Hear, there and everywhere #11 『ヴァネッサ・ブレイ/ソロ・ピアノ』
self-portrait by Vanessa Bley
text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
僕の“アイドル”ポール・ブレイの愛娘ヴァネッサが突然、東京でソロ・ピアノ・インプロヴィゼーションを披露するというので驚くやら、わくわくするやら。知人のお嬢さんのデビューに立ち会う期待と不安の入り混じった複雑な心境と言ったら良いのだろうか。
お嬢さんと言っても、このお嬢さん、なかなか一筋縄でいくようなお方ではない。母親のキャロル・ゴス(ポール・ブレイのパートナーでヴィデオ・アーチスト。ポールのレーベルIAIのジャケットのアートワークで知られる)によると;
ヴァネッサが3歳の時、遊び仲間を集めてはピアノを聴かせていたのよ。パッセージを引き終わるごとに子供たちの方を振り向くのよ、反応をうかがうようにね。そしてまた新しいパッセージを引き出すのよ。
3歳といえば、キース・ジャレットがクラシック・ピアノの練習を始めたのが3歳の時、5歳で人前で弾き始め、7歳の時には自作曲を交えたリサイタルを開くという神童ぶりを発揮していたという事実がよく知られている。
ヴァネッサも負けてはいない。キャロルが証言する;
ヴァネッサが6歳の時ね、姉が練習していたベートーヴェンの曲を耳で覚えて弾くようになったのよ。彼女は譜面を読む必要はなかったのね。10歳のリサイタルの時には自作の曲を弾かせて欲しいとピアノ教師にせがんでたわ。彼女が好きだったオーネット・コールマン・カルテットのレコードを丸々ピアノで弾いてたわね。
キース・ジャレットがそうだったようにヴァネッサも幼い頃から絶対音感を身に付けていたようだ。
デビューと言っても、彼女はすでに5年前(2013年)の4月に六本木ミッドタウンの「ビルボード・ライヴ」で日本デビューを果たしている。この時は、シャーデーのミュージカル・ディレクター、スチュアート・マシューマンとのコ・リーダーで立ち上げたバンド「Twin Danger」のヴォーカル、ギタリストとして。その後、彼らは名門Deccaから『Twin Danger』としてアルバム・デビューを果たす。クールでセクシーなヴァネッサのヴォーカルをフィーチャーしたジャズの香りのするアヴァン・ロックだった。
http://www.billboard-live.com/membersarea/style/vol186.html
キャロルが続ける;
ヴァネッサは音楽学校には行きたがらなかった。父親と比較されるのが嫌だったのね。だけどNYCには身を置きたかった。結局、2002年、17歳の時だったけど、高校を1年早く出て、NYCに移り、Fashion Institute of Technology(FIT:ニューヨーク州立ファッション工科大学)に入学。だけど、NYだからミュージック・シーンのど真ん中。いろんなバンドやクラブに出入りしてピアノやギターを弾いたり、自作の曲を歌ってたのね。そして、「Beast Patrol」と「Twin Danger」という2つのバンドを立ち上げることになるのよ。
ポールの臨終(2016年1月3日)にはあたしとヴァネッサが立ち会ったの。
ポールはヴァネッサにプレッシャを掛けるようなことは決してしなかったけど、彼女はいつもポールの巨大な存在を意識せざるを得なかったのよ。ポールが逝って2年、ヴァネッサが父親の呪縛から解放されてやっとソロ・ピアノを弾ける心境になったのね。これから彼女は父親が切り拓いた広大な宇宙へ翔び発って行くのよ。
ヴァネッサがLAに移って間もなく父親のポールが死ぬ。大きな喪失感と悲しみ、
それから半年後に創られたのが初めてのピアノ・ソロによるインプロヴィゼーション・アルバム『Solo Piano』だ。<Light>から始まり<Caress>(抱擁)で終わる全9曲。9つの言葉をキーワードとして即興したのか、無心に即興した結果の言葉なのか。何れにしても言葉。と音楽が奇妙にリンクしている。そこにポール・ブレイの痕跡を嗅ぎとれることはできるだろうが、音の比重が違う。その軽やかさは若さの特権だ。まさに、翔び発たんとする恐れを知らぬ勇気ある音たち。
4月17日、東京・渋谷、ひとりの才能溢れる若き女性音楽家の翔びたつ姿を僕らは目撃することになる。
♫ https://www.facebook.com/events/182239312562975/
🎵 ソロ・ピアノ『Colors』
https://itunes.apple.com/us/album/colors/1369692135