ジャズ・ア・ラ・モード #39 アストラッド・ジルベルトの『カワイイ』’60年代ファッション
39.『Kawaii 』Astrad Girberto in ’60’s fashion
text and illustration by Yoko Takemura 竹村洋子
photos:Pinterest より引用
この5月のCOVID-19による緊急事態宣言で自粛生活の中、フェイスブック上で『アルバムカバー・リレー』や『ブックカバー・リレー』などが流行ったが、『チャレンジ映画リレー』なるものに参加しないか、と本誌Jazz Tokyoの稲岡編集長からお声がかかった。各自、好きな映画、気になる映画などをピックアップし、説明とヴィジュアルをつけ、フェイスブック上にアップするいう企画だった。
稲岡編集長が取り上げられた映画の一つに『クレイジー・ジャンボリー』という映画があった。「おそらく誰も知らない秘蔵のフィルムがあった。原題を 『Get Yourself A College Girl 』という。“女子大生をキャッチしてみろ” とでも訳すのだろうか? アストラッド・ジルベルトがスタン・ゲッツと組んで<イパネマの娘>を歌っているという情報を専門誌でみて、すぐ地元の映画館に駆け付けた。吉祥寺駅の南口にあったオデヲン座だ。(中略)『クレイジー・ジャンボリー』のストーリーはまったく覚えていない。タイトルから察するに、青春ドタバタ劇だったのだろう。ただ、ゲッツとジルベルトの<イパネマの娘>だけが記憶に残っている。帰りがけに北口のノザキというレコード店に立ち寄って「イパネマの娘」のシングル盤を買った。」と書かれていた。
私は『GETZ/GILBERTO』のアルバムは持っているが、この映画を観たことがなかった。You-tubeビデオだけを見て、早速eBayでDVDを探して購入した。日本のサイトでは全く見つからなかったのは今やレア物になったという事だろう。映画を観て、改めてアストラッド・ジルベルトの可愛さと彼女の1960年代を象徴するファッションに魅了された。
アストラッド・ジルベルト(1940年3月29日~)はブラジル、バイーア州でブラジル人の母とドイツ人の父の元に生まれ、リオ・デ・ジャネイロで育った。
1959年にシンガー、ギタリスト、作曲家のボサノヴァを創成し「ボサノヴァの神」などと呼ばれたジョアン・ジルベルト(João Gilberto Prado Pereira de Oliveira、1931年6月10日 – 2019年7月6日 )と結婚。
翌年3月にアルバム、『ゲッツ/ジルベルト:GETZ/GILBERTO』のレコーディングをジョアン・ジルベルト、スタン・ゲッツ、アントニオ・カルロス・ジョビンと共に行った。(発売は1964年)その時まで、彼女はプロの歌手として唄った経験はなかったが、プロデューサーのクリード・テイラーが目をつけ、彼女が英語で唄う<イパネマの娘>が作られ、大ヒットする。<イパネマの娘>の成功により一躍大スターになり、ソロ・デビュー。映画『Get Yourself a College Girl:1964 』と『The Hanged Man :1964』に出演。彼女はファースト・アルバム『The Astrud Gilbert Album : 1965』をリリース。アストラッドはブラジリアン・ミュージックとアメリカのジャズの架け橋的な役割をする。
ジョアンとは1960年代半ばに離婚。
1970年代には自己の作曲した曲もレコーディングするようになり、ポルトガル語、英語、スペイン語。イタリア語、フランス語、ドイツ語、日本語でも録音された。
1980年代には息子のマルチェロのグループと一緒にツアーしたり、マルチェロはアストラッドのレコーディングにプロデューサーとしても参加している。マイケル・フランクスと一緒に<Beautiful You>を録音している。
彼女の<Fly Me To The Moon><Who Can I Turn To><Once I Loved >など多くの曲が映画のサウンドトラックに使用されている。
公式には現在リタイアしている。
1960年代のファッション業界は、オートクチュールに代わり既製服が台頭してきた。戦後のベビーブーマー世代には成人する者も出始めた頃でもあり、若い世代のエネルギーの勢いが増し、ストリート・ファッションの勢いも増していった。
1960年代のロンドンは、1962年にレコードデビューしたビートルズが大人気を博した事もあり、若者文化発祥の地の一つとなった。そこでは若者達が新しいファッションをストリートで生み出していた。ストリート・ファッション発祥の地はキングスロードのあるチェルシー地区だった。チェルシー地区のファッションを着こなす女性は『チェルシー・ガール』と呼ばれた。
この時代に社会現象とも捉えられた流行にミニスカートがある。初めて発表したのがマリー・クアント(Mary Quant:1930年~)であり、ロンドンのキングス・ロード界隈を闊歩していたチェルシー・ガール達のファッションそのもの(特に膝上丈のミニスカート)を取り上げた、と言われている。フランスのデザイナー、クレージュはミニスカートを幾何学的なバランスを生かしたモダンなモードとして発表し注目を集めた。その後、サン・ローラン他、多くのデザイナー達が追随して作っていった。
