Reflection of Music Vol. 94 熱海未来音楽祭
第5回熱海未来音楽祭 2023
The 5th Music for the Future, Atami, October 20 ~ 22, 2023
photo & text by Kazue Yokoi 横井一江
巻上公一プロデュースによるJAZZ ARTせんがわの姉妹版のようなフェスティヴァルが熱海で開催されるということを知ったのはコロナ禍前の2019年に遡る。なぜ熱海なのだろう、しかも歴史的建物である起雲閣の音楽サロンが主会場ということに興味を唆られた。しかし、上手くスケジュールが合わず、その後にコロナ禍もあり、今年やっと足を運ぶことができた。
熱海に来たのは20数年、いや30数年ぶりかも知れない。いつも新幹線で素通りするばかりで、前に来た時の記憶は遠く、街中はよく覚えておらず、初めてこの地にやってきた観光客となんら変わりがない。街は坂が多く、まだまだ昭和のニオイがする場所や商店街が残っている。このような街で音楽祭を開催する以上、地域と繋がりを持ち、その地域性を汲み上げないといけないだろう。しかし、演奏されるのは即興音楽を始めとする一般的な認知度の高い音楽ではなく、顔ぶれこそ近いがJAZZ ARTせんがわと違って、ジャズ色も薄い。そのようなイベントが一回限りではなく、継続していること自体に、静岡県/熱海市の文化に対する知見を感じる。奇しくも第一回が開催された2019年は、調布市せんがわ劇場に指定管理者制度を導入したことに伴う事業見直しにより、調布市が「JAZZ ART せんがわ」を2018年で事業終了することを決定したことから、JAZZ ART実行委員会の自主開催となった最初の年でもあった(→リンク)。その後も関係者の尽力によって調布市の協力(共催)も得て続けられているが、落差を痛感する。
実際に足を運んで体験すると、JAZZ ARTせんがわでの経験が大きく生かされていると同時に、温泉で知られる観光地、リゾート地である熱海という街、その特性を上手く取り込んだイベントであるということが良くわかった。天気が良ければ10月でも人で賑わっているサンビーチには「ラビリンスドア」が出現する。これはJAZZ ARTせんがわの今や看板とも言える極小音楽聴取空間「Culb Jazz 屏風」を制作した舞台美術家の長峰麻貴が手がけた。雲が描かれたドアから異空間へということなのだろう。街なかには異空間への入り口のような禍々しかったり、怪しげな場所も見かけたが、リゾートの海辺にポツンとドアが存在すること自体なんとも不思議だ。しかも、3日目のお昼前には、音楽を奏でるジンタらムータや佐藤正治に続いて、ダンサー伊藤千枝子を先頭にプレイベントとして行われた子供たちを対象にしたワークショップ「雲とあそぶ」で作った白い綿菓子のような雲を持った子供たちやその家族などが連なり、サブ会場である熱海銀座商店街のEOMO storeからラビリンスドアまでパレードしていた。宣伝としてはまたとない方法である。しかも演奏するのはチンドンやジンタ、クレズマーなどを奏でるジンタらムータなので、否が応でも地元民だけではなく観光客の目を引く。ただ、残念だったのはパレードが初日ではなく最終日だったことだ。
JAZZ ARTせんがわでは、プログラムの一環として、LAND FESがフェス内フェスとして毎年開催されている。熱海未来音楽祭でもLAND FESが同様に組み込まれていた。LAND FESは、街をウォーキング・ツアーしながら、ダンサーとミュージシャンによる即興パフォーマンスを体験するという試み。JAZZ ARTせんがわの時は、パブリック・スペースで即興パフォーマンスをやっているな、という程度の受け止めだったが、熱海で共に歩いたことにより、やっとこのフェスの趣旨を掴めた。これは単なる路上パフォーマンスではなく、その場所の地霊いわばゲニウス・ロキとの交感でもある。そう感じたのは、ウォーキングのコースに、湯前神社や古い空きビルの地下空間、そしてまた古谷旅館が大浴場「宇宙風呂」を改装して、そこにあったフレスコ画を残して駐車場として再生させた場所があったからだろう。そしてまた、今年の熱海未来音楽祭のテーマ「誰も、気づかなかった。温泉と音楽。」を上手く表象していたのもLAND FESだった。ちなみに、このテーマは詩人長田弘の作品「誰も気づかなかった」からの本歌取りである。音楽祭を通して、このテーマは通奏低音のように響いていた。
