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Live Evil 稲岡邦弥No. 241

Live Evil #33 「福盛進也トリオ@TRIOS 2018」  

2018年4月7日@渋谷ラトリエ by apc L’atelier

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
photo by Izuru Aimoto 相本  出

 

福盛進也トリオ;
福盛進也 drums
マテュー・ボルデナーヴ tenor saxophone
ウォルター・ラング piano

1. Silent Chaos (Shinya Fukumori 福盛進也)
2. Hoshi Meguri No Uta 星めぐりの歌(Kenji Miyazawa 宮澤賢治)
3. The Light Suite:
4. Kojo No Tsuki 荒城の月 (Rentaro Taki / 滝廉太郎) / Into The Light / The Light (Shinya Fukumori福盛進也)
5. Ai San San 愛燦燦 (Kei Ogura 小椋佳)
6. For 2 Akis (Shinya Fukumori福盛進也)
7. Curry Rice (Kenji Endo 遠藤賢司)
8. Love Song (Shinya Fukumori福盛進也)
9. Spectacular (Shinya Fukumori福盛進也)
アンコール:
Mangetsu no Yube 満月の夕(Hiroshi Yamaguchi, Takashi Nakagawa山口洋, 中川敬)

宮野川真が主宰するソングエクス・ジャズが企画したミニ・ジャズ・フェスティバル「TRIOS 2018」。望月慎一郎(pf)、古谷淳(pf)、福盛進也(dr)、本田珠也(dr)がそれぞれ率いる4組のトリオが70分ずつ演奏する特別公演。福盛進也トリオの日本ツアー最終公演がこの企画に組み込まれた。
会場となったラトリエは渋谷駅から徒歩10分ほど、並木橋交差点角にあるサロンだ。弦楽器工房に併設するサロンだけあり、キャパ80ながら吹き抜けの天井などアコースティックには十二分の配慮がなされているようだ。防音効果を狙ったウッディなショーケースにはヴァイオリンがディスプレイされ、通常は室内楽のコンサートが開かれていると思われる雰囲気はECMからデビューした福盛のショーケースには最適なヴェニューと見受けられた。ステージ上手のシートからはエントランスのガラス越しに明治通りを走る車列や通行人の往来に目を奪われ、ロードムービーを観ているような錯覚にとらわれる。

福盛進也のECMからのデビューはある種の驚きをもってファンに迎えられたようだ。僕自身、福盛は未知のミュージシャンだったが、ECMが送信してきたEPKからテナーの吹く<悲しくてやりきれない>を耳にして驚いたのだ。この曲は今から半世紀も前、フォーク全盛時代にフォークルでヒットした曲だからだ。今の若者がこの曲を知っていて、しかもECMからのデビュー・アルバムに収録するのか? 音源を走らせてみるとよく知られた日本の楽曲とオリジナルで構成された組曲のように仕立てられ、無性に郷愁を掻き立てられる。テナーはクール系でピアノはリリカル、リーダーのドラムスはシンバルを中心にオープン・テンポでカラリングに腐心しているが、背後でバンドを差配している。福盛が意図したかどうかは別として、確かに日本人の心情が反映され、日本人のセンチメントにアピールする出来栄えだ。何かのコードだろうと一人合点していたタイトル『For 2 Akis』のAkiは、後で知ったところによると人名だという。つまり、福盛が不遇を囲っていた時代、大阪で何かと世話になった “二人のアキさんへ捧げます”という意味だそうだ。

CDのプロモーションを通じて巷間広く知られるようになった福盛のサクセス・ストーリーを要約すると、「バークリー音大でECMアンサンブルに入り、ECMの本拠地ミュンヘンに移住、フェスでECMの総師マンフレート・アイヒャーに接触し、ECMのホームグラウンド、レインボー・スタジオでデモ・テープを制作、アイヒャーの認めるところとなり、アイヒャー自身のプロデュースでデビュー・アルバムを制作」ということになる。つまり、最初に“ECMからのデビュー”というゴールを設定し、そのゴールに向かってひたすら邁進、見事目的を達成した、ということだ。
僕も、50年近くECMと関わっているが、かつてのアート・ランディやさる日本人ギタリストのように直接ECMのドアをノックしたミュージシャンは何人か知っているが、福盛のようなケースは他に例を知らない。ECMは来年創立50周年を迎えるが、福盛の登場は少なくとも日本におけるECMにとっては新しいリスナーを獲得する格好の契機となるはずである。残念ながら日本では国内盤がほとんど発売されず、マニアックなレーベルと化しつつあるからだ。

この日、僕らは神田・神保町で『ECM catalog』の増補改訂版の何度目かの編集会議を開いた。2010年に刊行した初版が長らく絶版となっており、来年の創立50周年を機に『ECM catalog 2019』を出版することになった。初版以降、新作が500タイトル近くリリースされており、今年上半期までの新作を増補する。もちろん、福盛のアルバム『For 2 Akis』(ECM2574) も記念すべき“ECM新世代”の1作として収録されることは言うまでもない。マンフレート・アイヒャーという今年75歳を迎える一人の鉄人音楽プロデューサーが、関心の赴くまま、半ば義務感に駆られながらもジャズからクラシック、現代音楽などなどジャンルを超えて制作した2600タイトルに垂んとするECMのカタログは「音楽の迷路の森」と言われている。誰もが容易に制覇できる森ではないだろう。福盛進也の『For 2 Akis』は、特に日本人リスナーをその迷路の森に初めてアクセスさせるフックとなることは間違いない。

福盛進也トリオを生で聴いて、宮沢賢治も<愛燦燦>も<満月の夕>を含めすべてのレパートリーがすでに彼らの血肉と化しており、何の違和感もなく胸に響くことを知った。遠藤賢司の<カレーライス>でさえもだ。それが日本の唱歌であれ、歌謡曲であれ、メッセージソングであれ、自分が共感できる“歌”は分け隔てなくレパートリーに取り入れ、バンドの音楽として血肉化していく、この愚直さ、ひたむきさ、勇気こそアイヒャーの心を動かした決定的な要因に他ならない。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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