関してはどのニュース記事も同意見だった。”They tried to rig the game” はトランプの口癖だ。例えば自分に有罪判決が降りた時も、証拠は全て捏造されたものだと騒ぎ立てた。2020年の大統領選でバイデンに負けた時も同じことを言い続け、投票の数を操作されたと言い続けた。ちなみに2020年選挙での負けを認めていないので(バイデンに大統領権を移行する手続きを拒否した)、法律で昨年の大統領選に出馬できないはずだったのにトランプの息のかかった最高裁はこれを許した。もちろん有罪判決された者も法律で出馬できないはずだ。共和党にコントロールされている議会がトランプにやりたい放題を許しているからトランプに「自分が法律だ」と言わせてしまうのだ。トランプの教祖ぶりは天才的だ。

さて、少しだけ楽曲解説をしよう。ラマーの凄さは彼のラップのスタイルや、他を寄せ付けない詩の凄さに加え、どの曲も単純だが恐ろしくキャッチーなビート・トラックが一瞬にして聴衆の耳に焼きつくということだ。DJマスタードはこの曲のビート・トラックでいきなり有名になった若手プロデューサーだ。ご覧頂きたい。たった2小節のイントロ・パターンと、それに続く4小節フレーズのヴァンプで構成されている。

何度も言うようだが、こんなに単純な短い2パターンのビート・トラックがこれほど効果的だということにまず驚く。調性はBマイナーだ。4度マイナー・コードのEマイナーで始まるところが洒落ている。興味深いのはベース音パターンのみで表している、モーダル・インターチェンジの♭VIメジャーであるGコードだ。耳は普通にF#音を期待するのに、ヒョイと上げてG音になっているところがなかなかオシャレだと思った。もうひとつ特筆すべきは、このサウンドのスタイルだ。バックビートでもディスコのようなダウンビートでもない。なんとなく飄々としたサウンドが非常にユニークだ。

Serena Williams(セリーナ・ウィリアムス)

ちなみに、このシーンではあのテニス界の女王、Serena Williams(セリーナ・ウィリアムス)が登場し、なんとクリップ・ウォークを披露する。

まず、セリーナの登場の意味だ。実は彼女は2015年頃一瞬ドレイクと付き合っていたのだ。その後2017年にRedditの創設者、Alexis Ohanian(アレクシス・オハニアン)と結婚し二児をもうけている。ところがドレイクは2022年発表の<Middle of The Ocean>でアレクシスをディスった。これは反則だろう。レマーはこれに対して「セリーナの悪口を言うな」と公表している。ステージの上では沢山のダンサー達がセリーナを保護するように囲んだと解説したニュースもあった。

次にクリップ・ウォークだ。Crips(クッリップス)とはロサンジェルスのギャングの名前で、これは彼らが始めたダンス・ステップだ。なぜセリーナがクリップ・ウォークなのか。セリーナは2012年のロンドン・オリンピックで勝利ダンスを踊った。それがギャングのクリップ・ウォークだったことから強い批判を受けた。それに対する当てつけであることはテニス・ファンには一目瞭然だった(YouTube →)。


史上最高の視聴率を得るスーパーボウルの放送権は毎年各局の持ち回りとなる。今年はなんとトランプ支持の唯一のテレビ局、Foxだった。当然Foxはラマーのステージに最低の評価を下した。ラマーとFoxの確執は今に始まったことではない。黒人というだけで助けようとした白人女性に射殺されると言うショッキングなトラック、<Blood.>は『DAMN. (2017)』のオープニングトラックだった。この曲の最後に挿入されているのは、 FoxニュースのGeraldo Rivera(ジェラルド・リベラ)がラマーの2015年のBETアワードの受賞ステージに対し「人種差別の原因を作っているのはラマーだ」と言った録音だった。実はこのスーパーボウル・ハーフタイム・ショーのオープニングシーンはまさにその2015年のステージをモチーフにしていたのだった。Foxに対する当てつけばっちりだ。

トランプはホワイト・ハウスの記者会見に参加できる記者達はホワイト・ハウスが招待した者に限るという、恥も外聞もない大統領行使命令を出している。あのAP通信はすでに出入り禁止になっているほどだ。そのトランプ、実はスーパーボウルのハーフタイム直前に帰宅した。後日ホワイト・ハウスは、子供のために最初からハーフタイム前に帰宅する予定だったと発表した。その子供は18歳だ。ラマーはトランプ批判の表明を早くからしていた。2017年の<The Heart Part 4>と<XXX>だ。このラマーのハーフタイム・ショーは長く語り継がれるであろうと思う。


ジャズ・ファンに嬉しいおまけ動画

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、演奏はデイヴ・ホランドに師事。1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。NYCを拠点に活動するブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」リーダー。『ハシャ・ス・マイルス』や『ハッピー・ファイヤー』などのアルバムが好評。ボストンではブラジル音楽で著名なフルート奏者、城戸夕果と双頭で『Love To Brasil Project』を率い活動中。 [ホームページ:RachaFora.com | HiroHonshuku.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook] [Love To Brasil Project Facebook]

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