Live Evil #49 「星の王子さま」との出逢い~能と音楽で綴る物語~
text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
2024年3月9日(土)
小金井 宮地楽器ホール
出演
津村禮次郎(能楽 シテ方 観世流)
仲野麻紀(サクソフォーン)
佃 良太郎(大鼓)
中井絵津子(語り)
演出:川島恵子
小説「星の王子さま」は、昨秋、星のひとつになったパートナーに最初に送ったギフトだった。確か、岩波の初版本で、綺麗なケースに入っていたと思う。公演地の小金井にはかつてそのパートナーの実家があり、また夭折した同窓のジャズ評論家 中野宏昭の自宅もあった。それやこれやでなかなか踏ん切りがつかないでいたところ、直前になって主催者のひとりから出欠の確認の連絡に背中を押されることになった。残席わずかの当日券を窓口で求めることができた
少々の時間差ならバスでの移動が好きだ。電車なら見過ごしてしまう景色がバスなら確認することができる。この日は調布から新宿周りの電車を避け、バスで吉祥寺に出た。途中、青渭神社の見慣れぬ「青渭」の文字と「フルーツ珈琲」という大型カフェの不思議なネーミングに興味をそそられた。小金井は吉祥寺から3つ先だ。何十年ぶりに目の当たりにするモダンな駅舎の佇まいに驚く。
楽器店が持つホールにしてはずいぶん大きいなと感心していたら市営ホールのネーミング・ライツの売買で楽器店の名前がついているという。600席弱の客席がほぼ満員だ。ステージには紗幕で砂丘が形作られ(砂丘は原作のモチーフの一つ)所作台の上に鼓用の山台、ピアノとエフェクター類。
2年前に同じテーマで行われた企画(動画参照)に邦楽の演奏家ふたりを加えヴァージョン・アップしたと終演後の「アフター・トーク」で演出家から説明があった。開幕第一声のアルトサックスの大きな音場に驚く。そうか今日は音楽コンサートではなくシアトリカルなのだと大きく拡声された楽音に納得(それにしても時にナレーションがマスクされるほどの音量に違和感を覚えたが)。仲野の演奏、能の演舞、鼓、ナレーション、投影されるスーパー..を視覚と聴覚をフル動員して追いかける。それにしても仲野のパフォーマンスの展開が早い。アルトサックス、メタルクラリネット、ピアノ、ヴォーカル、エフェクター、フランス語のナレーション..聴き慣れたメロディが次々に披露されていく。目まぐるしいほどだが、これは王子様の星巡りに沿った演出なのだろう。その間を縫って(と言っては失礼だが)能の演舞と鼓の演奏が異空間を創り出す。能の演舞は創作だが勢い余って所作台から足を踏み外す一幕も。重要無形文化財の津村禮次郎師が仲野のピアノに真紅の薔薇を届けるシーンがあったが師の所作に照れがみられたと見るのは思い過ごしだろうか。原作でも真紅の薔薇は重要なモチーフの一つとして登場するのだが。
星の王子さまについての解釈はいろいろあるが、現実とイマジナリーな世界を隔てる装置としての紗幕の使い方は的を得ていたのではなかろうか。異次元の世界に遊んだウィークエンドの午後のひととき、会場を出ると陽はまだ高く、星の王子さまとの出会いにはまだだいぶ間があるようだった。