音楽祭は10月20日から22日にかけて開催された。本会場は歴史的建物で熱海市の文化財として公開されている起雲閣にある音楽サロンだが、初日はサブ会場である熱海銀座商店街にあるEOMO storeでスタート、ここはLAND FESやパレードの起点としても使われていた。そのライブ『復讐から愛への肌触り』は異色の人形遣い黒谷都と纐纈雅代、坂口光央、巻上公一との即興パフォーマンス。ハマスのテロに端を発したイスラエルとハマスの戦闘が始まり、殺戮が繰り返されている今、「復讐から愛への肌触り」という言葉が心に突き刺さってくる。おそらくテーマを設定した時はまだ中東は静かだった。それが一転した今、このテーマが内包するものをひしひしと感じる。黒谷都は一枚の紙から人形を造りだしていくところから始め、そこに命が吹き込まれて人形遣いと一体化していく。音とタマシイを得た人形との交歓、昇華された世界がそこに在った。
ライブ『復讐から愛への肌触り』
巻上公一(ボイス、テルミン、口琴、尺八他)、黒谷都(人形遣い)、纐纈雅代(sax)、坂口光央(keybords)
2日目はLAND FESから始まった。水先案内人はダンスの長与江里奈、EOMO storeからスタートし裏口から再びEOMO storeに戻り、そこでギタリスト、ヤンマー Jan Mahとのデュオで、糸川遊歩道から川に降りたところでは短波ラジオを使ってライヴ活動を行なっている直江実樹を加えて再び今度はトリオで即興。さらに裏道に入ってカレーで知られる洋食屋さん宝亭の裏口から2階へ。そこで待機していたベーシスト河崎純と客席と客席の間の通路でのコラボレーション。河崎のサウンドのみならず時にエモーショナルなアクション、その身体性がダンサーを触発する場面もあった。そして、坂道を登って古来からの間歇泉「大湯」*の前で足を止め、さらに坂を登って、終点の熱海の湯を守っているという湯前神社で直江実樹と再会。ともすれば奇異に見えるパフォーマンスだが、不思議と場と調和していた。
(*現在は人工的に噴湯させている)
LAND FES
ダンス×即興演奏から生まれる新しい街の風景
長与江里奈(ダンス) ✕ Jan Mah(ギター) ✕ 河崎純(コントラバス) ✕ 直江実樹(ラジオ)
起雲閣音楽サロンでのコンサートは、当初ロシアのアレクセイ・アイギと太田惠資によるヴァイオリン・デュオのセットが組まれていたが、都合によりアイギが来日出来なくなり、代わりに太田惠資、向島ゆり子、河崎純が会することに。3人の弦楽器奏者の特性が交錯するステージとなった。即興演奏は音楽家の出会いがあればこそ、その場で立ち上がってくるものである。続いて、巻上公一と佐藤正治によるデュオ。この2人での即興演奏を見るのは初めてだったが、佐藤が繰り出す多彩なパーカッションに呼応する巻上、豊かなサウンド空間が広がっていった。そして、韓国の民族楽器奏者2人金オルと金秀一は解説を挟みながらの演奏、最後に全員でのセッションで締めくくられた。
コンサート 『出会いは沸騰を予感する耳』
向島ゆり子(バイオリン) 、河崎純(コントラバス)、太田惠資 (バイオリン)、金オル(韓国伽倻琴)、金秀一(篳篥(ピリ)、太平簫(テピョンソ))、巻上公一(ボイス、テルミン、口琴、尺八他)、佐藤正治(ドラム、パーカッション)