また一方で、1950年代後半にジバンシーやバレンシアガらが既に発表していたサック・ドレスが変化してミニスカートになったとも言われている。(#2.ダイナ・ワシントンのサックドレス参照)
いずれにしても、1960年代の女性像は、それ以前のマリリン・モンローの様なセクシーでグラマラスな女性やグレース・ケリーの様な清楚でエレガントな女性像ではなく、ロンドンの女性像をイメージした全く正反対の痩せて胸も小さい小柄な女性像だった。その代表がモデルのツイッギー(Twiggy Lawson:1949年9月19日~)だった。文字通り折れそうなほど華奢な体型で小枝の様に細い。
1960年代のレディス・ファッションの特徴は、シンプルなシルエットでミニ丈、ポップで華やか、派手な色や柄、と言える。ディテールでは、リボン、パイピング、フリル、スカラップ(襟・裾などの半円を連ねたような波形の縁)大きなボタン、切り替えでポップな表現としたものなど。そして、とにかく高く盛ったヘアー・スタイルが大流行した。
アストラッド・ジルベルトは彼女の女性像、ファッション共に、1960年代そのものだった。
映画『Get Yourself A College Girl』の中ではジルベルトは1曲しか歌っていない。従って服も1着のみ。ライトブルーの身頃を花びらのようにカットしたスカラップの裾を段に重ねて作ったノースリーブのトップスを着ており、とても可愛らしい。パイピングが施してあるのもこの頃のファッションの特長。鮮やかなスカイブルー(You-tubeビデオはかなり白っぽい)も1960年代らしく魅力的だ。ヘアーは高く盛り、ドレスと同色のリボンを付けてる。
メイク・アップもしっかりとアイライナーを引き、つけまつげをつけている。
また、この頃の彼女の写真を探してみると、やはりシンプルなミニドレス姿が多い。クレリック襟のドレスも多い。(クレリックとは、元はメンズ・シャツから来たもの。色無地や縦ストライプの身頃に、袖と衿は白い生地になっているもの。)このデザインは、如何にもお洒落で清楚な印象を与える。イヴ・サンローランのポップなカラー切り替えのシンプルなドレスも良く似合っている。
また、リトル・ブラック・ドレスと呼ばれるものも多く見られる。リトル・ブラック・ドレス( little black Dress)とは、黒一色で飾りのないシンプルなワンピースの事をいう。1926年に、フランスのデザイナー、ココ・シャネルが当時『喪服』として着られていたドレスをモードとして発表。以後、リトル・ブラック・ドレスと言われるようになり、ちょっとしたお洒落着やフォーマル・ウエアまで、使い回しの良いアイテムとして欧米では女性の必需アイテムとなっており、デパートなどではリトル・ブラック・ドレス・コーナーを設けているところも多い。アメリカではオードリー・ヘップバーンが1961年の映画『ティファニーで朝食を』で着たジバンシーのリトル・ブラック・ドレスが有名だ。この時のヘップバーンのドレスはロング丈だが、その後、ショート丈のドレスやチュニックなども多く出回る様になった。
レディス・ファッションは、ほぼ20~30年周期で流行が戻ってくると言われている。日本でも近いところでは5年程前に、1960年代のレトロなファッションが見直されたことがあり、『可愛い(kawaii)ファッション』としてメディアに取り上げられていた。ここ数年の女性のファッションはどんどん多様化して行く。ヘア・スタイル一つとっても髪の中に詰め物を入れて頭を高くする傾向が現在また見られる。
この『カワイイ(kawaii)』は日本発の言葉で『21世紀に入って最も広まった日本語』とも言われる程、現在では世界各国で共通語として使われている。キャラクターの『ハロー・キティ』やアニメなどから端を発する言葉だが、現在はもう少しその使われ方の範囲が広がっている。日本語の『可愛い』を英語に直訳すると、『cute』というのが一番近いが、英語の『cute』は『子供っぽい、未熟な』といったニュアンスがある。その他の国の言語でもピッタリと当てはまる言葉がなかなかないため、『カワイイ(kawaii)』という言葉がそのまま使われる様になったとも言われている。
ブラジルからアメリカに渡ってきて、ボサノヴァの<イパネマの娘>を大ヒットさせたアストラッド・ジルベルトは、小柄で何処にでもいそうな女性だ。決して絶世の美女ではないが、全体に可愛らしい。煌びやかでゴージャスなロングドレスより、ミニスカート姿が良く似合う。
『可愛い』と言われて気を悪くする女性はほとんどいないだろう。女性にとって『可愛く』あることは永遠のテーマなのではないだろうか?
<イパネマの娘:The Girl From Ipanema>
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