3日目は前述したパレードで始まった。続いてのLAND FESは、EOMO storeから前日とは違うコースを辿る。ダンサーは飯森沙百合、まずは親水公園・ムーンテラスへ。リゾートらしく造られた公園で待っていたのは台湾タイヤル族出身のエリ・リャオ Eri Liao、何かを歌っている彼女に飯森がダンスで応じていく。公園を離れてしばらく歩いて行った先は廃墟のようなビルの地下、その真っ暗な空間に入って目を凝らすと既にギターを持った浅野達彦がその場に居た。暗闇に谺するギターサウンド、打って変わった空間と表現。さらに向かった先は古屋旅館「フレスコ壁画の駐車場」、ここで待っていたのは宮坂遼太郎。そのいずれのポイントでも、場と共振して踊りが生まれ、音が導き出されていた。
LAND FES
ダンス×即興演奏から生まれる新しい街の風景
飯森沙百合(ダンス)✕Eri Liao(歌)✕宮坂遼太郎(パーカッション)✕浅野達彦(ギター)
起雲閣音楽サロンでのコンサートは、まずは中国西南部少数民族音楽奏者、王珊 Wang Shanが口琴を始めとする民族楽器について解説・実演し、巻上公一も加わる。口琴といっても地域によって違い、随分と種類があり、奏でられる音も違うものだと感心する。ひょうたん笙の演奏では、手拍子を求めて観客を取り込んでいた。締めは「でろれんフィナーレ! 」、でろれんとは祭文語りのこと。中西レモンとバルカン地方の民謡を歌う 佐藤みゆきとシンガーソングライターのあがさとのデュオ「すずめのティアーズ」のセット。アレンジされた民謡を歌う「すずめのティアーズ」と中西レモンを結びつけるものが江州音頭というのが面白い。次に登場したのは、南ドイツ・ツアー(→リンク)を終えて帰国したばかりの大熊ワタルとこぐれみわぞうのジンタらムータ、今回はサルディ佐藤比奈子と木村仁哉が入った4人編成での演奏で、ジンタ、クレズマーを始めとする彼らのレパートリーを取り上げる。最後は中西レモンと「すずめのティアーズ」も加わり、アレンジされた<北海盆唄>などでフィナーレを盛り上げていた。異なったルーツを持つ大衆音楽が会する面白いプログラミングだった。
コンサート 『東アジアの口琴~深山の連なりに抑揚する』
王珊 /Wang Shan(中国西南部少数民族音楽奏者、四川省彝(イ)族の口琴、葫芦笙(ひょうたん笙))、巻上公一(口琴他)
でろれんフィナーレ! コンサート『瓢箪からバルカンの音頭取り』
中西レモン(初代桜川唯丸江州音頭通信講座・モノガタリ宇宙の会世話人)、すずめのティアーズ(佐藤みゆき(ボーカル、カヴァル)、あがさ(ボーカル、ギター))、ジンタらムータ(大熊ワタル(クラリネット)、こぐれみわぞう(チンドン太鼓、歌)、サルディ佐藤比奈子(アコーディオン、ピアノ)、木村仁哉(テューバ))
主会場の音楽サロンがある起雲閣はその敷地内に和館と洋館が連なっている。洋館にしても、その装飾は建築によって、チューダー様式を取り入れていたり、アール・デコだったりと様々だが、奇異な感じはしない。そのようなところも、熱海未来音楽祭の即興演奏を軸にした多彩な音楽をひとつのイベントの中で違和感なく取り上げる間口の広いプログラミングと呼応しているように思えた。そもそも音楽文化は固定化されたものではない。音楽家は遠い昔からノマド的な側面を持っており、バックグラウンドの異なる音楽文化を尊重しつつ混交させながら、また新たな技術や表現を見出し、現代に至っているのだ。
熱海未来音楽祭は、地方でも即興演奏やそれが繋ぐ様々な音楽、ジャンルを超えたコラボレーションを主軸としてイベントが可能であることを示している。海外に目を向ければ、良く知られているメールス・フェスティヴァルにしろ、調布市の文化交流の相手であるカナダ、ケベック州のヴィクトリアヴィルにあるFestival International de Musique Actuelle Victoriaville (FIMAV) にしても小さな市で長年続けられてきた。熱海に限らず、創意工夫によってはその街に合った独自性もつイベントを開催する可能性はいくらでもある。熱海未来音楽祭はひとつの指針と言っていいだろう。
【関連リンク】
熱海未来音楽祭
http://www.makigami.com/atamimirai.html
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